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プロローグ ようこそグリモワールド 1

 日本のとある地方都市。

 静まり返った深夜の住宅街に、一軒だけぼんやりと明かりの灯る家があった。


「我が名は秋月詠太。いにしえよりの盟約に基づき、我が名、我が血肉によりて…………えっと何だっけ?」


 築年数浅めと思われる、現代建築のモダンな住宅。

 その一室には何やら難しい顔をして紙切れとにらめっこをしている少年がひとり。

 ロウソクの炎が妖しく揺らめく中、怪しげな儀式が進行していく。


「血肉の『肉』は髪の毛でいいのか」

 机の上に今毟り取ったばかりの毛髪が数本ばら撒かれる。

「よし、あとはここに俺の血を一滴……」

 ゴクッ

「っと、いくら指先だけでも切るのにはさすがに覚悟がいるな……」

 チクッ、ツー……

「つ……ッ!」


 果物ナイフで切った指先から血が滴り、ノートに鉛筆書きのお粗末な魔法陣に落ちる。

「で? 待てばいいのか?」


 部屋がしばしの静寂に包まれる。

 聞こえるものは時計の秒針の音だけ。

 動くものは二本のロウソクの炎だけ。


「……」


 身じろぎ一つせず待つこと五分、一〇分……


「…………だあっ! やっぱ何も起きねえじゃんかよっ!」

 ティッシュでおさえていた指に絆創膏を巻きながら、秋月詠太は昼間の出来事を思い出す。



「グリモワール?」

「さよう。これはいわば西洋の魔術書でな。ここに記された手順の通りに儀式を行えば偉大なる天使が降臨し、願いを何でも叶えてくれるという逸話があるのじゃ」


 家からさほど遠くない場所にある古本屋。――というか、こんなところに古本屋があった記憶はないのだが。

 たまたますれ違った女性の美しさに目を奪われ、思わず足を止めた場所――それがちょうど店の真ん前だった。


 店構えを見るに、それなりに年季が入っており最近できたという風でもない。

 かと言って何度も通っている道であるはずなのに、この店には全く見覚えがない。

 狐につままれたような心持ちではあったが、ともかく詠太は店内へと足を踏み入れることにしたのだった。


 そこで見つけたハードカバーの洋書。

 見たことのない文字でタイトルらしきものが書かれており、棚にびっしり並べられた書物の中でもひときわ異彩を放ち、目についた。


「なんだ、これ」

 ページをめくってみる。

 めくってもめくってもよくわからない言語が続く。

 たまに出てくる挿し絵から中世ヨーロッパ的な雰囲気だけは感じとることができた。


「ん? これは……?」

 本の間にメモが挟まっている。


『この書物を手にせし者へ』


「日本語……だな」

「お若いの」

「??」

 振り向くと、そこにはいつの間にか白髪の老人が立っていた。店主だろうか?

 長く伸びた眉毛も、豊かにたくわえた髭も全てが真っ白で、それが浅黒い肌に対比して際立って見える。

「それは、グリモワールと呼ばれる書物での……」



「――あのジジイ騙しやがって! 俺のなけなしの五百円を……っ! 天使が出てきて願いを叶えてくれるってんならクラスの女子全員にエロい事を……いやっ! 天使ってことは可愛い女の子だろやっぱ。だったらむしろそのカワイイ天使ちゃんにあんな事してこんな事して…………」


 …………


「ってまあ、フツーに考えれば……んなコトあるわけねーかぁ」


 ひとしきり頭を抱えて悔しがった詠太だったが、ふと冷静になり現実に引き戻される。

 いつもの自室のいつもの風景。これまで何度となく繰り返してきたありきたりの毎日。

 そんな当たり前の生活から抜け出すことができれば……そんな思いだった。

 そしてその願いはこれまた当たり前に打ち砕かれ、詠太の望んだ「非日常」は彼方へ消え失せた。


「あーもうやめやめ! 寝るぞ寝る寝る!」

 机の上もそのままに、ロウソクを吹き消しベッドに入る。

「あーあ、なんかおもしれー事ねーかなあ……」

 いつもの自室、いつもの風景。何の変哲もない夜が更けていく。

 普段と全く変わらない光景だった。

 机の上の書物が、静かに、淡く、光を放ち始めた以外は。



 …………


 ふと目を覚ます。

 あれ? 今、何時だ?

 てか、ここ――俺の部屋じゃない……?

 見覚えのない壁、天井。

 ベッドには豪華な彫刻の入った……天蓋? っていうんだっけ、これ。


「夢、見てんのかな」

 体を起こし、改めて周りを見渡す。

 部屋の造りに合った感じの古めかしい家具や調度品。厚手で少し大げさなカーテンの隙間から漏れている光……朝日だろうか。

 外からは鳥の鳴き声と……内容はわからないが人の話し声。

 昨夜は例のグリモワールの儀式を試した後、そのまま自室で寝たはずだ。普通に考えるとありえないことが起こっているのだが、寝起きの頭にはいまいちピンとこない。


 キィィ――


 ふいに入り口の木製のドアが開かれ、誰かが部屋に入ってくる。

「あ、起きてるねー」

「……!!?」

 若い……女性の声!?


 遮光性の高いカーテンのせいで部屋は薄暗く、目を凝らしても入ってきた人物の姿はよく見えない。

 ……が!!

 シルエットは明らかに女性のそれだった。すかさず詠太の視線が人影を下から上へ舐め上げるように移動する。


 すらりとした脚!

 華奢な腰まわり!

 豊満なバス……ト……は残念ながら見当たらないようだ。


「ドコ見てんの?」

 詠太のすぐ側まで歩み寄った人影が、腰をかがめる。

「!?」

 そのまま人影は片ひざをベッドに乗せ、詠太の両肩に手を置き――顔を近づける。


「んふ」

「ちょ、えっ!?」


 顔はそのままどんどんと近づき、相手の吐息が顔にかかったと思った直後――


 ……チュッ


 瞬間、詠太の身体を何かが駆け抜けた。


 ――――!?

 これってキス? だよな?

 あれ? 俺初めてなのにドコの誰かもわかんない相手と……って顔すら見えねーし!! でも何だこれなんかいい匂いするし柔らかいし触れた唇から何かが流れ込んでくる……っ! 体に力が入んねー……けど体中に力がみなぎってくる……

 何だこれ何だこれ……!!

 うおおおおお、キスってこんなに気持ちいいものだったのかあああぁぁぁ!!!!!!


「はい、おしまい」

 唇を離すと人影はきびすを返して窓へと歩み寄り、一気にカーテンを、そして窓を開け放つ。

「……っ!」

 とたんに眩しい光が部屋へと注ぎ込み、詠太は思わず目を閉じた。


「ようこそグリモワールドへ!! 秋月詠太君!」

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