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「星のまたたき」(Twinkling Stars):隼人×咲蘭

#記念日にショートショートをNo.17『星に願いを 君に祈りを』(Wish upon a star,Pray to you)

作者: しおね ゆこ

2019/7/7(日)七夕 公開

【URL】

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n0292id/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/n01dbb6ddabf8)

【関連作品】

「星のまたたき」シリーズ

扉が閉まる。

ランプが赤く灯る。

拳を握る。

堅く目を閉じる。

➖ああ、もしも神様がいるのなら。もしも天に祈りが届くのなら。

あいつを、咲蘭(さくら)を、助けてください!

他には何もいらないから、あいつさえいれば僕は幸せだから。

だから➖➖。

閉ざされた扉の向こうに、祈りを込める。

窓の外に、静かに夜が降っていた。


 その日、僕と咲蘭は、久しぶりのオフを2人で過ごすことにしていた。小説家の僕と、僕の担当編集である彼女。校了が終わったのは、つい昨日のことだった。今日7月7日、七夕の日に何度目かのデートをすることができ、僕の心は弾んでいた。

 「楽しかった〜。隼人(はやと)ありがとう!でも雨降っちゃったから、天体観測は難しそうだね。」

ちょうど信号が赤に変わり、カーナビに表示された時刻を見る。17:14。生憎、今日の東京は雨天で、星空が見える可能性はかなり低い。そう思いながらも、僕は車を山の上のレストランまで走らせている。最悪、レストランを経営する友人に天体望遠鏡を借りることもできる。肉眼で観たいことにかわりは無いが、その手段を使ってでも、星空を観察したいという気持ちは譲れない。僕らの共通の趣味は天体観測なのだ。車の窓に打ち付ける雨粒を見る。

夜までに雨が止めば良いのだけれど…。

そう思って、視線を一瞬外したのがいけなかった。

 「隼人!」

彼女の悲鳴のような声に視線を前方に戻すと、トラックが目の前に迫っていた。

咄嗟に、ハンドルを右に切った。

直後、凄まじい衝突音とガラスの割れる音が響き、僕は気を失った。


 微かに聴こえてくるサイレンの音に目を覚ますと、そこは暗かった。

少しの間、気を失っていたらしい。ぼんやりとした意識の中、割れた窓の向こう、一本道を、救急車が向かって来ているように見えた。幸いにも、自分の怪我はかすり傷だけのようだった。

 ハッと、意識が戻り、助手席を振り返る。

 「咲蘭!!」

今日のためにおしゃれをしてくれたであろう、白いブラウスと薄桃色のスカートが、血で真っ赤に染められていた。ガラスの破片が、彼女の小さな身体にいくつも降り注いでいる。血が雨に滲んでいた。

「咲蘭!!」

跳ねるように駆け寄り、肩に触れる。君の名を、呼ぶ。

「咲蘭!しっかりしろ!咲蘭!咲蘭!!」

けれど堅く目は閉ざされたままで、びくとも動かないままで。

「咲蘭ーーーー!!!!!」

絶望の叫びが、雨の中響いた。


 手術室前の椅子に腰を落とし、天に祈りを捧げる。壁の時計は、夜の8時30分を示している。彼女が手術室に運ばれてから、もう3時間程が経過している。

 事故を起こしたトラックの運転手は、居眠り運転だった。そのため、赤信号を見落としてしまったらしい。

運転していた男性は、幸か不幸か、片腕の骨折だけで済んだみたいだった。

 しんとした空気に、自分への後悔の気持ちが湧き起こる。

あの時、ハンドルを左に切っていれば……!

窓の雨を見ず、前方をずっと見ていたなら……!

彼女を、自分が庇うことが出来ていたなら……!

拳をぎゅっ、と、握りしめる。

 「咲蘭………」

そっと、彼女の名前を呼ぶ。


 パッ、と、頭上で何かが変わった気がした。

顔を上げる。手術中の赤いランプが消え、目の前の扉が、ゆっくりと開いた。

立ち上がる。

 「先生…」

緑色の手術着に身を包んだ先生が、マスクを外し、僕の肩に手を置いた。

「大丈夫ですよ、木谷さん。手術は成功しました。今はまだ、麻酔で眠っていますが…。」

先生の後ろから、ストレッチャーに横たわった彼女が運ばれて出てきた。目は閉じているが、幾分、顔色がよくなったような気がする。

 「よかった……。」

膝から力が抜けた。へなへなと床に崩折れる。看護師さんが、僕の背中に手を添えてくれた。

「後遺症の心配もありません。20分もすれば、目が覚めると思いますよ。」


 病室に戻り、鞄の中から事故の衝撃で少し曲がってしまった紙を取り出す。縦に細長いそれを、皺を伸ばし、病室の隅にある小ぶりの木に吊るす。

 「それ、何て書いたの?」

背後から声が聞こえ、振り返る。目を覚ました彼女が、顔をこちらに向けていた。

「咲蘭!!」

走るようにベッド脇に戻る。

「よかった…よかった…」

涙に嗚咽が混ざる。隠すこともせず、ただそのままに涙を零す。

「ごめんな…守れなくてごめんな……」

安堵感と悔しさが、涙となって流れ落ちる。

「隼人……」

「僕が…ハンドルを右に切ったから…僕のせいで……」

「それは違うよ」

僕の言葉を、彼女が遮った。彼女の瞳が、僕を見る。

「気づいてなかったの?左側は、崖だよ。」

「えっ……」

驚いて言葉を失う。そんな僕に、彼女は続けた。

「崖は多分、30mくらいはあったと思う。あの道路は二車線だったから、ハンドルを左に切ったら、きっと2人とも、怪我じゃ済まなかったよ。」

「そうだったんだ……」

沈黙が時を刻む。咲蘭がややあって、口を開いた。

 「それで?」

咲蘭のその言葉の意味を汲み取れず、思わず首を傾げる。

「隼人の考えてることなんか、お見通しなんだから。もう十分待ったんだから、早く言ってよ。」

その頬がほんのりと赤い。なんとなくその頬の赤い意味を察し、しかし、数時間前の出来事が脳裏をよぎり、僕は口ごもった。

 「でも……僕じゃ……」

「バカ」

みなまで言わせず、咲蘭が僕の言葉を遮った。それから僕を少し潤んだ瞳で睨みつける。

「さっきの事故は隼人のせいじゃない!男ならもうちょっとシャキッとしなさいよ!私はね、初めて隼人に出会った時から、ずっと、ずっと……」

咲蘭の両目から、ボロボロと涙が零れ落ちる。

 「咲蘭……」

君の名に、触れる。

もう一度、君の名を、なぞる。

 「咲蘭」

顔を上げた君を見つめる。ベッドの横に跪く。君をしっかりと見つめる。

 「僕と……結婚してください」

そっと、右手を差し出す。

涙を流しながら、しゃくりあげながら、君が首を縦に振る。

 「はい……」

重ねられた君の手を、強く、優しく、握る。

君を感じる。

照れたような表情の君を見つめ、そっと、抱きしめる。

「痛い……?」

「大丈夫…」

少し力を込める。

「これは……?」

「大丈夫だよ」

徐々に彼女を抱きしめる腕の力を増やしていく。

「…これは……?」

「ちょっと痛いかな…」

「わかった」

腕に込める力を少し和らげる。うん、それくらいがちょうどいいかな、と、彼女が囁く。

耳が少し、こそばゆい。

 「明日、星を見に行こう。」

「楽しみにしてる。」

耳に囁く彼女の声は、ほのかに甘かった。


 翌日、病院側にも許可を取り、手配したレンタカーに乗って、昨日行くことができなかった、友人が経営するレストランに向かった。途中、大事な寄り道をして。

 幸い、昨日、車のグローブボックスに入れておいた婚姻届は、少し縒れていたものの破れておらず、僕はそれをレンタカーのグローブボックスに入れ直しておくことにした。

 「隼人、まだ時間には少し早くない?」

助手席に座る咲蘭が、僕に訊ねる。それもそのはず、友人に事情を説明して予約を入れ直した夕食の予約時間は、午後7時。まだ3時間以上もあるのだ。

少し楽しくなりながら、グローブボックスを開けるように促す。

「大きい封筒、入ってるだろ」

うん、と頷き、咲蘭が封筒を取り出す。中、開けてみて、と促し、信号が黄色に変わったことを確認して、ブレーキをかける。

 車を止め、咲蘭の動作を目で追う。細い指が、封筒の中から紙を引っ張り出し、中を確認した一瞬の後、その両目が見開かれた。

「私、今日から木谷咲蘭になるんだね…」

しみじみと感慨深げに言う彼女に、

「僕が吉野隼人になってもいいんだよ?」

半分本気でそう言うと、

「私は木谷の姓に入りたいな」

と照れた表情をしながら上目遣いで返された。思わず、口許を手で覆う。

「反則……」

キョトン、と小首を傾げる咲蘭に、信号が青に再び変わるのを待ってから言葉を紡ぐ。

「僕も…自分の姓になってほしい…です…」

なんとなく、横で咲蘭が頷いたのがわかった。


 役所で婚姻届を提出し、僕らは昨日のリベンジで、友人が経営するレストランに向かった。夕暮れ時の山道を、登っていく。

 やがて、ロッジ形態の「星の降るレストラン」の、橙色のあたたかいあかりが見えてきた。

 駐車場に車を止め、先に降り、車椅子を後ろのトランクから取り出す。再び前方にまわり、助手席のドアを開ける。

「咲蘭、しっかり掴まってて」

そう声をかけ、事故で左足を骨折してしまった咲蘭の身体を、優しく抱き上げる。車椅子に乗せ終わったところで、後ろから声が聞こえた。

 「いらっしゃい。隼人、咲蘭ちゃん。昨日は大変だったな。」

オーナーの浩助だ。その後ろから、僕らの友人であり、いまは浩助の奥さんでもある萌花(もか)が顔を覗かせた。

「咲蘭〜大丈夫?」

「うん、もう大丈夫よ。隼人がこれからずっと、そばにいてくれるから。」

咲蘭が僕を見上げる。浩助と萌花も僕を見る。自分に集まるみんなの視線に少したじろぎながら、口を開く。

 「えっと……さっき婚姻届を提出…

すかさず横から肘鉄を食らう。

……結婚しました」

言い終わらないうちに、浩助が僕を羽交い締めにした。そのまま頭をくしゃくしゃにされる。

「おーやったな隼人!おめでとう!随分、待たせてくれたじゃないか!!」

隣で咲蘭と萌花も笑顔で話している。

少しして、浩助が僕らを店に誘った。

「じゃあ残りの話は食事を食べながらな。俺と萌花で、腕によりをかけて作ったご馳走だ。たっぷり聞かせてもらうからな!」


 食事を済ませ、「2人でゆっくりしてきな」という浩助と萌花の言葉に甘え、僕らは一日越しの天体観測をしに、ロッジの外に出た。

心地よく、風が吹いている。

彼女が乗る車椅子を押しながら、夜空を見上げる。天候にも恵まれ、肉眼でもはっきりと、頭上に散りばめられた無数の星を確認することができた。

 「きれい……」

山頂の澄んだ空気に、幾千もの星が瞬く。星を見つめる彼女を見つめ、そっと、ポケットから小さな箱を取り出す。婚姻届と同じように、レンタカーのグローブボックスに入れ直しておいた結婚指輪だ。あんな事故があったのに、奇跡的にまったくの無傷だった。

きれいに輝く瞳で星を眺めている彼女に、囁く。

 「咲蘭、目を閉じて」

え〜何〜?と、楽しそうにはしゃぐ君の唇を、そっと塞ぐ。同時に、指輪を、薬指にはめる。

唇をはなす。

君の瞳を見つめる。

「好きだよ」

君と手を繋ぐ。

「いつまでもずっと、咲蘭と一緒にいられますように」

短冊に込めた願いを、夜空に溶かして、僕らは星を見上げた。

【登場人物】

●木谷 隼人(きたに はやと/Hayato Kitani)

○吉野 咲蘭(よしの さくら/Sakura Yoshino)


〜星の降るレストラン〜

●浩助(こうすけ/Kousuke)

○萌花(もか/Moka)

【バックグラウンドイメージ】

【補足】

【原案誕生時期】

公開時

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