7 魔物の縄張り
「もしかしてこの鉱石もご飯になる?」
「アイルは食べないけど、ファラなら食べられるな」
「そうなんだ。じゃあファラちゃんのためにも一杯取って帰らないとね」
また一つ露出した鉱石が採取される。
「俺は魔物が来ないか見張ってる」
「オッケー」
役割分担をし、俺とアイルで周囲を見張ることに。
ダンジョンは静かで、採取の音が通路に響くばかり。
魔物の足跡がすればすぐにわかるはず。
「終わったー。はい、百瀬くんの分」
「ありがと」
受け取った鉱石を雑嚢鞄へとしまう。
この雑嚢鞄には魔法が施されていて、見た目以上にものがよく入る。
冒険者の必需品だ。
「壁がもう元に戻りかけてるな」
「ん? ホントだ」
爪で削り取られた壁の微細な破片が時間を遡るように上へと登っている。
ダンジョンの自己修復機能。
傷つけば復元され、無くなれば生み出される。
ダンジョンが現れてから半世紀、未だに資源が取り尽くされない理由がこれだ。
「ダンジョンの修復間隔って結構短かったよね? ってことは近くに爪研ぎした魔物がいるってことかぁ」
「爪痕の大きさから考えると見上げるくらい大きいな」
「よく知ってるねぇ。魔物博士じゃん」
「詳しいのはうちの子についてだけ」
うちの子の爪痕を見ていれば大体のサイズ感が掴める。
「じゃあ、今日の目標はその大きな魔物の討伐ってことにする?」
「んー……それは二人で戦ってみてからかな。ほら、俺たちの相性が絶望的に悪い可能性だってあるし」
「えぇー、あたしは結構相性いいほうだと思うけどなー。けど、ダンジョンの中だし慎重すぎるくらいのほうがいいよね。オッケー、じゃあこのまま進もう!」
三割ほど直った壁の前から移動して更にダンジョンの奥へ。
今回は二人で初めてのダンジョンということで最深部にまではいかない。
不測の事態が起こっても高確率で逃走できる浅い場所で活動することになっている。
こう言った安全策を取っている以上、爪研ぎの魔物には出会わないかも知れないが、その時はその時だ。
「なんというか、こう身構えてると出てこないよね。魔物って」
「物欲センサーって奴だな。俺もうちの子のご飯を捜してる時に限って見付からないことがよくあるし」
「あるある。あと妖怪一足りないとか」
「あるな、あるある」
うんうん頷いていると視界の端に移った何かに目が止まる。
「あれは……」
濡れた壁、微かに鼻につく異臭。
「マーキング」
そこまで理解した直後、肩で眠っていたアイルを指先で起こす。
「真導、気をつけろ。魔物の縄張りだ」
「――わかった」
真導の顔つきが変わり、腰の得物に手が添えられる。
雰囲気ががらりと変わり、空気がぴんと張り詰められた。
見つめた通路の先を満たす暗闇から獣の足が一歩照らされる。
「出てきた」
「ハイウルフか」
鋭い爪と牙、ふわりと空気を掴む毛皮。
通常の狼よりも一回り大きく、凶悪な人相をした魔物。
それは次々に暗闇から出てきては明かりの下に集う。
こちらの様子を窺いながら低く唸っている。
「初陣にはおあつらえ向きだな、いけるか? 真導」
「う、うん。大丈夫」
大きな息づかいが聞こえて、真導は剣を抜く。
「よし、やってやろうじゃん!」
「その意気だ。アイル」
「くあー!」
肩から舞い上がり、一振りの刀となったアイルを掴む。
腰には白銀の鞘が出現し、振り下ろした刀身は鈍色の耀きを放つ。
剣を構えたこちらに対してハイウルフも反応し、牙を向き出しにして吼える。
それが合図となって複数体が一斉にこちらへと駆け出した。
毛並みを靡かせ、先頭を行く一体が跳ねる。
自慢の牙で喉元に食らい付かんとするハイウルフにこちらは一刀を見舞う。
振り払うように薙いだ鈍色の一閃が血で赤く染まり、死体が一つ地面に転がった。
仲間の死体に怯むことなく次々に襲いかかってくる。
「真導に合わせる。好きに動いてくれ」
「オッケー!」
剣を構えた真導が駆け、ハイウルフたちと真正面から激突。
振るった剣が血飛沫を帯び、次々に命が消えて行く。
その傍らで俺も刀を振るい、真導の動きを目に焼き付ける。
「よく動けてるな」
体捌きにもキレがあり、太刀筋に乱れはない。
危なっかしい要素がなく、常に安定しているように見える。
これなら合わせやすい。
ハイウルフたちの猛攻を躱し、隙を見せた個体から確実に命を奪っていく。
ハイウルフはダンジョンを訪れれば必ずと言って良いほど戦う相手。
すでに対処法は心得ているし、遅れを取ることはない。
「あともう少しっ」
「最後まで気を抜くなよ」
何体もの同胞を斬り裂いた刀身が唸り、また一つの命を奪う。
噴き出した血飛沫が重力に引かれるその前に、背後から最後の一体が跳ぶ。
それを音と気配で感じ取り、腰から抜いた鞘で後方を突く。
白銀の先端はハイウルフの喉を潰した。
「これで最後」
横たわり痙攣しているところへトドメの一刺し。
血だまりに沈んで動かなくなった。
「ふぃー。初めての共闘でどきどきしたけど、なんとかなるもんだねぇ。あ、魔石になった」
ダンジョンで死亡した魔物は例外なく魔石となる。
死体を丸めて圧縮して結晶化させたもの。
それは魔力を含んだ燃料となり、機械と魔法のハイブリッドである魔導機械を動かすために用いられる。
市場価値は石油より少し上と言ったところ。
「ねぇねぇ、あたしどうだった? ちゃんと動けてた?」
「心配しなくてもよく動けてたし、俺も合わせやすかったよ」
魔法で魔石を回収しつつ、そう答える。
「ホント? よかった、あたしちゃんと戦えてるんだね」
「でも」
「でも?」
「どうして魔法を使わないんだ?」
戦闘の最中、真導は一度も魔法を使う素振りを見せなかった。
使うほどの相手ではなかったと言えばそれまでだけど。
戦い方を観察していると最初から魔法という選択肢が頭にないように見えた。
「そ、それは……」
口ごもる真導の様子は歯切れが悪い。
いつものような快活な様子はなく、言い辛そうだ。
もしや聞かないほうがよかったのでは?
いや、だが共闘する以上は聞いておかないと。
「じ、実はあたし――」
今日、その言葉の続きを聞くことはできなかった。
その先を遮るようにして咆哮が轟いたからだ。
通路を駆け巡る雄々しい声が二重になって通路を反響する。
それはあたかも仲間の弔いのようでもあった。
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