5 夢追い人
真導がうちに来てから、彼女のことをよく目にしたり耳にしたりするようになった。
調べてみるとカラーバス効果というらしい。意識し始めると情報が手元に集まってくるとか。
積極的に聞き回ったりしたわけではないが、教室の片隅にただ座っているだけでも得られる情報は多い。
例えば真導が冒険者見習いであることは秘密にされていたとか、真導に好意を寄せている男子生徒が何人もいること。
その他にも本人の趣味趣向や休日によく何をしているかだとか。
どうしてそんな情報が流れてくるのかと思うようなことまで耳に届く。
どうやら俺が思うより真導はクラスの中心人物のようだった。
それ故か昼休みに俺と真導が行動を共にしていることもすこし噂になっているみたいだけど。
「進路希望は早めに出すように」
最後にそう言い残した先生が教室を去り、昼休みの訪れに周囲がにわかに騒がしくなる。
「進路希望か」
進路希望調査票を前にして空欄と見つめ合う。
将来の目標があるわけじゃない。
俺はただウェポンビーストたちと暮らせればそれで十分。
昔は、十年前は違っていたけど。
「将来……」
ふと思い出す十年前の記憶。
五人で冒険者になろうと友人たちと誓い合った日。
ほかの四人はそれを叶え、俺だけがここに止まっている。
俺とほかの四人とでは所詮、住む世界が違う。
「あぁ……そうか」
どうして真導に誘われた時、言葉に詰まったのか。
その理由がいまわかった。
かつての友人たちと距離を置いたのと同じ、彼女とは住む世界が違うからだ。
「断るか」
きっとそれがいいだろう。
真導は今日、友達と過ごすと言っていたからもう教室にいない。
断るのは放課後になってからでいいか。
そう考えを纏めたところで席を立ち、購買部でいつもの総菜パンを買って教室に戻ると、いつも以上に視線が刺さる。
このところ空き教室に通っていたからだろうか。
なんとなく居心地の悪さを感じて教室の前を素通りし、爪先は自然と空き教室を目指していた。
「おっと?」
空き教室の付近にまで足を進めると、女子生徒の声がする。
そっと中を覗くとクラスメイトの女子数名と真導の姿があった。
「先を越されたか」
邪魔するわけにもいかない。
ここは黙って引き返そう。
「――で、ここ最近なにしてたの? 百瀬くんと」
動き出そうとした足が止まる。
俺の話?
「なにしてたって……お話?」
「なんで疑問系? はぐらかされると怪しくなってくるなぁ」
「さぁ! 白状しなさい!」
「えぇー、ホントになんでもないんだって。ただちょっと」
「ちょっと?」
「んー、百瀬くんのペット? 厳密には違うんだけど、とにかくペットを見せてもらってるだけだよ。ホントに」
「ペットを? ちな、どんな?」
「ハリネズミ」
「百瀬くんってハリネズミ飼ってんの? 見てー」
「写真とか撮ってないの? うちらも見たいんだけど」
「あー……うん。写真はダメだって」
「そっかー。結構残念」
約束した通り、真導はファラのことを隠してくれていた。
それが確認できてほっと安堵の息が漏れる。
「てか、どうやってハリネズミ見せてもらったの? 小杖は」
「え? それは……ま、まぁまぁ、いいじゃん、それは。それより――あー、そう! 進路希望! 進路希望、みんななに書くの?」
「めっちゃいきなり話変えるじゃん。なに、進路希望? 私は進学するけど」
「マジ? うちは実家継ぐわー。小杖は?」
「あたしはもちろん冒険者!」
「だと思った」
「それ昔から言ってっけど。なんで冒険者なの? 危ないのに」
「だって格好いいじゃん」
ふと、その台詞が過去の記憶とダブる。
五人で冒険者になろうと誓い合ったあの日に、俺も同じことを言っていた。
「あたし小っちゃい頃に見た冒険者の密着番組が忘れられなくてさー。格好いいって思っちゃったし、あたしもなりたいって思っちゃったんだよねぇ」
「どのくらいずっと思ってんの? それ」
「んー……十年くらい?」
「それで実際、冒険者見習いになってるわけでしょ? そりゃ本物だわー」
「凄いじゃん、夢叶えてて」
「えへへー、そう? まぁ、本当に夢が叶うかどうかはこれからだけど」
いつまでも盗み聞きしていた悪いと思い、その場を後にする。
「夢、か」
十年間思い続けた夢。
それがどれだけ重いものなのかはわかる。
十年間思い続けられなかった俺には痛いほど。
俺は結局あの頃掲げた目標から、夢からずっと逃げてきた。
友人との格差に絶望して、今も自分を守るように背を向け続けている。
そして今日もまた俺は逃げようとしたんだ。
「……いい加減、向き合わないとな。色々と」
真導の誘いは断るつもりだったけれど、前言撤回。
自分自身が変わる一歩として真導と向き合おう。
それで何かが変われば御の字だ。
「それにしても」
総菜パンを片手に廊下を歩く。
「どこで食べよう?」
俺は食事処を見失っていた。
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