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42 悩んだ末の解答


 表と裏の顔を使い分けるのは得意な性分だった。

 表の雪村聡史ゆきむらさとしは善良な人間であり、裏の雪村聡史は悪人。

 下された汚れ仕事をこなすのはいつだって悪人な自分だった。

 対象を調べ上げ、突かれたくないところを突く。

 私はそうやって何人もの人間の弱みを握り、利用し、或いは蹴落としてきた。

 今回もそうなるだろう。


「ウェポンビーストの件はどうなってる?」

「予定通りにことは運んでいます、課長」

「そうか、ならいい」


 石積孝夫いしづみたかお

 総務部調査課の課長を務める野心家。

 汚れ仕事の大部分はこの人物から下される。

 今回の件も。


「ウェポンビースト。あんな優れた武器を十年も放っておくとはな。冒険者組合は将来性を見抜けない間抜けだらけだ。だが私は違うぞ。あの小僧を手中に収めればウェポンビーストを量産できる。私の出世を彩るよい糧になるはずだ」

「濡れ衣を着せ、弱みを握り、逆らえなくするいつもの手口ですか」

「そうだ。たかだかガキ一人、お前ならどうとでもなるだろう」

「もちろんです」

「期待しているぞ。下がれ」

「それでは」


 課長室をあとにし、やり残した仕事を片付けに向かう。

 その足取りは重く、何かに足を掴まれているような感覚がした。

 原因はわかっている。

 一人の少年の未来を潰そうとしているからだ。

 邪魔者は蹴落として来た。石積の競争相手など何人もだ。

 だが、子供の将来を潰したことはまだ一度もない。

 汚れ仕事には慣れたつもりでも、未成年となれば話は違う。

 これまでと同じように扱うことは、どうしても出来なかった。


「……バカなことを考えるな」


 上等な靴も、オーダーメイドのスーツも、手入れを欠かしたことのない高級車も。

 今この左腕にある腕時計も、汚れ仕事の報酬だ。

 この生活を捨てる気か?

 あの少年を庇うなら石積を引きずり下ろさなければならない。

 そして多くの汚れ仕事を行ってきた私もまた同じように引きずり下ろされる。

 石積の破滅は私の破滅。

 少年の未来と私の現在。

 優先すべきなのは火を見るより明らかだ。

 なにを今更、良心の呵責など。


「だが……」


 あり得ないと断じながらも、あの少年の言動が何度も何度も頭の中で反響する。

 ウェポンビーストを、武器を、道具を、家族だと言い張る真っ直ぐな意思。

 世間にこき下ろされながらも、自らの魔力を恨むことなく愛した少年。

 もし事が順調に進めば、彼は不本意な形で家族を売りさばくことになるだろう。

 ブリーフィングルームで語った彼の理想とは真逆の将来が待っている。

 それでいいのか。

 それは許されることなのだろうか。


「私は……」


 気がつけば自分のオフィスに辿り着いていた。

 思考を切り替え、残っている仕事を終わらせにかかる。

 自問の答えを出せずじまいのまま。


§


 悩んだ末、答えは出たようなものだった。


「いまジオラマにいる子たちはたぶん蓮には合わない」


 伊鳴がそうだったように、俺の魔力と蓮の魔力が競合する。

 我が子たちは蓮に触れることもせず、逃げてしまうだろう。

 かといってシフのように元々使っていた得物をウェポンビーストにしても意味がない。

 赤い鱗の手甲はそもそも蓮の火力に耐え切れないからだ。

 俺の魔力で生命を与えたとしても自身が融解する苦しみを味わうだけ。

 苦痛を味わうためだけに生まれてくるなんて、そんなこと俺には出来ない。


「残された手段は一つだけ」


 思考を巡らせた結果、辿り着いた答えが一つだけある。

 これが上手く行く保証はないし、失敗に終わるかも知れない。

 けれど、やってみる価値はある。


「これしかない」


 そう決断して机上から携帯端末を手に取り、背もたれから背中を離して電話を掛ける。


「――もしもし? どうかしたか、尊人」

「あぁ。蓮、次はいつ空いてる?」

「ん? あぁー……明日だな」

「なら、その一日俺にくれ。試したいことがあるんだ」

「なにすんだ?」

「ダンジョンに行こう」


 行き先は決めてある。

 煮えたぎる溶岩が流れる火山ダンジョン。

 そこですべての準備が整うはずだ。

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