39 身の潔白
冒険者組合本部には様々な施設が詰め込まれている。
一般開放された展示室や、関係者以外立ち入り禁止のトレーニングルームやブリーフィングルーム。食堂や宿泊施設まで完備されている。
広大な敷地面積を持つ本部入り口の前で待っていると小杖が現れた。
「あ! 伊鳴ちゃん! なんだか久しぶりだね! 会えて嬉しい!」
「うん、伊鳴も嬉しい」
「揃ったな、それじゃあ行こうか。伊鳴、案内してくれ」
「こっち」
伊鳴の案内で冒険者組合本部に足を踏み入れる。
人の往来の多いエントランスを抜けて受付を済ませ、エレベーターに乗り四階へ。
人気のない廊下を歩くとブリーフィングルームに通される。
しばらくするとスーツ姿の一人の男性が現れた。
「待たせて申し訳ない。私は総務部調査課の雪村だ、今回の件を担当することになった。予定にない人物もいるが、まぁいいだろう。話を始めよう」
雪村さんは携えていたアタッシュケースを開き、その中身を俺たちに見せる。
「これって」
「腕、だな」
肘から先と思われる一本の腕のホルマリン漬け。
その形状は手甲にも見えるが、鎧の繋ぎ目は見当たらない。
「小杖」
「うん、たぶんそうだと思う」
やはりこの腕の持ち主は、俺たちが戦った異形だ。
「話に聞いているとは思うが、これは金属と魔物の融合体、その一部だ。つい先ほど我々はこれをアマルガムと名付けた。ある意味ではウェポンビーストに類似した存在と言える。キミから見て、これをどう思う?」
アタッシュケースからアマルガムの腕を取りだし間近で観察する。
「最低限、生物的な要素を残しつつ、限界まで細胞が金属に置き換わっている。いや、融合しているのか。切断面を見るに骨髄はあるのに骨自体は金属の塊。とてもこんな風に自力で進化を遂げたとは思えませんね」
「それって……つまり」
「明らかに人為的に作られてる。製造が禁止されてるキメラみたいなもの、ですよね」
アマルガムの腕をアタッシュケースに戻す。
「やはり同じ結論に行き着くか。うちの研究者も同じようなことを言っていたよ。では、一体誰がこのような魔物を造ったと思う?」
「見当も付きませんが」
「例えば世の中に恨みを持つ者かも知れない。例えば幼い頃は持て囃されたにも関わらず、すぐに世間からこき下ろされるようになってしまった、とか。例えば次々と成功している友人たちにコンプレックスを抱いていたとか。例えばその恨み辛みによって道を踏み外して――」
雷鳴が雪村さんの声を遮る。
「どういうつもりですか」
伊鳴は稲妻を身に纏っていた。
「こんな話、聞いてない」
「キミの役目は彼を連れてくることだ。余計な話をする必要はない」
「最初から疑って、連れて来させた」
よりいっそ稲妻が激しくなる。
我を失いそうなほど怒ってくれていた。
「落ちつけ、伊鳴。本気で言ってる訳じゃないさ。そうですよね?」
そう声を掛けると、稲妻が収まる。
「ウェポンビーストは武器に生物としての姿を与えられた存在です。金属と魔物を融合させたような歪な存在じゃない。それに、仮にウェポンビーストがダンジョンで死亡しても武器は武器。魔石になったりはしません」
「だが、こうは考えられないかね? このアマルガムはウェポンビーストを参考にして造られている、と」
「本命はそっちですか」
「動機も十分にある。キミが造ったにせよ、ほかに協力者がいるにせよ、疑わしい人物の一人に違いはない」
「動機はなんです?」
「自分をこき下ろした世間への恨み、友人たちへのコンプレックス、承認欲求による狂気、自身の評価を不当とし、それを覆すための蛮行。理由なら幾らでもある」
「なるほど、こうやって冤罪は生まれるわけですか」
雪村さんと目を合わせ、決して逸らすことなく話を続ける。
「濡れ衣を晴らすにはどうすれば?」
「自らの潔白を証明することだ。アマルガム討伐に協力を」
彼は視線をアマルガムの腕へと移す。
「その腕は東雲が落としたと聞かされている。ほかのあらゆる武器が弾かれる中、その雷の剣、ウェポンビーストだけが金属質の皮膚を切り裂けたとか。つまりこう言うことだ」
再び目と目が合う。
「キミはキミ自身の身の潔白を証明するために、アマルガムを討伐するための武器を造ればいい。たしかキミの進路希望は鍛冶師だったはず、決して無茶な要求ではないだろう」
そんなことまで調べているのか。
「料金は誰に請求すれば?」
「身の潔白を証明したくないなら断ってくれて構わない」
ここまで折り込み済みか。
恐ろしいな、大人の世界は。
「……わかりました。ただし武器を渡す相手はこちらで決めさせてもらいます」
「というと?」
「ウェポンビーストは俺が命を与えた我が子同然の存在です。誰を里親にするかを決めるのは親であるべきですし、俺には命を与えた者としてその責任があります」
「自分の立場がわかっているのか? キミは」
「呑めないなら身の潔白なんて証明せずとも構いません」
数秒ほど沈黙が続く。
「……いいだろう、その程度の譲歩はしよう。候補者を何名かこちらで用意するが、気に入らなければまた私に連絡を」
「ありがとうございます」
「話は纏まった。近日中にリストを送る。以上だ」
アタッシュケースを持ち、雪村さんはブリーフィングルームを後にする。
扉がしまり、この場に三人だけとなると、誰もが大きな息を吐く。
これまでの人生の中で一番疲れた気がした。
「あれ? あたし来た意味なくない?」
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