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37 初陣を終えて


 虚空を斬り裂いて馳せた輝剣が、異形の剣に打ち落とされる。

 攻撃を無力化され間合いに踏みこまれた真導は、繰り出される乱舞を冷静に捌く。

 真導も対人スキルは納めた身、手数で攻められたところで遅れは取らない。

 甲高い音が響き、切り結ぶ只中、真導の身を守るように輝剣が動き、異形の剣を受け止める。

 その一瞬の隙を付いて蒼い軌跡が異形を裂いた。


「アアァアァアァアアアッ!」


 だが、太刀傷は浅く、それもまた無数の刃によって塞がれる。

 すでに異形には幾つもの太刀傷を塞いだ形跡があり、真導は同じことを繰り返していた。

 ただ斬るだけではダメージにならない。

 そのことはわかっているはずなのに真導は同じことを繰り返す。

 切り傷を増やしながらまた異形に一撃を浴びせ、生えた刃によって傷口が塞がれる。

 何度も何度も繰り返される様を俺はただじっと見つめていた。

 そして、気がつく。


「動きが……鈍く……」


 真導が刻みつけた太刀傷はそのたびに生えた剣によって塞がれてきた。

 幾度となくそれが繰り返された結果、いま異形の体はいたる箇所から剣が生えている。

 それは元の輪郭が大きく変わるほどとなり、戦闘動作を阻害していた。


「まるでハリネズミ、だな」


 自らが止血のために生やした剣が仇となり、動きは当初よりかなり鈍い。

 であれば必然的に真導の剣撃が通る回数が多くなり、ついには歩行すら困難なほどとなる。

 剣を消せば動けはするが、大量出血ですぐに命が尽きるだろう。


「決めるよ、ファラちゃん」


 傷だらけの真導は左手を挙げ、蒼い輝剣を束ねて大剣とする。

 振り下ろされた一撃を躱す余力など異形にはなく、真っ二つに両断された。

 真導の勝ちだ。


「やった……あたしたちだけで……倒せた」


 傷と疲労からよろめくのを見てすぐに駆け寄り、その体を支える。


「大丈夫か!? 無理しすぎだ」

「ごめんね。でも、倒せたっしょ?」


 傷だらけの手で作られたピースサイン。

 その痛みは困難を乗り越えた勲章だ。


「あぁ、大したもんだ」

「えへへ、褒められちゃった」


 笑みを浮かべると、真導は自分の足で立つ。


「よっと」

「平気か?」

「大丈夫。ちょっと気が抜けちゃっただけだから」

「なら良かったけど、帰ったら病院だからな」

「うん、そうする」


 とりあえず命に別状はなさそうで何よりだ。


「あ、魔石になってる。やっぱ魔物だったんだ」

「こっちも魔石になってるな」


 魔法で引き寄せて掴み、よく観察してみる。

 通常、魔石は赤みを帯びていて色が濃くなるにつれて価値が上がる。

 だが、異形の死体から作られたこの魔石は赤とはほど遠い灰色をしていた。


「こんな魔石初めて」

「俺も見たことないな。まぁ、魔石は魔石だ」


 雑嚢鞄へとしまう。


「流石にここまでだ、ダンジョンから出よう」

「下見、全部はできなかったね」

「あんな得体の知れない魔物がいたんだ、しようがない。事前情報にもなかったしな」

「なんだったんだろ? 魔石も灰色だし、謎だらけ」

「いま気にしてもしようがない。ほら、帰ろう」

「うん」


 傷ついた真導を庇いながら帰路につく。


「……あのさ、百瀬くん。ありがとね、あたしに任せてくれて」

「何度も助けに入ろうと思ったよ。でも、真剣な目をしてたからさ。信じることにした」

「そっか」

「正直、気が気じゃなかった」

「あはは、心配かけました」


 本当に。


「でも、なんで一人で倒そうと思ったんだ?」

「それは……」

「それは?」

「あー……百瀬くんに格好いいところ見せたかったから、かな」

「格好いいところを?」

「うん。あたし百瀬くんに助けられてばっかだから、たまには良いところ見せとかないと。愛想尽かされたりしたら寂しいし」

「そんな心配しなくても愛想尽かしたりしないよ、友達だろ?」

「友達……そだね」


 そう答えた真導の表情は何故だかすこしだけ寂しそうに見えた。

 どうしてそう見えたんだろう? 自分でも理由がよくわからない。


「ねぇ、百瀬くん。友達……ならさ、あたしのこと小杖って呼んでくれない?」

「下の名前で? なんで急に」

「べつに深い意味とかはないんだよ、ホントに。ただあたしの友達、みんな小杖って呼んでくれるから統一したいなーって。だから……ね?」

「あー……」

「ダメ、かな?」

「いや――」


 改まって真導のことを下の名前で呼ぶのはすこし気恥ずかしい。

 伊鳴を伊鳴と呼ぶのに抵抗はないのにな。

 でも、真導がそれを望んでいるなら。


「……わかったよ。その……小杖」


 自分でもわかるくらい、顔が熱くなる。

 それは向こうも同じようで、顔が真っ赤になっていた。


「照れるなら言うなよ!」

「だってしようがないじゃん! あー、顔あつっ。こんなの予想外だよ」

「ダンジョンのど真ん中でなにやってんだ、俺たち」


 幸いもう階段は降りて一階にいるし、大した危険もないけれど。


「でも、うん。やっぱり小杖って呼ばれるほうがしっくりくるよ」

「そうなのか?」

「そうなの」

「なら俺のことも下の名前で呼んでくれよ」

「へぇ!?」

「自分はよくて俺はダメ?」

「ダメ、じゃないけど……うぅ、わかった」


 目と目が合う。


「えっと……尊人くん?」


 恐らくは先ほど以上に顔が熱くなって、思わず目を逸らす。


「あー! 目、逸らした! 照れるなら言わないでよ!」

「しようがないだろ! 反撃したかったんだよ、俺だって」


 完全に裏目に出てしまった。

 慣れないことはするもんじゃないな。


「まったくもう……でも、下の名前で呼び合えるくらい親しくなれて嬉しい。あ、この場限りじゃないからね! ずっと読んでね!」

「わかってるよ、ちゃんと呼ぶから」

「ならばよし。あ、出口が見えて来た。行こ! 尊人くん!」

「あぁ、行くよ。小杖」


 互いの名前を呼び合って、俺たちの初陣は幕を閉じる。

 すべてが上手く行ったとはとても言えないが、それでも悪くはないはず。

 俺たちは充足感を感じながらダンジョンを後にした。


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