3 愛くるしい存在
クラスメイトたちがギョッとした目でこちらを見る。
「ねぇ、百瀬くん。ちょっと付き合ってくれる?」
俺もギョッとしていた。
「……用件は?」
「昨日のこと」
そう言われると邪険には扱えない。
「……わかった」
「よかった。じゃ、行こっか」
るんるん気分と言った風に真導は軽やかな足取りで廊下に出る。
「早く―」
重い腰を上げて同じく廊下へと向かう。
この身に突き刺さる視線の数々は痛いほどだった。
「――金なら持ってないぞ」
後ろでに空き教室の扉を閉める。
「え? なんの話?」
「強請る気なんだろ? ばらされたくなければって」
「違う違う! そうじゃなくって」
そう否定した後、真導は急にしおらしくなる。
「あのね。あたし、しちゃったみたい……一目惚れ」
目線を逸らし、頬を赤く染め、行き場がなさそうに手を組む。
その様子はまるで恋する乙女のようで。
「だからお願い! もう一回ファラちゃんに会わせて!」
「だろうと思った」
一目惚れと聞いてそれしか浮かばなかった。
「昨日のことを思い出すともう胸がきゅんきゅんしちゃって堪らないの! 丸い体も短い手足も小さなお鼻も可愛すぎ! やばい! 死んじゃいそう!」
「重症だな、これは」
「ファラちゃんが特効薬なの! お願い!」
ウェポンビーストたちは我が子のような存在だし、好きになってくれるのは素直に嬉しい。
「ちょっとだけ、ちょっとだけでもいいから」
こう言っていることだし、昼休みが終わるまでくらいならいいか。
「サモン」
簡単な召喚魔法を使って自宅から手元にファラを呼ぶ。
手の平の召喚陣からファラが現れると、餌を目の前にした野生動物かの如く真導は顔を寄せた。
「可愛い! 可愛い、可愛い、可愛いよぉ! こっちおいで!」
真導の勢いに戸惑ったのか、ファラは一度こちらを見る。
頷いて見せると真導が伸ばした両手に飛び乗った。
「きゃあぁああぁああ!」
悲鳴が上がる。
「なんか……昨日と全然違うくないか? 反応の仕方が」
「実は昨日のあれからずっと頭から離れなくてさ。ファラちゃんのことばっかり考えてたら歯止めが利かなくなっちゃって。ほら、会えない時間が愛を育むって言うじゃん?」
「それにしたってたった一日だけどな」
腕を登らせたり頬杖をしたりと愛情全開な様子。
見てて悪い気はしない。
ファラのほうも満更でもないように見える。
昨日も別れがたい様子だったし、ファラも真導を気に入っているのかも知れない。
「ありゃ、もう予鈴がなっちゃった」
鳴り響くチャイムの音。
授業開始まであと五分。
「名残惜しいけど、しようがないね。あ、そうだ。写真とってもいい? ダメ?」
写真か。
「ほかの誰にも見せないなら、一枚だけ」
「もちろん、あたししか見ないから! よかった、ありがと。じゃあ」
取り出された携帯端末の画面に触れてカメラモードに。
画面に表示された真導とファラ。
そのまま写真を撮るのかと思いきや、数歩下がる。
なにをしているのかと小首を傾げたが、立ち止まった所で画面に一人増える。
俺を画角に納めるため。
「俺も?」
「折角だしね。はい、撮るよー。笑ってー」
「あ、あぁ」
否応なく言われるがまま写真を撮られる。
シャッター音が鳴り、ふと脳裏に昔の出来事が過ぎった。
十年前は記者が引っ切りなしに俺たちの写真を撮っていたっけ。
それから数年足らずで俺のことを悪く書いたのも彼らだったけど。
お陰で作り笑顔は得意になった。
「うん、よく撮れてる。ありがとね、寝る前に眺めるんだー。枕の下に敷いてもいいかも!」
「それじゃあ夢に俺まで出てくるようになるぞ」
「んー? まぁ、それもありっしょ。ファラちゃんと一緒に出てきてくれるなら」
浮かべた笑顔は幸せそうだった。
「あ、やば! 授業に遅れちゃう! 行こ行こ!」
「そうだった!」
ファラを返してもらい、急いで空き教室を後にして廊下を駆ける。
今日も胸ポケットはズタズタだ。
§
「帰ったらまた直さないとな、胸ポケット」
「きゅう」
ひょっこり顔を除かせたファラにおやつのネジをあげる。
短い手を伸ばして掴むと巣穴に潜るように身を丸めた。
「送り返す魔法も覚えたほうがいいか」
昼休みの真導のことを思い出すと明日以降も同じことが起こりそうだ。
そのたびに胸ポケットズタズタになるのは避けたい。
「たしか本棚に魔導書が……」
視線の先。
茶髪の長い髪が風に靡く。
「あ、百瀬くん!」
「真導?」
「こんな所で会えるなんて偶然。家、この辺なの?」
「あ、あぁ、そこのアパート」
「え、マジ? めっちゃ家近いじゃん。へー」
真導の声に反応してか胸ポケットからファラがまた顔を出す。
「あ、ファラちゃんにまた会えたー。なにか食べてる?」
「ネジ」
「ネジ!? そんなの食べて大丈夫なの?」
「元は武器だから。喰うのはこういうのばっかりだよ」
「へぇー、そうなんだー」
ネジを食べる様子を真導は緩んだ表情で見つめている。
「あ」
視線が持ち上がって俺と目が合う。
「もしかして百瀬くんちって他にもいたりするの? ウェポンビースト」
「いるけど――」
いま真導の表情が期待で満ちあふれた。
嫌な予感がする。
「一生のお願い! 百瀬くんちに連れてって!」
的中した。
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