28 懐かしい記憶
「伊鳴。尊人の部屋、初めて」
スリッパに履き替えた伊鳴は物珍しそうに部屋を眺めている。
「そう言えば来たことなかったな。まぁ、俺も滅多に人を入れないけど。伊鳴で二人目だし」
「一人目は?」
「真導」
「……ふーん」
「なんだよ?」
「べつに」
「あっそう。じゃあ……とりあえず茶でも飲むか?」
「うん」
「冷蔵庫だ、俺はコップ」
「わかった」
棚へと向かい、こんなこともあろうかと買っておいた来客用のちょっと良いコップを取り出してテーブルへ。
冷蔵庫へ目を向けると、精一杯背伸びをする伊鳴がいた。
ぴょこぴょこ跳んではいるが、手が届いていない。
「悪い、位置が悪かったな」
伊鳴の後ろに立って代わりにお茶のペットボトルを取る。
「いじわる」
「わざとじゃない。怒るなよ」
膨れた頬に指先で軽く押すと、空気が抜けて元通りになった。
「伊鳴の家ってたしか犬を飼ってたよな。名前なんだっけ?」
コップにお茶を注ぐ。
「ヒント、さ」
席に着きつつヒントをくれる。
「さ? さ、さ……」
お茶を注いだコップを伊鳴の前に置く。
「わかった! サブロウだ」
「正解」
「よくおやつをあげたのを憶えてる。世話は伊鳴もやってたよな?」
「うん。ご飯を上げて、シャンプーして、ブラッシングして、綺麗にしてげると喜んでた」
「懐かしいな」
まだ特別な魔力も持っていなかった頃の記憶。
気兼ねなく友人たちと遊び、語り合えた俺にとっては輝かしい時代。
ふとあの頃に帰りたくなるような懐かしさが心の中を通り過ぎていく。
「それなら、安心して我が子を託せるな。ダメならサボテンから育ててもらう予定だったけど」
「伊鳴、合格?」
「合格だよ。それに俺と伊鳴の仲だ。信頼してるし、元から不合格にするつもりもなかった」
「そっか、嬉しい」
里親になれるのがそんなに嬉しいのか、伊鳴の頬が緩む。
「じゃ、それ飲んだら会いに行こう」
「うん」
お互いに茶を飲み干して飼育部屋へ。
「ジオラマ……」
「これも見せたことなかったな。この中にいるよ」
「見たい」
ジオラマに駆け寄り、その中を覗く。
荒れ地に、山脈に、流れる川に、森林に、それぞれウェポンビーストがいる。
「気になる子は?」
「ここからじゃ、よくわからない」
「そりゃそうか。じゃあ、順番に見ていこう」
伊鳴の手を取り、ジオラマの中へ。
「まずは一番近いスクラッパーからだな。伊鳴の体格には合わなそうだけど」
「その子と通じ合えたら、筋トレ頑張る」
「ムキムキの伊鳴か」
「いや?」
「想像が付かないと思っただけだよ。ほら、いた」
がしゃんがしゃんとミニカーが壊れる音がする。
近づけばスクラッパーがその頭でランボルギーニをたたき壊している様が見えた。
伊鳴を連れてゆっくりと近づくと、スクラッパーもこちらに気付く。
俺の隣りにいる伊鳴をまじまじと見つめている。
「伊鳴」
「うん」
恐る恐ると言った風に伊鳴は近づいて手を伸ばす。
けれど、指先が触れるか触れないかの時点でスクラッパーは去ってしまう。
半壊状態のランボルギーニを残して。
「逃げられた……」
「まぁ、そういうこともある。きっと相性が悪かったんだ。次に行こう」
「うん」
スクラッパーは伊鳴を気に入らなかったみたいだ。
しかし、どうして逃げたりしたんだろう?
相性が悪いだけなら無視するだけでいい。
ミニカーを壊すのが大好きなスクラッパーが途中で放り出すなんて。
「尊人?」
「あぁ、悪い。行こう」
とりあえずその場は棚上げして次の子の元へ。
けれど、問題が発生した。
「伊鳴、嫌われてる……」
チェーン、スナイパー、グリムリーパー。
すべてのウェポンビーストの元を訪れたが、誰も彼もに逃げられてしまった。
「妙だな……」
単純に引かれ合うウェポンビーストがいなかったのであれば、それはしようがないことだ。
だが、伊鳴を目の前にして逃げ出したあの子たちの様子はいつもと違うような気がする。
「真導が来た時はこんな風にならなかったのに」
隣りで伊鳴が崩れ落ちる。
「だ、大丈夫か?」
「うん……平気……」
「そんなにショックだったか」
たしかに昔、伊鳴のお願いを断ってから今日まで数年かかっている。
期待してくれたのに、現状がこれでは足腰立たなくなるのもしようがない。
「なんとかしないと」
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