26 悪いこと
蒼い輝剣が舞う最中に、ウェアウルフが命を落とす。
取り巻きのハイウルフに動揺が広がり、その隙をついてクラッカーが火を噴く。
次々に撃ち抜かれて地を這い、群れは瞬く間に魔石となった。
「戦闘の間隔が短くなってきたってことはゴールが近いってことだよね」
「奥に行くにつれ魔物の密度が濃くなるからな。この頻度で遭遇してるならあと少しだ。魔石の数は?」
「えーっと、四十ちょいくらい」
「俺とだいたい同じだな。これが多いんだか少ないんだか」
「見掛けた魔物は全部狩ってるから、少ないってことはないはずだけど。でも、これ以上時間を掛けるのもそれはそれで……って感じ?」
「評価項目は魔石の数と踏破に掛かった時間だからな。結局、どっちに比重を置くかだ」
「うーん、悩ましいねぇ」
魔法で魔石を回収しつつ頭を廻らせる。
「魔石を稼ぎつつ早く踏破できれば理想的なんだけど」
「それが出来りゃ苦労はしないけど……でも、やってみるか?」
「出来るかな?」
「俺たちはドラゴンを討伐したんだ、無理じゃないはずだ」
「あの時いた伊鳴ちゃんはいないよ?」
「伊鳴がいなくちゃ倒せないような魔物はここにはいないよ」
「うーん……よし! やっちゃおう!」
「そう来ないと。じゃあ、行くぞ」
「オッケー、魔物を見付けたらまず攻撃! 足は止めない! 行くよ!」
お互いに頷き合って二人同時に走り出す。
砂を蹴散らし、通路を駆け抜け、奥の暗がりを見つめ続ける。
こちらが騒々しく駆け回れば魔物ほうから寄ってくるもの。
姿を見せたのは天井に逆さに張り付いていた蝙蝠、ハイバット。
翼膜を広げて飛来するそれらを、事前の取り決め通りに、足を止めることなく狩る。
蒼い輝剣が撃ち落とし、白い鱗が削ぎ落とす。
魔石は魔法で回収し、更に駆け抜けて魔物を狩り続ける。
そうすれば当然、他の冒険者見習いにも出会うし、狩りの現場に遭遇するのも当然。
「どうする? 百瀬くん」
「どうするって、決めただろ? 助け合いの精神はもちろん大事だけど、これは試験で競い合いだ」
普段のダンジョン探索とはルールが違う。
まぁ、それでも怪我人の治療はしたけれど。
「とにかく、魔物を見付けたら――」
「まず攻撃、ってことで!」
狩りの現場に横入りし、蒼い軌跡と鈍色の剣撃が彼らの獲物をかすめ取る。
「あっ! お前ら!」
「人の獲物を!」
「悪いな」
ちゃっかり魔法で魔石を回収し、逃亡を図る。
彼らも次の獲物を探したほうがいいと思ったのか、追ってはこない。
「やった、やった、やっちゃったぁー! どうしよう、心臓ドキドキしてる。悪いことしちゃった!」
「でも、楽しいだろ?」
「うん! 楽しい!」
「なら、どんどん行くぞ!」
「オッケー!」
魔物を狩り、あるいは掠め取り、順調に魔石を集めながら最奥へ。
その一歩手前まで踏み込むと通路を覆うような大群に出くわしてしまう。
猿のような形状をし、しかしその枠に収まらない体格を持つ魔物。
基本的に群れで行動する彼らの名前は狒々。
俺たちを見付けるなり、大きく騒ぎ出した。
「悪いことしたから罰が当たったのかも」
「悪行の清算か。お天道様は見てるってことだ、悪いことは出来ないな」
「逃げる?」
「いや、ここを越えればゴールなんだ。突き破ろう」
「いいね、あたしもそう思ってたとこ!」
互いに得物を構え、臨戦態勢を取る。
それを敵対行動と見なした狒々の群れが一斉に襲いかかって来た。
先陣を切る狒々たちに輝剣と龍鱗の雨が降り注ぎ、出鼻を挫く。
仲間の死を目にして勢いは衰えるかに見えたが、予想は外れた。
彼らは仲間の魔石を踏みつけて、なおも前進し続けている。
「怯みもしないか」
「来るよ!」
怯まない狒々の群れとかち合い、乱戦に。
真導と背中合わせとなって相対する。
振るわれる爪や牙を剣撃で折り、何とか応戦するものの。
やはりどれだけ仲間がやられようとも、狒々たちの勢いは止まらない。
「一体一体は大したことないけど」
「こう群がられると……」
後手に回るしかない。
「こういう場合のセオリーは――」
「群れのリーダーを狙う!」
「リーダーの首を取れば統率を失うはずだ!」
襲い来る狒々たちを返り討ちにしながら群れに目を配る。
数々の狒々の中、目が止まったのは毛が銀色に染まった個体。
シルバーバック。年老いたゴリラに見られるその現象は、そのまま狒々にも当てはまる。
年老いた個体こそ、群れのリーダーだ。
「見付けた。真導、ほんの少しの間だけでいい。俺を守ってくれ」
「わお、責任重大。だけど、わかった。あたしがなんとかして上げる!」
「頼もしい限りだ」
空中に展開された蒼い輝剣の数々が剣舞を演じ、周囲の狒々たちを俺から遠ざける。
真導が作ってくれた時間を一秒も無駄にすることなく、アイルを鞘に納めて両手を空けた。
召喚するのは翼のような弓。
「スナイパー」
燕を思わせる意匠が施された弓を握り、魔力で構築した矢を番える。
引き絞り、狙い澄ますのはシルバーバック。
しかし、群れのリーダーが狙われることなど狒々たちも承知の上。
俺が弓を構えると、多数の狒々たちが庇うように動き出す。
でも、そんなことは関係ない。
「行け」
矢羽根を離し、放たれる一矢。
光陰の如く駆けるそれは姿形を変えて一羽の燕となり、羽ばたいて加速。
障害物として立ちはだかる数々の狒々の側をすり抜けて躱し、標的の元へ。
直線で捉えられないのであれば、矢を曲げてやればいい。
燕はシルバーバックへと到達し、その眉間を貫いた。
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