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2 ハリネズミ


 アパートを出て通学路を行く、普遍的な日常。

 影が通ったかと思えば人が空を飛んでいたり、リードが独りでに犬の散歩をしていたり、街の景観の至るところにダンジョンがあったりする、当たり前の日々。

 星連せいれん高校は普通校で卒業生が冒険者になることは滅多にない。

 だからここは心地のいい学校だったけれど、最近になって隠していた正体が噂として流れ出している。


「あ、あいつだろ? 例のって」

「そうだよ、あんま見んなってバレるだろ」

「バレたって別にいいだろ。一人だけ大したことない奴なんだし」

「まぁ、たしかにそうだけどさ。あの麒麟児の落ちこぼれ」


 校門に入るなり耳に届く不快な言葉。

 それは過去に何度も聞いたような内容で、これも俺にとっては特別でもない毎日だった。

 

§


 胸の辺りがもぞもぞとする。

 そのことに気がついたのは授業中だった。

 教鞭を執る先生の隙を窺いつつ胸ポケットに手を当てると、布越しに硬い感触が。

 嫌な予感がして指を入れると、がっしりと掴まれる。

 そのまま引き抜くと可愛らしいフォルムに厳つい剣を背負ったハリネズミが現れる。

 名前はファラ。

 針の代わりに剣を生やしており、胸ポケットの内側はズタズタだった。


「いつの間に……」


 直ぐに机の下へと隠し、どうするか考える。

 懐にしまおうものならまたポケットが犠牲になってしまう。

 かと言って下手なところに隠せばほかの生徒や先生にバレる。


「あ、こら」


 手の平の上が退屈だったのか、手の平から落ちるようにして逃げてしまう。

 そのまま隣りの席へと潜り込んだ。


「ん? いま何か動いた?」


 隣の席の女子が椅子を引く。

 足を引っこめ、視界を確保し、その中心にファラを捉える。

 丸くなる目、震える両手、硬直する背筋。

 大声を出される、そう思った直後のこと。


「かわいい」


 その呟きと共にファラは優しく掬い上げられた。


「背中から剣が生えてる。なにこれ、めっちゃ凄い。どうなってるの?」


 あらゆる角度からファラを観察する彼女。

 その過程でうっかり彼女と目を合わせてしまう。


「もしかして百瀬ももせくんのペット?」


 そっと小声で問われ。


「いや、その……」


 厳密には違うけれど否定もできない中、ファラを返して貰うために俺はゆっくりと頷いた。


§


 真導小杖しんどうこづえ

 彼女について知っていることは少ない。

 明るい性格をしていて常に女友達の中心にいることくらい。

 毎日のように長い茶髪が教室中を跳ね回っている。


「ここなら誰も来ないっしょ」


 がらがらと音を立てて、空き教室の扉が開く。

 乱雑に積まれた机と椅子には薄く埃が積もっていて、一歩足を踏み入れると独特の匂いがした。


「そ、れ、で」


 扉を閉めると追究が始まる。


「この子! この子なんなの!? ハリネズミっぽいけど、違うよね? なんか剣生えてるし。魔物?」

「いや、魔物じゃないけど……」

「じゃあなに?」


 答えないと返してもらえそうにないな。


「……正式名称はウェポンビースト」

「ウェポンビースト。武器の動物?」

「あぁ。ファラ」


 そう名前を呼ぶとファラは答えるように姿を変える。

 いや、元に戻る。


「わ、剣になっちゃった!?」


 一匹のハリネズミは一振りの剣へと姿を変えた。

 研ぎ澄まされた刃に蒼く色付いた刀身。

 これがファラの元々の姿。


「俺の魔力を武器に注ぐと生き物の姿になるんだよ」

「魔力に宿った特性……それって麒麟児たちの……じゃあ、やっぱり噂は本当なんだ」

「まぁな……俺は麒麟児の落ちこぼれだよ」


 十年ほど前のことだ。

 俺と友達数人とで未発見のダンジョンに忍び込んだことがある。

 どう脱出したのかは憶えていない。

 ただ気がついたら俺たちはダンジョンの外にいて、体の内側に魔力を保持していた。

 それも魔力自体に特別な力を宿して。

 史上最年少魔力保持者。

 その肩書きと特殊な魔力は周囲の大人や世間を大いに期待させた。

 実際、友人たちは今や麒麟児と称される有名な冒険者だ。

 対照的に俺は脚光を浴びることなく、陰に隠れるようにひっそりと生きている。

 真導の反応を見るに麒麟児の落ちこぼれという肩書きが一人歩きをして、俺の魔力に宿った特異な能力の詳細なんて忘却の彼方だろう。

 それが逆にありがたいけれど。


「もういいだろ? ファラを返してくれ。頼む、大事な家族なんだ」

「あ、うん。はい」


 ファラを差し出され、それに手を伸ばす。

 けれど、指先が触れるか触れないかの瞬間にファラは勝手にハリネズミの姿へと変わってしまう。


「ファラ?」

「きゅぅ……」

「ファラ」


 手の平を差し出すと、ファラは何度も真導のほうを振り返りながらこちらに移る。

 その反応の仕方を珍しく思いつつ魔法で直したばかりの胸ポケットへとしまった。


「あぁ、そうだ。このことは秘密にしてくれるか?」

「それはいいけど、どうして? 凄い力なのに」

「期待されたくない」


 そうとだけ言い残して空き教室を後にする。


「今日は厄日だ」


 足取り重く教室へと戻った。

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