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1 騒がしい朝


 紙面に綴られた文章には世間を騒がせている事件が幾つも書かれている。

 ダンジョン第十七階層、開拓。

 魔女、御徒町真知おかちまちまち、結婚。

 魔法協会兵器開発部部長に村崎むらさき氏、就任。

 終末論者組織による犯行声明。その名はスルト。

 ダンジョンから魔物が? 不穏な影。


「十七階層まで開拓が……」


 中でも興味を引かれた記事に目を通していると、突然けたたましい音が鳴る。

 それは部屋の壁を貫いて読んでいた新聞を吹き飛ばしてしまう。


「あぁ、もう。まだ読んでる途中だったのに」


 下半分だけになった新聞をテーブルに起き、重い腰を上げて席を立つ。


「クラッカーだな。風邪は治ったと思ったのに」


 くしゃみの音がするたびに、それを上書きするような騒音が響く。

 壁、床、窓、照明、インテリア、あらゆる物が破壊される中を歩き、音源の元へ。


「見付けた。やっぱり」


 廊下を渡り切った先、穴だらけの扉を開くとマッチボックスはそこにいた。

 頭部の撃鉄、諸手の引き金、尻尾の銃身、脚のグリップ。

 爬虫類を思わせるフォルムをしたクラッカーは鼻水を垂らしていた。


「くしゅん」


 また咳をして、尻尾の銃身から弾丸が放たれる。

 今度は奥のドアノブが撃ち抜かれた。


「こら。またケージから抜け出したな」

「きゅー」

「可愛く鳴いても駄目な物は駄目。さぁ、戻ろう」

「きゅー、きゅー!」


 嫌だ嫌だと首を横に振ったクラッカーは背を向けて奥の扉へと掛けた。


「あ、しまった」


 ドアノブが壊れて開き掛けている。


「待った!」

「くしゅん」


 くしゃみと共に尻尾の銃身から弾丸が飛ぶ。


「くしゅん、くしゅん」


 立て続けに三発。

 超高速で飛来するそれらを魔力を宿した右手で掴み取った。

 そのまま駆け抜けて左手を伸ばし、開きかけた扉を閉じる。

 行き場を無くして足踏みをしたクラッカーを無事に抱きかかえた。


「ふぅ……オートマチック拳銃、装弾数十八発だから」

「くしゅん」


 また床に穴が空く。


「これで弾切れ、まるで癇癪玉だ。すっきりした?」

「きゅー」

「それはよかった。じゃ、ケージに戻ろう」

「きゅー、きゅー」


 嫌だ嫌だと首を振るうクラッカーを抱き、魔法で弾痕を修復する。

 時が巻き戻ったように空いた穴が塞がり壊れた物が元に戻っていく。

 その只中を歩いて飼育部屋へ。

 この部屋には一つの自然ジオラマがあり、魔法によって本物のように動いている。

 風が吹き、大地に芽吹き、川が流れて海へと続く。

 四季はもちろん、あらゆる環境が整えられていて、飼育には欠かせない魔道具だ。


「ほら、ここだ」


 くしゃみをすると発砲してしまうので、クラッカーには特別な作りのケージを用意してある。

 弾丸を優しく受け止めて威力を殺してしまうクッションケージ。

 ただふわふわし過ぎるのか、クラッカーは苦手なようだった。


「ごめんよ。風邪が治るまでだから」

「きゅー」

「そんな目で見ない」


 クッションケージにクラッカーを入れて鍵をする。

 また抜け出さないように注意しておかないと。


「さてと、そろそろご飯の時間だ」


 それぞれの餌を宙に浮かべて再び飼育部屋に戻ってくる。

 ジオラマの前に立つと魔法が発動して吸い込まれ、自分まで小さくなれた。


「まず最初は……」


 がしゃんがしゃんと音がする。


「スクラッパーから」


 音がするほうへと足を進めると、すぐに壊れた自動車が見えてくる。


「わお、もうこんなに壊しちゃったのか?」


 昨日、置いたばかりのミニカーがもう廃車になっていた。

 ここだと本当の軽自動車くらいの大きさがあるんだけど。

 その近くでは破片を丁寧に砕くスクラッパーが。

 ハンマーの頭部を持ち上げてこちらを見ると、一鳴きして駆け寄ってくる。

 その様子はまるで恐竜だ。


「よーしよし、ご飯だぞ」


 宙に浮かべた餌の一つ、鉄鉱石を投げる。

 スクラッパーはそれを打ち返すように頭を振るい、粉々に砕く。

 飛び散った破片を美味しそうに食べ、ごりごりと硬い音がする。


「食欲旺盛っと」


 その様子を見つつ次へ。


「この近くだと……チェーンかな」


 岩場まで向かうとすぐに金属音がする。

 近づくと蛇腹剣の分割された刃の体を岩で丁寧に研いでいるところだった。


「チェーン」


 名前を呼ぶと柄の頭部が持ち上がり、蛇のように長い舌がちろちろと伸びる。


「ご飯だ」


 餌の中からまた一つ、鋼のインゴットを飛ばす。

 厚みのある長方形のそれをチェーンは大口を開けて丸呑みにする。


「何度見ても喉に詰まりそう」


 苦笑いしつつ次へ。


「この辺にいるはず」


 口に指を当て、口笛を吹く。

 するとそれに答えるように鳴き声と羽音が。

 枝葉を揺らし、木の幹を躱して森の中を潜り抜ける一羽の燕。

 その嘴は矢、その翼は弓で出来ている。

 それが力強い羽ばたきで頭上を過ぎるタイミングを見計らい餌を投げる。

 宙を舞ったネジやボルトを見事に咥えていった。


「スナイパーも問題なし。次だ」


 鎌の両手を持つ蟷螂かまきり、グリムリーパー。

 双剣を振るう蟹、シザーハンズ。

 一本槍を誇る旗魚カジキ、ダーツ。

 ほか飼育しているすべての動物に餌をやり、ジオラマから帰還する。


「よっと。それじゃあ最後にクラッカー」


 クッションケージの中でしょんぼりしているクラッカーに餌を。

 火薬に特製の薬を混ぜた袋を差し出すと元気よく食らい付いた。


「この様子なら大丈夫だ」


 これでまた腹の中に弾丸が装填されることになるけど、まぁよし。

 数時間も経てば風邪は治るはずだ。


「さて、俺もご飯の時間だ」


 調理の魔法を使い冷蔵庫から食材が飛び出す。

 卵が独りでに割れて殻は三角コーナーへ。

 黄身と白身が渦を巻いて混ざり、そこへバターと牛乳が。

 調味料の棚から砂糖も参戦し、出来上がったそれが食パンに染み渡り、こんがりと焼けた。

 食器棚から皿とマグカップが舞い、甘い匂いに気分を良くしながらテーブルにつく。

 ホットミルクにフレンチトースト。

 最後に粉砂糖がまぶされて今日の朝食は完璧なものとなる。


「いただきます」


 焦げ目のついたフレンチトーストは今日も幸せを運んできてくれた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ファンタスティックビーストかな? なんとなく映画1弾を彷彿とさせられました
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