【第03話】◆【大罪堕神龍】
神聖キルゴット銀河帝国。
首都ブラッドギャラクシー。
宇宙空間の半分近くを支配する超大国。
その国の政治・経済・軍事の中心がこの帝都だ。
帝都だけで七百兆、圏内人口は八千兆に届くとすら言われる巨大都市でもある。
帝都に暮らしているのは女神様(別名:物語破壊神)が生み出した大罪堕神龍のみで侵略された者たちが踏み入れられない神聖な帝都。
しかしながら、帝都自体は目に優しい構造をしているとは言い難い。
元々、帝都としての機能を追求した計画都市であるブラッドギャラクシーは、どこまでも人工的である。
その周囲には森林長耳族が生み出した人工森林が都市外壁に沿うように築かれている。
それより先には荒野や砂漠が広がっている。
峻険な山々と複数の河川に囲まれたそこは攻めるに難く守るに易い、そう言う土地を選んで築かれた強き都がブラッドギャラクシーである。
さて、今や宇宙空間の半分近くを支配し、死は救済という思想を掲げ、弱者から搾り取った富と贅が蔓延するこの首都。
その首都において、一際、燦然と妖しく輝く皇城の一室で、今、パンドーラー皇族を始めとする一部の権力者が集い、会議とは名ばかりの欲と驕りに満ちた話し合いが行われていた。
「いやはや……、一時は、どうなるかと思いましたが、これで、長年騒がしかった救済済みエリア三十一も、静かになりますな」
「あぁ、そうだな」
「本当にそうです、それにグラトニー様も、これで救済対象者の贔屓など、いかに愚かしい行為か分かっていただけましたでしょう」
「妹君への教訓を兼ねた、救済済みエリア三十一の鎮静化。一挙両得、いや、一石二鳥と言いますかな? ともあれ、さすがはヴィシュヌ副帝陛下。実に素晴らしいご采配でありましたな」
揃って貼り付けたような笑みを顔に浮かべ、明け透けに下心を持って、擦り寄ろうとしてくる権力者たちにヴィシュヌは、困ったような表情で首を横に振る。
「いえ、彼女には可哀想なことをしてしまいました。こうなる可能性も視野に入れていたとはいえ、私は純粋にあの子の平和への夢を応援していたので……、このような結果になってしまったことは、実に残念でなりません」
嘘か真か。どちらとも、誰にも分からせない程に、精巧な仮面を被り、そう悲しそうに言うヴィシュヌに、うんうん、と呑気に頷く男の姿があった。
「そうだなぁ〜。グラトニーの夢は実に素晴らしかった。血を流すことなく、争いを終わらせようとしたんだからさ」
本気でそう思っていそうな、皇帝シヴァリキルの言葉に、ヴィシュヌがええ、と返す。
「グラトニーさんの案は宇宙空間で暮らす者たちの心を一つに纏めようという試みでした。失敗したとはいえ、賞賛に値します」
「うん、そうだね。実にそうだ」
どこまで本気なのか。ともあれ、皇帝陛下、副帝陛下が共にグラトニーの行いを庇うような発言をしたため、遠回しにグラトニーの行いを愚昧なものと言っていた者達は、居心地悪そうに咳払い等をして、場をやり過ごそうとした。
「ま、まあまあ。何にせよ、これで救済済みエリア三十一も平和になる事ですし。であるなら、グラトニー様の夢も僅かながら叶ったと言えましょう」
そう言って露骨に話題を変えようとする人物に、他の者達も追随する。
「そ、そうですな。とにかく、救済済みエリア三十一の発展途上国への格下げは必然のものとして、今後のグリトゥル族の取り扱いやダイアモンドの収益について―――」
ある程度、解決した問題の事後処理を進める権力者たちを尻目にヴィシュヌは皇族に用意された椅子に腰掛ける。
彼らに目をやり、下らない権力闘争に興味がすぐに失せ、今後の自国の版図拡大及び皇帝陛下の二重人格への対処方法を長考する。
今、彼にできるのは発作的に発症する皇帝陛下の破壊欲。
その人格のせいで帝都は滅亡寸前まで破壊された事があった。
今後、そういった事が起きないように彼は対策を講じているがなかなか上手くいかない。
彼は吸血鬼神龍が大罪堕神龍による虐殺を防ぐ為に送ってきた小さな執政補佐官を呼んで、会議室から出ていった。
すでに問題は解決したし、利権やら何やら、熱が入り始めた連中の話に興味はない。
そう判断して、ヴィシュヌは副帝執務室へと足を運ぶ。
長い廊下を歩いていたヴィシュヌは自身の執政補佐官から声をかけられた。
「陛下、今日の会議ではどんな内容を話されていたのですか?」
幼い執政補佐官。
彼女はヴィシュヌ身辺の雑事を担当している。
衣服を洗ったりなどのメイドでも出来るような簡単な仕事を……
なので、彼女はヴィシュヌの執務には一切介入していない。
「救済済みのエリアで起こったいざこざの対処ですよ。そのうち貴女にも分かる日がくるでしょう。それよりもリーシャさんに例の件は伝えてくれましたか?」
「はい、伝達しました」
ヴィシュヌは彼女の頭を撫でる。
「ありがとうございます。今後とも私の事を支えてくださいね」
「はい」
ヴィシュヌは執務室へ向かう前に研究所へ足を進める。
新型兵器の設計図を確認するために……
一人の金髪碧眼の青年が口笛を吹きながら自身の整備した兵器を弄くりつつ綺麗に掃除され塵一つ無い研究室に入っていく。
この青年がどこの誰で何のためにこの場所に居るのかはまだ誰も知る由がない。
『さぁて、今日も仕事だ。仕事』
初めまして、突然だと思うが俺は人間の頃にトラックにはねられ死んだ。
その後はお決まりの異世界転生が起こってな。
次に目が覚めると身体が人間と龍を合わせたようなへんてこりんなモノになっていた。
だが、幸いにも頭の中にこの肉体の元の持ち主だと思われる知識があってな。
その知識から推測して、俺はこの宇宙空間にいる大罪堕神龍という存在に転生したとわかった。
大罪堕神龍とはこの宇宙空間で核と呼ばれる空間に銀覇石羅族や吸血鬼神龍と共に誕生した知的生命体であり、異なる物語やその近隣の宇宙空間を破壊する為に存在しているやべぇ~種族である。
この種族の基本的な能力である他者の記憶や外見の模写及び操作能力、他生物への憑依能力などの低級攻撃魔法、魔法陣、そして伸縮自在の魔術毒針も持っている。
流石に罪能や功能という大罪紋章所有者が有しているものは使えないけどな。
だが、魔力総量や戦力総量、闘気総量といったものは俺にも纏える。
しかしながら、この大罪堕神龍生? を歩むことになってから現在に至るまでこれらの能力を使用する機会は俺には訪れなかった。
なぜかというと両性具有生命体である大罪堕神龍の中で俺は性欠陥障害という病を患っていて女の性別がなくなっているからだ。
この種族は戦闘民族であり大体の場合、使い勝手のいい女性のフォームでいることが多い。
あまり使えない男という性別は不要性別として差別されている。
障害者不要論が浸透しているこの国家では俺のような性欠陥障害者の肩身は狭い。
しかも男という性別だから尚更…………
まぁ、もう一つ理由はあるのだが……
「キュエール君、頼んでおいた破壊予定の物語で使う”ブツ”の修理は終わったかな?」
抑揚を抑えた声音。
低く、しかし、すんなりと耳に通る声で胸に手を添えた白銀の髪を持つ男が、俺の名前を口にする。
この方は大罪堕神龍の一柱、虚飾、バニティー・ソテイラ・パンドーラー。
彼は優雅な足取りで俺の方に来る。
「よぉ、バニティーか。それならもうすぐ終わりそうだよ。ついでに物語破壊兵器と死の引き金の整備もやっておいたぞ」
「よくぞ一晩でここまで……。キュエール君は優秀だな」
キルゴッド星で生を受けた俺の仕事は技師だったからである。
この大罪堕神龍という種族。
俺の説明だと結構好き勝手にやっているイメージが強いと思うだろうけど。
意外と真面目に役割分担が決められていて効率的に物語の破壊や宇宙空間とその核であるキルゴッド星と銀覇石羅族の守護及び破壊という仕事を真面目に勤勉に行う事を是とする社畜星人でもあるんだ。
障害者には生きづらい環境だが…………
「まぁ冷静に考えてみればヴィシュヌ殿下の部下とかはくそ真面目に裏方の仕事をやっているもんな。案外社畜根性が種族全体に染み付いてるのかもな」
「あぁ、確かに君の言うとおり民衆は懸命に働いてくれているね。しかし、これではいつか過労で倒れてしまうだろう。適度なストレス発散も必要だと君も思わないかい?」
「そうっすね」
「はぁ〜もっとこう物語の登場人物たちが慌てふためくさまや仲間に裏切られ、家族や恋人を凄惨に殺され絶望する様子とかを楽しく眺めながらいい感じに仕事する事はできないものかな」
あっしまった!つい独り言をバニティーに聞かれてしまった。
とはいえバニティー自身も現在の大罪堕神龍の在り様に一言申したいらしい。
「それを帝国技師の俺に言っても仕方が無いんじゃないかなぁ。そういう方針は皇帝やその弟であるアンタが何とかしていくもんじゃない?」
「君の言うとおりだね。しかし皇帝陛下は破滅的な思想を持っておられるし、ヴィシュヌ様は現状維持派、色欲のラストに関しては自分の性欲を満たす事しか考えてない。これも物語神龍鬼の呪いかな」
現在のキルゴッド星の帝国を取り仕切っているのは皇帝シヴァリキル。
バニティーの考え通りシヴァリキルは破滅主義者で国政には何の興味も無いらしい。
そんな皇帝の代わりに国を治めている宰相兼内政官のヴィシュヌ殿下は現状維持派。
軍師のラスト殿下に関しては自室で他生物の女を侍らせ毎晩たべている。
最近は変な性病を患ったらしいが…………
この三人の中で一番働いているのはヴィシュヌ殿下で素晴らしい社畜だ。
しかし、そう言っているバニティーもまた積極的且つ楽しんで仕事をしている。
つまり、エンジョイ社畜マンなので実はある意味似たもの兄弟なのかもしれない。
言うと確実に殺されるから黙っているけど…………
「私としては君が物語破壊実行担当だったらもっと楽しめるんじゃないかと考えているんだけどね。どうだい? 今からでも帝国技師を辞めて私と一緒に破壊業務をやってみないかい?」
「……そこで何で俺なんだよ? 俺は今まで破壊実行担当をやった事が無いからそこらへんのノウハウは全然ないぞ」
「君はいつも楽しそうに仕事をしているからね。破壊業務でも最高のパフォーマンスが出来るんじゃないか、と思ったんだよ」
な!? とんだ誤解である。
俺はあくまで生前好きだった機械をいじくったりする仕事が出来るのが楽しいわけで、断じて破壊行為に快感を覚える性質では無い。
え、整備した道具が罪の無い物語や宇宙空間への破壊に使われることへの罪悪感は無いかって?
う~ん、前世ならともかく今の俺には……全く無いな。
「俺はあくまでも今の仕事が気に入っているの」
「なるほど、まぁよい気が変わったら私に声をかけておくれ。ヴィシュヌ様に相談して君を引き抜くから! 君だって自分で作ったものがどんな風に物語を破壊するのか見てみたい気持ちぐらいはあるだろう?」
「そうだな……否定はしない。もしそうなった時は世話になることにするよ」
自分が作った道具がどのように作動するか生で見る機会はなかったためバニティーの言う事も一理ある。
かといって地球には行きたくないな。
絶対。
多少の良心や同情心があるから。
「では、私はもう行くよ」
「おいおい戦力増強の十字架はまだだろう、いいのか?」
「そんなもの無くても次はスロウス様やヴィシュヌ様も来られるから余裕さ」
そう言うとバニティーは愛用している物語破壊兵器を持って部屋から去っていった。
もしもこの時バニティーが破壊しようとしていたモノを調べていれば何かが変わったのかもしれない。
……だが、全ては遅すぎたことなのだが。
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