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Death is salvationー混沌のヴィシュヌ  作者: 雲類鷲 蜃霧
【序章】◆【大罪の誕生編】
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【第09話】◆【選んだ世界】

 オーレリアは神々を虐殺した。


「こころ、ですか。私は心や感情といったものは宇宙空間の秩序を維持する上で必要ないと思っています。功罪というシステムと完全な秩序こそが平和を造るのだと。だが」


 オーレリアはくすりと笑うと、哀れむような視線をアトゥムとゼウスに送る。


 ゼウスはその濃い青色の瞳を見た途端、言いようのない不安に襲われた。


 ぞっとする。


 冷たい汗が背筋を伝い、この先にオーレリアが続けるであろう言葉を聞きたくないと強烈に思う。


 だが、そんな思いはオーレリアには通用しない。


 彼女は言った。


「今更ながら愚かだね、貴方達は。貴方達がいう『平和な宇宙』とやらを望むのなら、君達はジュリエットを討つべきじゃなかったんだよ」


 ああ、とゼウスは思った。


 それしか思えない。


 血の気が引いた。


 足ががくがくと震える。


「な、だってジュリエットは!」


 アトゥムが咄嗟に否定の言葉を吐こうとするが、オーレリアはそれをやんわりと遮った。


「貴方達の命を奪える能力を持っていた? 貴方達を騙していたのかな? しかし、ジュリエットは救済者として全宇宙空間内で明言していたはずだよ。『自分の命を犠牲にしてでも大罪堕神龍を討つ』とね」


「それは……」


 その言葉は当然アトゥムも知っていた。


 目の前で聞いていた。


 たった一人で怠惰堕神龍スロウスの手からジュリエットたちを救出にきたジュリエットがスロウスに言い放った言葉なのだから。


 その上でアトゥムは親としてジュリエットを認めた。 


 いや、そんな言葉の意味など全く考えていなかった。


 ジュリエットは大罪堕神龍を殺してくれる。


 その希望だけを信じ、ジュリエットの言葉の意味と――娘と真剣に向き合ったことなどなかった。


「ジュリエットはその言葉通りに動いただけです。最後の最期までね。ジュリエットは自分の命を犠牲にしてでも、宇宙空間を創り直し、平和で優しい世の中を作り上げようとした。君たちのいうところの、宇宙空間では無く『こころ』を前提とした平和を。君たちが理想とする世界を造ろうとしていたのは、他でもないジュリエットなんだよ」


 はっきりと言葉にされ、ゼウスは崩れ落ちる。


 膝を地に付けた瞬間、思い浮かんだのは何故かジュリエットの言葉だった。


 ――全てが終わったら、結婚して下さい。



 その言葉に対して、ゼウスは答えることが出来なかった。


 そしてそのまま成立しなかった約束は、ゼウスの中で忘れ去られた。


 どうして忘れてしまったんだろう。ジュリエットの願いは、真意は全てここにあったのに。


 同時に先ほどの違和感の意味を知る。


 差別のない世界、当たり前の幸せをつかめる世界を望んだのは、ジュリエットその人だったのだ。


 いや、本当は知っていた。


 気付いていた。


 ただ、気付きたくなかっただけだ。


 ジュリエットの嘘を見抜けない自分に、彼女を信じなれない自分に気付きたくなかっただけだったんだ。


 ジュリエットは嘘吐きだって、優しいって知ってたのに。


 最後まで騙しきれと言って責任を背負わせたのは自分だったのに、俺はその責任から逃げた。


 ジュリエットにだけ責任を背負わせて……殺したんだ。生きろと言ってくれたのに。


 涙が溢れた。


 後悔なのか、哀しみなのか解らない。


 ゼウスはジュリエットが好きだった、だけど信じられはしなかった。


 だから、殺した。


 もうジュリエットはどこにも存在しない。


 その事実だけがゼウスに残ったのだ。


「ゼウス!?」


 急に崩れ落ち、泣き出したゼウスにアトゥムが狼狽する。


 だが、ゼウスはアトゥムに言葉を返すことが出来なかった。


 アトゥムは何を信じていいのか解らないのだろう。


 言葉を返すこともできず、オーレリアという混沌堕神龍を凝視していた。


 つい数世紀前までジュリエットのやり方を暴虐だと非難し、神々にジュリエットを討つように導いてきた女神が、掌を返したように「君達はジュリエットを討つべきではなかった」と言い放っているのだ。


 優しげな微笑みが悪魔に見えた。


 オーレリアの体内通信が入り、超転移核爆弾が無事被弾したことを告げた。


 アトゥムは絶句してオーレリアに目をやる。


 今ごろ、宇宙地図に記された目標地の居住銀河は消え去っているはずだ。


 神も建造物も全てを巻き込んで。


 それでもオーレリアは微笑んでいた。


 まるで銀河に君臨する宇宙大神帝のように。


 ――自分たちは、なんて神、否、悪魔に宇宙を委ねたのだろう。


 アトゥムは愕然と娘であるはずのオーレリアを見つめた。


 「しかし、あなた達はジュリエットに異を唱え、私と手を組んだ。私が決戦の総指揮を取ることさえ許容しただろう。この時点で君たちは私にどうこう言える立場ではなくなった。そういうことでしょう?」


「お、オーレリア……様……あなたは間違っている」


 からからの喉からは、そんな陳腐な繰言しか出てこなかった。


 オーレリアは憐れみの視線そのままにゼウスとアトゥムを、そして私達の建設した建造物が全て消滅した美しい宇宙空間を見つめて言った。


「残念でしたね。貴方達の理想に最も近い理想を掲げていたのはジュリエットでした。君達の理想の宇宙を実現してくれたはずの彼女は、君たちが否定して封印という形であれ、命を奪ってしまった。それどころか君達を滅ぼすために宇宙空間から創り出された大罪堕神龍の功罪を有する私に手を貸している。これではジュリエットがうかばれません。悲しいね〜」


 ゼウスは涙を零し続ける。


 これは女神の形をした絶望だ。


 絶望が目の前に座している。


 止められない、自分にはオーレリアを止められない。


 この神を止められたかもしれない唯一の神ジュリエットを、自分たちの手で殺してしまったのだから。


「そして今、貴方達は今度は私を否定した。でも、私は貴方達に命を奪われたくはないからね、仕方ない」


 オーレリアは優美な仕草で手を上げた。


 アトゥムがえ、と怪訝な顔をしたのがゼウスの視界に映った。


 瞬間、背中に衝撃が走る。


 耐え切れず、崩れ落ちた。


 斬られたのだと理解したのは一瞬。


 どくどくと身体から生命液が流れ出ているのが解る。


 アトゥムがまだ生きているのかは解らなかった。


 ああ、俺は死ぬんだ。


 母上はどうなるのだろう、死んだのかな。


 この先の宇宙は、皆はどうなるのだろう。


 ゼウスには解らなかったが、そこに望んだ幸せはないだろう。


 生きてと言ってくれた彼女を殺して永らえた、その命もここで終わる。


 ごめんなさい、ごめんなさい……、遺してゆく母上に向かってか、世界に向かってか、それともジュリエットに向かってか。


 あるいはその全てに向かってかもしれない。


 ゼウスは心の中で謝り続ける。


 ぼんやりとした意識の中で、オーレリアの声が聞こえる。


 哀しみに満ちたように、聞こえる声が。


「残念ですよ、本当に。残酷な世界だ」


 きっとその顔は微笑んでいるのだろうと思った。


 これが、俺達の選んだ世界。そう思ったのを最後に、ゼウスの意識は終えた。


 選びとった世界の果てに、神々はなにを見るのだろう。



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