家出1
マルコスが養子に来て、1ヶ月が過ぎた。
最初は仲良くいけると思っていたが、なかなかどうして溝がある。
理由は俺にある。
俺はマルコスより才能がなく、貴族としての振る舞いも持ち合わせていない。
テーブルマナーも以前よりはできるようになっていると思うが、本物の貴族と比べるとどうしても劣る。
その為、俺はマルコスが来る時よりも肩身が狭くなっていた。
救いは母上だけだが、父上から止められているのか少し冷たい。
「どうしてお前にはそんな簡単なことができない!マルコスを見習え!」
最近この言葉ばっかり聞く。
言われてる俺も、比較されてるマルコスもいい顔をしない。
今は剣技の型の特訓をしている。
マルコスは元から使えたバース流に加え、アレフ流も使えるようになっていた。
それに引き替え俺は未だ何一つ使えない。
攻撃を食らいそうになると反射で避けてしまう。
俺は型で勝負が出来ない。
「もういい、レイク、お前はそこで素振り1000回だ」
そこで俺の堪忍袋の緒が切れた。
もう我慢の限界だ。
俺は今までよく耐えていたと思う。
だがこれも今日で終わりだ!
父上に向かって初めての反抗だ。
ボコボコにされるだろう。
だけどそのボコボコで最後になるだろう。
なぜならボコボコにされたら俺は家を出る。
準備は既に出来ている。
静かに剣を構え、一挙に父上に向かって切り掛かりに行った。
完全に隙をついた一撃。
当たると確信していた。
しかしその攻撃は塞がれてしまった……マルコスに。
少しの静寂が広がる。
父上に向けて切りかかったのに父上はびくりともしていなかった。
まるで俺の攻撃が最初から来るとわかっていて、しかもその攻撃がマルコスに止められることがわかっていたかの様に。
「レイク……お前はもうアレンシュタットを名乗るな。出て行け。」
父上は相変わらず俺の方を見ないで静かにそう言った。
「お兄様…」
マルコスの心配そうな声が広がる。
どうしてだろう、涙が止まらない。
家を追い出されて嬉しいはずなのに涙が溢れ出る。
あぁそうかこれは自分の不甲斐なさへの涙か。
自分はなんて小さな人間なんだろうか。
優秀な弟に嫉妬して、出来ない自分を父上の指導の仕方のせいにして言い訳ばかり。
これじゃ前世の俺と全く同じだ。
できない自分はフェードアウトして、いつも周りのせい。
そうやってまた失敗していく。
まあ、俺がいなくなってもマルコスがいる。
父上はいづれこうなることを見越してマルコスを呼んだのであろう。
マルコスならアレンシュタット家の面目も立てられるはずだ。
「お父様本当によろしいんでしょうか?」
「いい!マルコス修行を再開する。」
「お兄様本当に出ていかれますよ!僕知ってます、お兄様が屋敷を出られる準備を済ませていることを。」
「……」
「僕、止めて来ます。」
そう言いマルコスは屋敷の方へと走り出す。
「お兄様、お父様も本気で言ったわけじゃないと思いますよ。お屋敷を出ていかれるなんて……」
やめろマルコス。
お前の言葉はどんな槍よりも胸に刺さる。
「マルコス、ごめんな。俺はマルコスの思い描く理想のお兄様とは程遠かっただろ。」
「それは仕方ないです。だってお兄様には記憶がないんですから。」
「俺はアレンシュタット家には相応しくない。早々にそう思われていたからお前が来たんだ。お前は凄いよ、俺とは違う。これからも頑張ってくれ。影ながら応援している。」
これ以上会話を交わしたら涙が出る。
義弟だが、兄として涙を見せるわけには行かない。
「お兄様……」
屋敷に戻り、母上と目があった。
「おかえり、今日はいつもより早くおわ……」
「ただいま。」
それ以上言葉は交わせなかった。
交わそうとすると涙が出そうになるからだ。
俺は真っ直ぐ部屋に戻り、家出する準備を整えた。
食料は1週間分。
以前つけた金ピカ鎧は重いので修行で使っていた皮の鎧。
武器は木剣だと魔物に襲われた時に対処できない為、あの金ピカの剣を持った。
そのまま部屋を出て外に出ると母上に会ってしまうので、窓から飛び降りた。
そして、いつも修行している庭とは反対方向から家を出た。
しかし、流石の母上だ。
俺の行動が先読みされていた。
「お父さんったらまたレイクをいじめたのね。後で叱っといてあげる。」
「違います母上、これは俺の意志です。俺はアレンシュタット家には相応しくない、だから出て行きます。」
正直涙を堪えるのに必死だった。
もしかしたら心の奥底では止めて欲しかったのかもしれない。
「……レイク、泣きたい時はいつでもお母さんに頼ってもいいのよ?」
しかし、限界だった。
母上にそう言われて、心は26、身体は17の俺は母上の胸の中で大声で泣いてしまった。
「ふふっなんだか嬉しい。レイクはとっても強い子だったから、甘えてくることはほとんどなかったの。」
母上はみっともなく泣く俺の頭を優しく撫でてくれた。
とても優しく、ゆっくりと。
そうして5分程泣いただろうか。
かなりスッキリした。
しかし今更やっぱ家出しないというのはできなかった。
「母上、行ってきます。」
「行ってらっしゃい、あ、待って、祝福の魔法をかけてあげる。」
「我愛息子に祝福があらんことを『ブレッシング』」
こうして母上に見送られながら家出というおかしな状況ながらも久々に屋敷の外へ出たのであった。