第3話:マスコットが可愛くないです
「さて、やっと変身できたわけだけど」
「……なんかもう疲れてきました。――って、ぎゃああ! な、なんですかこいつ!?」
いきなり目の前に飛んできたそいつに、あたしは悲鳴をあげてアスカさんの後ろに隠れました。
でっかいセミです。
ポッキーの箱ぐらいあります。
「落ち着いて。サポートマスコットのグエンさんよ」
「コンビニにいる実習生ですか!? というか、サポートマスコット!?」
「魔法少女が連れてる動物みたいな生き物よ」
「サポートマスコットは知ってます! じゃなくて、なんでマスコットがセミなんですか!? こういうのって、もっとぬいぐるみみたいな可愛くてフワフワした生き物ですよね!?」
「あなたの大切なパートナーよ。がんばって親睦を深めてね」
「まさか……ずっとついてくるんですか?」
「肩にも乗るけど?」
「嫌あああああ!!」
嫌すぎます。
というか、アスカさんも明らかにセミから目線反らしてますよね?
こんなのがブンブンしてるのキモいですよね?
「安心して。見た目も変えられるわ」
あたしの視線に気づいたのか、ニコリと微笑むアスカさん。
言われてみれば、アスカさんの肩にはちっちゃくて可愛いロバが乗っかっていました。
例のおぞましい物体を一刻も早く排除したくて、あたしは早口で尋ねます。
「ど、どうやって変えればいいんですか!?」
「ガチャを引くの」
「は?」
「戦闘で手に入るマジカルポイントを使えば、ガチャが引けるわ。それでコスチュームのアクセサリーや武器が手に入るから。サポートマスコットの見た目もそこで手に入る」
「スマホゲーですか!?」
「あと、この電子マネーカードを使うことでもポイントが手に入るわ」
「か、課金ガチャ……」
「電子マネーをチャージすると2000円につき1ポイント入るわ。チャージしたお金自体はガチャには使えないから、コンビニかどこかで使ってちょうだい」
「普通に課金させるより悪どくないですか!?」
結局、今すぐどうにかできる方法はないみたいです。
仕方なく、あたしはグエンさんにあいさつをしました。
「わかりました……じゃあ、よろしくお願いしますね。グエンさん」
「سعيد بلقائك」
「は?」
「ああ、忘れてた。サポートマスコットは初期の言語設定がアラビア語になっているの」
「言語設定!? グエンさんなのにアラビア語!?」
「ちょっと待っててね。 اجعلها يابانية。うん、これで日本語に設定できたわ」
普通、こういうのって移動先の言葉が使えるものじゃないですかね。
“日本語”を選ぶと日本語になって“English”を選べば英語になるとか。
少なくともプレステはそうだったんですけど。
「ああ、私アラビア語が話せるわけじゃないからね? “言語設定を日本語に”って言葉を覚えているだけよ」
誰も聞いてないし褒めてもいませんアスカさん。
ない胸を張るのはやめてください。
「じゃあ、さっそくガチャを引いてみましょうか?」
「え……いや、その……お金はちょっと……」
「言い忘れていたけど、初期装備のために1回は無料で引けるようになってるの」
「そ、そうなんですか」
「確定で武器が出るからとてもお得よ。ちなみに魔法のステッキはSSSSRだから頑張ってね」
絶対、引かせる気のないやつきましたね……。S多すぎてグリッドマンみたいになってるじゃないですか。
もういいですよ。どうせマジカルトンファーとかマジカルチェーンソーとかそういう夢も希望もない武器が出るんでしょ……。
「で、どうすればいいんですか?」
「マスコットにキスをするの」
はい、きました。
魔法少女物特有のロリコンセクハラ設定きました。
「あ……あと、舌は入れなくていいからね……?」
なにやってんですかアスカさん!?
頬が赤いですよ!?
嘘ですよね!?
「うう……」
グエンさんを掴んで、顔を近づけます。
あああああ! 脚をシャカシャカするのやめてください! 鳥肌が!
硬直するあたしを、アスカさんが気づかってくれました。
「……見られてて恥ずかしいなら、どこか行くけど?」
優しい人です。
でもズレてます。
嫌で嫌でしかたないけど、あたしは覚悟を決めました。
夢だった、魔法少女になるためです。
魔法少女になる。魔法少女になる。あたしは魔法少女になる。
心の中で念じながら、そっとグエンさんの口吻に唇を当てます。
グエンさんのお尻から光の玉がペチャリと落ちました。
……なんか濡れてるんですけど。
パカッと開いてあたしの武器が飛び出します。
こうして、あたしの魔法少女になる準備が整ったのです。
次回『戦闘は意外と楽でした』は1日に更新です。