第1話:名前が決まりません
「あ、あたしが魔法少女に……?」
あたしの質問に、魔法少女ライトニング・アスカさんはこっくりとうなずきました。
肘まである黒髪が、白いコスチュームの上でさらりと揺れます。
いきなり部屋に黒髪ロングが来るから貞子でも出たのかと思いましたよ。
魔法少女。
不思議な力で変身する、正義の女の子です。
ずっと申し込み続けていたのですが、ついにあたしにもお声がかかりました。
アスカさんが、にこやかに微笑みながら立派な装丁の本を差し出します。
赤い布カバーに金色の刺繍。
ずっしりとした重みは、正義の重みというやつでしょうか……!
「これが! 魔導書!」
感嘆するあたしに、アスカさんは淡々と告げました。
「利用規約よ」
「は?」
「変身アイテムの利用規約よ。目を通しても通さなくてもいいけど、同意したらサインして」
目を……これ全部ですか?
利用規約、ってスマホのアプリとかに書いてある、あの面倒臭いやつですよね?
あたし今までで読んだ1番分厚い本が『グリとグラ』なんですけど、その何倍あるんでしょう……。
……字、ちっさい!? お菓子のカロリー表示みたいな字サイズなんですけど!?
もういいです。面倒臭いからサインしちゃいます。
どっかのまどかマギカみたいなことにはならないでしょう……。
ジャンル、コメディーですし。
名前を書くものの文字が光るとかそういうファンタジックな様子もなく、ただ本を返します。
1つ頷くと、アスカさんはブレスレットを差し出しました。
「受け取って。あなたの変身アイテムよ」
きたきた! きました!!
念願の変身アイテムです。
ピンクの本体に赤と緑の宝石が1つずつ埋め込んであります。
さっそく腕にはめました。
「ああ、違う」
「?」
「それ、ブレスレットじゃなくてアンクレットなの。足につけて」
足に!?
邪魔なんですけど!?
まあ、魔法少女になるためです……我慢しましょう。
「一応、首輪タイプも持ってきたけどよければ交換しましょうか?」
「……いいです」
装着すると、宝石がうっすらと2、3回点滅しました。
「あなたを持ち主として認めたみたいね。……名前は決めてあるの?」
もちろん! ずっと魔法少女に憧れてたんです!
もしも魔法少女になれたら、と以前から心に決めていた名前をあたしは高らかに宣言しました。
「トゥインクル・コメットで!」
《ブーッ! その名前は既に使用されています》
……まあ、そういうこともありますよね。
というかしゃべるんですね、ブレスレットくん。すごいです。
赤い宝石がチカチカ点滅しています。
「ドル円相場も教えてくれるわよ」
いりません!
女子中学生がドル円相場気になるわけないでしょうが!
とにかく第二候補にしてみます。
「じゃあ、クレセント・ムーン……これもダメ!? ホワイト・ルーク! イエロー・クレヨン! ブラック・ビショップ!」
……全部ダブってました。
その名前は既に使用されています、という赤文字が空中に映写され続けています。
「全然、ダメです……」
「魔法少女も数が多いから。今日だけで、リセマラ除いて4人の魔法少女が生まれているわ」
「リセマラ……?」
「あっ! ……気にしないで。それより、名前が決まらないと進まないわ」
「は、はい!」
その後、あたしは名前を考えては例の文字列を眺めるのを10分近く繰り返し続けました。
「ゴマスリ・クソバード! こ、こんな名前まで……」
「いいえ。よく見て」
アスカさんが、注意書きを指差します。
よく見るとその内容がさっきまでと変わっていました。
“名前には記号か数字を使用してください”
パスワードですか!
というか、ちょっと待ってください!
「あ、あの、時間かけといてなんなんですけど、ゴマスリ・クソバードはちょっと……」
「でも、他に使えそうな名前もないんだし、仕方ないんじゃない?」
「うう……」
こうして、あたしは新たな魔法少女としてこの世界に生まれたのです。
「2000クソバードね。覚えておくわ」
「ミレニアム・クソバードです!」
次回『変身ポーズが細かいです』は29日に更新予定です。お楽しみに!