近所の幼馴染の女の子のリスカを手伝ってあげているお兄ちゃんの話。
カッターの刃を出し、手首に押し当てる。
「いくよ」
「う、うん……!」
両腕に収まるくらいに小さく感じてしまうミヤの左腕を右手で固定したまま、右手を小さく引いて傷をつける。ミヤが痛みに悶え背中を震わせることを、感じた。
カッターの刃を静かに収め、ミヤを抱く力を強めた。
ミヤは僕の顔を見たいのか振り返ろうとする。
「お兄ちゃん、大丈夫? 痛くない?」
「おれは痛くないよ。大丈夫。痛いのはミヤだろ?」
ミヤは首を横に振る。小動物を思わせる挙動に庇護欲が刺激される。
左手首に並ぶカッター跡とは不釣り合いな、無邪気な表情を浮かべる。
「ミヤは痛くないよ。最初は痛いけど、おちつくから」
「そうかい」
僕はミヤの頭に手櫛を通す。柔らかな感触が手の中を滑って行った。鼻腔をくすぐる暖かで甘美な香りと共に、僕の心を癒してくれる。
ストレスを、さらってくれる。
「おちつくの。すごく。すごく」
ミヤが体重を僕に預け切ってくれていることを感じる。ミヤからは二歳の差がどう映っているのか、時折気になって仕方がなくなる。
ミヤの目に、中学二年生の僕はどのくらい大人に映っているのだろうか。
「痛いのがね、つーんと響くの。体がぶるぶるって震えちゃうくらい痛いんだけど、つーんってした後はなにも残らないの」
「僕もいなくなっちゃうかな」
ミヤは少しぽかんとした。
言い方を考えて、ミヤは横に首を振る。
「刺々したものだけさらっていくの。お兄ちゃんがぎゅってしてくれるのは、刺々してない」
「そっか。とげとげしてないか」
「うん。嫌なことだけ、さらっていってくれるから。だからお兄ちゃんは消えちゃわない」
ミヤはそう言って、僕の手を握ってぎゅっとする。
ミヤは小学生なのに、胸がときめいてしまう。
「お兄ちゃん、大好きだよ」
僕は子供が嫌いだ。
でもミヤのことが大好きだ。
「世界でひとりだけ、お兄ちゃんのことが好き」
だから多分、ミヤは子供じゃない。
だから多分、僕も子供じゃない。でもぼくらは大人じゃない。
「あのね、世界が壊れたら二人だけで家族を作るの。世界もない、大人もいない、汚い言葉はいらない。わたしたちの世界」
「そうだね。そうしよう」
ぼくらは大人なんかじゃない。あんな汚いものじゃない。
「はやく壊れたらいいのにね、世界」
「そうだね。はやく壊れて欲しいね」
ぼくらは子供なんかじゃない。あんな悍ましいものじゃない。
それでもぼくらを表す言葉が大人か子供の二つしかないのなら、それが世界なら、やっぱりこの世界はいらない。そんな不完全な世界、壊れてしまえばいい。
ただ壊れてくれるその日まで、ぼくらは癒し合う。
いつか壊れてくれる、その日が来るまで。