第九話 プリン事業販売編
恋を勝手に知った俺は、仕事にも俄然燃えていた。
「孫さんちのたまごぷりん」を売り出すにあたって、最も気を付けたことは「衛生管理」だった。この時代では、氷は高価な物だったし、もちろん冷蔵庫なんてものは存在しない。もしお客さんが購入したプリンを長時間常温で放置した挙句、食中毒でも起こされたらたちまち悪評が立ってしまう。そうなると、チンさん夫婦や孫さんの役に立つどころか、壊滅的なダメージを与えてしまうから、そこだけは細心の注意を払わなければならなかった。
「購入後、2時間以内にお召し上がりください」
という立て札を作った。
プリン自体も、何度も試作を作り続け、砂糖や牛乳の配合を調整し、「これだ!」というものが出来るまで改良を重ねた。
いよいよ迎えた販売初日。大きめのタライに氷を敷き詰め、とりあえず10個を店頭に並べた。1個350円という、強気の値段設定にしているため、街の人は足を止めて興味を示してくれるものの、中々購入には至らなかった。
そこで、俺は昼の休憩時に「試食」してもらうことを思いついた。大型スーパーの食品売り場のアレだ。小さな紙皿にプリンをほんの一口だけ盛り付け、道行く人に配った。
そうしたところその手法がウケ、用意していた10個がたちまち完売した。
「いやぁー、まさかアツシにこげん才能があるとは思わんかったと!」
その日の晩、ささやかながら孫さんを招いて初日の成功を祝う会を開いた。シーさんは俺の成功を自分のことのように喜び、酒が止まらないようだった。レイさんは、俺が作った「すき焼き」を孫さんの取り皿に取り分けながら
「ニワトリを引き取ってくださった時は、こげんか事につながるとは思うとりませんでした。アツシがお世話になって本当にありがとうございます。」
と、まるで本当の母親のように振る舞った。
「ふぉっふぉっ、アツシ。まずは無事に初日を終えてよかったのぉ。これからも、ニワトリたちに卵をしっかり生ませるように、わしも気張らんといけんかのぉ。」
と孫さんは茶目っ気たっぷりに笑った。
楽しい宴が終わり、孫さんを自宅まで送った後、俺は幸福感に浸った。人に喜んでもらうという充実感、自分で責任を持って一つのことをやる達成感を感じていた。
人の口コミというのは、今も昔も絶大な影響力を持つようだった。それからというもの、「孫さんちのたまごぷりん」は、ますます売れ行き好調で、店頭に並べてもいつもあっという間に売り切れた。販売数10個では到底足りなくなり、15個、20個と作る数を増やしていった。
初めは「全て俺一人にやらせる」といったスタンスのシーさんだったが、次第にレイさんが手伝うのを許してくれるようになった。俺自身も、万が一ある日突然現代に帰ることがあってはいけないので、今のうちにレイさんにレシピを教えておきたかった。
作れるプリンの数は1日30個が今のところ限界だったが、いつも午前中のうちには完売した。購入してくれる客層は、身なりから想像するに中流階級以上が大半のようだった。本当は、ごく一般的な庶民の人達にも味わってもらいたかったが、プリンを冷やすためにタライには大量の高価な氷を使用するため、どうしても350円にせざるを得なかった。
明日は、待ちに待った水曜日。元々一つの事に夢中になると、他のことが疎かになる傾向があったが、ミイヒから言われた「人の役に立てたらいいね!」から始まったプリン事業だ。ここ最近の俺は、頑張れば頑張る程、ミイヒの喜ぶ笑顔が浮かび、頭はミイヒの事を考えつつ身体はプリン作りに勤しむという、自分でも不思議なほど見事な両立を果たしていた。明日のミイヒはどんな顔で手を振ってくれるだろう。どんな衣装で来るだろうと思うと、それだけで胸が高鳴った。