第七話 プリン事業計画編
翌朝、俺はいつものように今度こそ取り忘れのないよう卵を回収した。そして、朝食を作り食べ終えた後、プリン作りにとりかかった。
初めてプリンを作った時は要領も悪く試行錯誤で2時間近くかかったけれど、今回は1時間足らずで出来上がった。
俺は、小さめのタライに紫陽花の花と氷を浮かべ、見栄えを良くした中にプリンの湯飲みを3個沈め、早速孫さん家に届けることにした。
孫さんは一口食べるなり、
「おおおお、こんなに美味な甘味はこれまで食ったことがない!」
と、小さな目を出来る限り大きく見開き言った。俺はホッとすると同時に、いや待てよ?と考えた。チンさん夫婦のみならず、孫さんにもここまでウケるとなれば、これは最早ここの街の人達にもウケるってことじゃないだろうか。視線を横にやると、孫さん家の朽ちた竹柵が見えた。
俺はドキドキしながら言った。
「孫さん、ぴーちゃんを救ってくれて本当にありがとうございました。このプリンはほんのお礼のつもりだったんだけど、これは卵で元々出来ています。もし、孫さん家の卵を使って僕がプリンを作り、それがこの街の人達に受け入れられたとなれば、それはもう立派な商売になるのではないでしょうか。」
と言った。孫さんは、大きな声でふぉっふぉっと笑った。
「アツシ、それは良い考えじゃ!さてさて、ほうじゃと言うて、そんなことがお前さんにできるかの?まぁまずはシー達に相談してみるといい。」
と言った。
俺は、孫さんに別れの挨拶を告げて家を出た。孫さん家の豊富な卵が仕入れることができ、それが商売に繋がれば、孫さん家の収入にもなるし、そうしたら家の修繕や、ぴーちゃん達の餌も今よりもっとよくなって、もっともっとコクのある卵を生んでくれるかもしれない。そうしたら、ぴーちゃんは一生孫さんの家で大事に飼ってもらえるかもしれない!
俺は、一人ワクワク想像で胸が膨らんで、何だか自分がこれから大きな事を成し遂げようとする人間になるかもしれないと期待した。
昼間は店が忙しいので、夕食に久しぶりの餃子を作ってチンさん夫婦に喜んでもらったところで俺の「プリン計画」を話した。
レイさんは「アツシが時々店に出してくれる卵焼きもいつもあっという間に売り切れるし、プリンはもっと評判になると思うたい!」と目を輝かせて手を叩いた。シーさんは、口を真一文字に結んで聞いていたが、
「いいか、アツシ。孫さんを巻き込んでの本格的な商売となると、今までのような甘い考えでは通用せんと。それでもやると?」
と、あえて厳しい表情を作った。それは、俺の意志がどの程度のものなのか確かめているようにも見えた。
「ハイ!街の人達にプリンを食べてみてもらいたいです!そして、孫さんやシーさん達に僕ができることで役に立って、少しでも今までの恩返しがしたいです!どうか挑戦させてください!」
と言った。シーさんは、大きく何度も頷きながら酒をあおり、一呼吸つくと、ガッハッハ!とひときわ大きな声で笑った。
「アツシ!これからは男になるとよ!プリンは甘くてうまい!こげんうまか甘いもん食べたことなか!きっと売れる!プリンについての事業は全てお前に任せるから好きなようにやるたい!期待しとるけーの!」
と言ってくれた。
次の日からの俺は、今まで以上に大忙しになった。仕入れ値や売り値も含めて全て俺に任せるとシーさんは言ってくれ、それどころか収益については今後俺の給料にしてくれると言った。今までは正直、三食付きの居候身分だったので給料なんてとんでもないと思っていたが、今回の「プリン事業」については、まさしく文字通り俺に任された一つの「事業」だった。
俺は、好きなようにやらせてもらえることに感謝と責任を感じつつ、どうやったら街の人にウケるか考えてみた。既に「杏仁豆腐」はこの時代当たり前に食するようになっていたが、「プリン」はこの時代の人にとって、見たことも食べたこともない代物だ。
「バスクチーズケーキ」を食べたことがない日本人にその味が大ウケしたように、現代のコンビニに当てはめ、どういった物が売れ筋ヒット商品になるかを考えてみた。
それは「希少性」と「付加価値」ではないかと俺は考えた。言うならば「安ければ売れる」という概念は、現代ではもう通用しない。少々高くても、人がそこに価値を見出せば商品は売れる。いかに商品価値を高めていくかがヒット商品を生み出すか否かの別れ道だ。そういう意味では、まさに「プリン」は最早それだけで希少性の高い商品になるだろう。
その希少性をもっと高める意味でも、商品のネーミングについては「孫さんちのたまごぷりん」に決めた。
「ちょっと現代の手法パクリすぎかなぁ。」
俺はつぶやいた。
「〇〇さんちの」とか、表記をわざとカタカナから平仮名に変える手法は、現代ではごく普通にやる売り方だったが、この時代にはまだそういった売り方はない。
ド素人の俺はこのさい、パクれるものについては躊躇せずなんでもパクることに腹を決めた。
売り値については。現代でいうところの1個「350円」に決めた。スーパーでも3個100円で売られているプリンもあることを考えると、安くはない値段設定。でも、うまければ人は逆にそこに付加価値を見出して買ってくれるだろう。逆に仕入れ値は、通常の2倍の設定にして孫さんに支払うことにした。俺がプリン事業をするのは、単なる金儲けのためではない。それまでお世話になった孫さんや、チンさん夫婦に少しでも恩返しがしたいからだ。シーさんは、収益は俺の給料だと言ってくれたが、俺は密かにその給料を使って夫婦にこれから恩返しをしようと考えていた。