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忘れられないキミヘ  作者: そらふく
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第五話 ミイヒとの出会い

 それからは、またいつもの慌ただしくも楽しい日常に戻っていった。俺は朝食に得意の卵焼きをこしらえ、昼は忙しく働く二人のために、炒飯でおにぎりを作ったりした。これだったら働きながらでも片手でひょいとつまんで頬張れ、栄養バランスもバッチリで二人にも好評だった。夕食には、3日に1度はコウモリの売れ残りが食卓に上がるから、この前初めて勇気をだして食べてみた。しかし、鶏肉とはまた違う食感で、少し血生臭い感じがしてやっぱり好きにはなれなかった。コウモリにはなるべく手を付けたくない俺は、ある時新鮮な牛肉が手に入ったので「すき焼き」を作ってだしてみた。すると、生卵を食べるのに抵抗のあったレイさん達だが、甘辛く味付けした肉や野菜に卵をからめて食べるとこれまた「初体験」のおいしさだったらしく、それからは週に1度はすき焼きをリクエストされた。俺の中では秘かに「コウモリ撲滅キャンペーン」と銘打ってコウモリの食卓登場回数を減らす事に成功していった。


 週に一度の王宮への使いに行く日は、いつも少し遠回りをして孫さん家に行き「ぴーちゃん」の様子を見に行くのが楽しみだった。ぴーちゃんは遠目には他のニワトリと変わらないくらいの大きさになり、鳴き声も甲高く、他のニワトリともよくなじんでいるようだった。

そんなある日、行きにぴーちゃんの様子を見てから、王宮にいつもの豚の丸焼きを荷車で届け、その帰り道に川べりで道草をしている時だった。

季節は梅雨の終わりで、あちらこちらに薄紫やピンクの色とりどりの紫陽花が対岸にもこちら側にもあでやかに咲きほこっていた。川の水は透き通り、流れは穏やかで優しい。

「本当にここは絶景スポットだな。」

俺はゆっくりと腰を下ろしぼんやりと景色を見つめた。ここに来ていると、日々の慌ただしさも、自分がいつになったら現代に戻れるのかという不安も、ひとときの間忘れることができた。

俺は、傍に落ちてあった枯れ枝の棒を拾いそれを手に持ちリズムを取りながら何の気なしに、坂本九さんの「上を向いて歩こう」をのんびり口ずさんだ。


ワンコーラス歌い終わったその時、

「いい歌ね。」

と、いきなり後ろの方で声がした。

歌っているのを聞かれた!恥ずい!と、慌てて振り返ったその時、俺は…一瞬で息を呑んだ。

そこにいたのは、天女かと思わせる美少女。明らかに高級そうな薄紫色の中国の伝統衣装に身を包み、腰の高さまである栗色の髪を高く結い上げ、頭には金や小さな宝石で装飾された髪飾りをつけ、栗色の大きな瞳でじっとこちらを見ていた。

少女はゆっくりと俺の方に近づいてきて再度

「いい歌ね。何ていう歌?」

と聞いた。その時の俺の心中といったら!絶賛売り出し中の新人アイドルか、一国のお姫様と対峙しているかのような心持ちで、言葉が言葉にならなかった。

俺が言葉をうまく作れず(おそらく顔も真っ赤になって)、瞬きもできず眼を全開で見開きつつ美少女を見ていると、

「もしもーし。聞こえてる?」

と、あろうことか少女はいよいよ傍まで近づき、俺の横に腰かけて座り、俺の顔を大きな瞳で覗き込んだ。

「きっきっき聞こえてるよ!まっまさか人がいるとは思わず、びっびっくりしちゃって!」

ようやくのことそれだけ言うと、俺は赤面症かというくらいますます顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。

(うぉー!!こんな美少女、うちの学校にも坂系アイドルでも見たことねーぞ!!)

座り込んだ美少女と、俺との距離は1メートルもなかった。近くで見れば見るほど、薄ピンク色の形のいい唇やバラ色に上気した頬。ガラスのビー玉をはめこんだかのような栗色の瞳。色白から上の色白い透き通った肌。どこかあどけなさを残した顔の輪郭。

(いや、マジありえん!マジ可愛すぎるんですけどっ!)

と、心の中で絶叫した。

「聞こえてるんなら良かった。」

フフッと少女は風鈴の音のような声をだして笑った。

「で、何て歌?」

少女はこれで2回同じ質問をした。俺がテンパりすぎてろくすっぽ会話が成立しないからだ。

「こっ、この歌は、上を向いて歩こうっている歌なんだ!」

と、俺が言うと

「ふーーーん」

と言いながら、少女は一回聴いただけの歌をハミングで口ずさみはじめた。それが驚くほど正確なリズムと音程で、そのことにも俺は度肝を抜かれた。

鼻筋の通った少女の横顔と、薄紫の中国衣装。辺りには咲き誇る紫陽花。

俺は、伏し目がちに口ずさみはじめた少女の横顔と見事な歌声に見惚れながら、

(な、なんだ、この展開、紫陽花か!?紫陽花の妖精か!?)

なんて、通常では思いもつかないことを考えたりもした。そもそも、最近の俺に起こっていること全てがファンタジックだとしたら、いきなり俺の前に現れたこの少女も架空の世界の延長なのかもしれない。

「じょ、上手だね。」

少女が歌い終わると俺はこんどは間をあけずにそう言った。

「ホント?よかった。」

と、少女は俺を見つめながらニッコリと笑った。

(いや、可愛すぎるでしょーーーー!!!)

俺は絶叫して身悶えしたいのを必死でこらえた。

「ねえ、ここで何してるの?」

と、少女は俺に尋ねた。辺りには時折爽やかな風が吹き、少女の髪が風に揺れ何とも言えない甘い香りがした。俺は、なるべく動揺している自分にこれ以上気づかれないようにしながら、今は週一回の王宮の帰り道で、いつも大抵ここでちょっと休憩してから家に帰ることを伝えた。

「そうなの?私も時々ここに来てのんびりするのが好きなんだけど今まで出会わなかったね。」

と少女は言った。俺だって、こんな美少女と出会おうものなら忘れるわけはなかった。

「ねえ、さっきの歌、聴いたことない歌だけどここの地元の人じゃないの?」

と美少女は尋ねてきた。

「そ!そうなんだ!俺、両親が亡くなったから、この先のずっと山奥から最近こっちに引っ越してきて、チンさんっていう人の家のところで住み込みで働かせてもらってるんだ!」

俺は咄嗟に嘘をついた。レイさん達には初対面の時洗いざらい身の上を打ち明けることで今後の生活を手助けして欲しいと思ったけど、今目の前にいる美少女に洗いざらい打ち明けても信じてもらえる保障はないし、何より頭のおかしい奴って思われたくなかった。

(お父さん、お母さんゴメンよ。)

俺は、作り話の中でチーンと両親を葬り去った。

「…そうなんだ、私と一緒。」

と美少女は言った。

「私の両親も、私がまだ小さい頃に亡くなったの。」

「え、そうなの…。」

自分の軽はずみな嘘がこうなってくると後ろめたい。

少女は俺を覗き込みながら再度笑顔を作り元気に言った。

「ねえ!またここに来たら会える?同い年くらいの友達がいないから寂しくって!名前なんていうの?」

「お、俺はアツシっていうんだ!都内の高校に通う16歳だよ!」

俺は「また会いたい」「友達になりたい」っていうワードについ浮足だって本当のことを喋ってしまった。

「トナイノコウコウ??」

美少女が人差し指を口に当て首をかしげながら俺を見る。

(あーーーー!もう!イチイチ仕草がたまらんっ!)

「いやいやっ!ごめん、こっちの話!」

と慌ててベタなごまかし方をした。少女は「変なのぉ」とフフッと笑いながら

「私はミイヒっていうの。15歳よ。アツシよろしくね!」

と言って右手を差し出してきた。俺は今までクラスの女子にも「アツシ」と呼び捨てにされたことなんてなかったのに、いきなり目の前の美少女に「アツシ」呼ばわりされ、握手を求められたことで有頂天になり、

「こっこちらこそよろしくっ!」

と言い握手に応じるのが精一杯だった。と、その時ボソッと彼女が

「…やっぱり知らないんだ、私の事。」

とつぶやいたが、俺は「え、何?今何か言った?」とうまく聞き取れなかった。

「ううん!なんでもない!」

と言って彼女は元気よく立ち上がった。

「私の事、ミイヒって呼んでね!また来週この時間にここに来るから!」

そう言って髪を風になびかせながら手を振り、足早に立ち去って行った。




「夢じゃなかとかー…。」

その日の夕食、俺はあまりにも今日の出来事で胸と頭が一杯で、ぼんやりしすぎてメインの肉じゃがを焦がしてしまった。その為、食卓には「撲滅キャンペーン」のはずのコウモリが所狭しと三羽も並べられていた。

俺は、コウモリの足を口にくわえたままただひたすらぼーーーーっと天井を見上げた。

「どげんしたとー!そんな変な言葉使うて!」

と、レイさんが笑ったけど、(いやいや、普段の皆さんの福岡弁がのり移っただけですから!)と心の中でツッこんだ。

 今日のあった出来事をレイさん達に話してしまいたかったけど、話すと自分だけの「お楽しみ感」が減るような気がして内緒にすることにした。

(あー、でもシーさんとか聞いたらマジ羨ましがるだろうな。)

と想像すると、一人ニヤニヤ優越感が止まらなかった。

「フフ…フフフフ…。」

コウモリの黒い足をくわえながら不気味な笑みを浮かべてシーさんを見ていると

「ちょっ!アツシ!気持ち悪かろうが!さっさと飯食え!」

俺は、シーさんに怒られた。


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