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忘れられないキミヘ  作者: そらふく
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第二話 レイさんの誕生祝い

 俺の朝はまだ夜も明けていない薄暗い5時前から始まる。まず、朝一番の仕事は裏庭で放し飼いにしているニワトリの生みたての卵を拾い集めるところからだ。

 そこから、朝飯の準備。この時代の調味料は、意外な程に充実していて、さすがにケチャップやマヨネーズはなかったけれど、その他のものはたいがいそろっていた。特に香辛料は俺が見たこともないのばかりだった。そして、3人で朝飯を食べた後、俺は片づけをし、レイさんとシーさんは店の準備を始める。レイさんが、俺の持ち物がパジャマだけなのはあんまりなので、近所の洋服屋から俺の背格好に合わせた着物を数枚購入してくれた。それを着て、日中は店の手伝いをしたり、週に一回は王宮への使いも任されていた。昼飯はほとんどゆっくり食べる暇がなかった。レイさんとシーさんは時折家の中に戻って、俺がよそった白飯をささっとかきこんでまた店に立った。レイさんの店は地元でもわりと評判のようで、売り物は主に豚の丸焼きやコウモリ、卵などだった。俺は店の手伝いをしながら夕飯を作る。結局のところ、俺の主な仕事は「料理」だった。レイさん達に、「趣味特技は料理です!」と言ったもんだから、基本的にこの一家の料理は俺に任された。

しかし、今までに必要とされてきた料理のスキルと、ここで必要とされるそれはそもそも大きくかけ離れていた。


「まさかの、卵拾いも料理の一環だもんなあ。」

薄暗い夜明け。俺がため息をつきながらぼそっとつぶやき、腰をかがめようとした瞬間、

「コケーーーーッッ!!!」

とけたたましい叫び声をあげて、ドドドドドドッと庭の端からトサカを立てて目を吊り上げた一羽のニワトリが全力疾走で突進してきた。俺はとにかく卵をザルの中に回収しながら、

「うわぁぁぁぁぁ!来るなあ!!お前そのうち唐揚げにしてやるからなあ!!」

と逃げ回る。そんなことが毎朝繰り広げられるのだ。

 次は朝食。この時代の人たちは何故か生卵を食べるのに抵抗があるらしく、俺が何度もTKGのすばらしさを説明しても、

「アツシの作る卵焼きが食べたい。」

とリクエストしてくる。

「まぁ、確かに有精卵だし俺もちょっとはキモイかなあ。」

とつぶやきながら今朝も卵をかきまぜる。俺の卵焼きの味付けの配合は砂糖3:塩0.5で、醤油と水を少し垂らしてかき混ぜる。鉄なべを熱々に熱し、わざと油を少し多めに入れ卵液を一気に投入した後はすばやくかきまぜフワフワの層をつくる。それから卵を巻き始めることで口に入れた瞬間がフワフワになるのだ。

「甘い卵焼きなんて初めて食べたけど、めっちゃおいしいわあ。」

と、レイさん達は絶賛してくれる。香辛料の使い方は正直まだまだわからないけど、今まで作ってきた家庭料理がこちらの人には珍しいらしい。俺が料理の腕を披露することで、レイさん達はますます俺が違う世界から来たんだという確信を深めているようだった。時々多めに作った卵焼きを店頭に並べたりもするけれど、いつもアッとうまに売り切れた。朝食は他にも土鍋で炊いたごはんと、汁物を用意することが多かった。まだここに来てそんなに日にちが経っていないけど、レイさんの優しさと、シーさんの豪快さで俺の毎日は必要以上にセンチメンタルに陥ることもなく慌ただしく過ぎていった。

俺がヘトヘトに疲れている時は、ふと気づくとレイさんが台所に立ったりしていることもあった。俺が謝ると、

「かまんのよ。時々は私がやらんと、アツシにばかり任せていたら料理の仕方忘れてしもたらいけんからねぇ。」

と、レイさんは優しく笑うのだった。

そんな優しいレイさんの明日は誕生日だった。シーさんは、らしくなく何日も前からソワソワしていた。わざわざ隣町まで行ってレイさんに新しいチャイナ服を購入したらしい。

「あいつ、無理していつもあんなきついチャイナ着てたらそのうち服が破けたらいかんけーの!」

と俺に向かって豪快に笑いつつ照れを隠せないシーさん。レイさんには当日まで内緒にするらしい。俺はこの家の人達が大好きだ。

俺も、普段お世話になっているレイさんに何かプレゼントがしたかった。

「と言っても、金もないしなぁ。何か料理で珍しいことできないかなぁ。」

週に一回の王宮への使いの帰り道、俺は王宮近くの川べりに寝そべりながら休憩をとりつつ明日のイベントについて何かいいアイデアはないか考えていた。季節は春で、水面には対岸の桜並木から散った花びらがヒラヒラと浮かび幻想的な様を呈していた。

俺はぼんやりとその様子を眺めながら今までこの世界で食べてきた中華料理を考えていると、

「あれ、そういえばここにきてまだ餃子食ったことないな。」

と思いついた。中華といえば炒飯・酢豚・餃子等が王道の中華料理だと思うし、たいがいの物は(コウモリも含めて)食卓に出てきたけど、未だ餃子は食べたことがなかった。

「餃子かあ。手作り餃子は作ったことあるけど、皮からは作ったことないなあ。俺に作れるかなあ。」

きっと、小麦粉に水と塩を入れてうどんみたいに練ったら生地ができあがるはずだ。そして、何よりもレイさん達の喜ぶ顔を想像すると俺はニンマリ、餃子を作ることに決めた。他は食後のスイーツだけど、生クリームのデコレーションケーキはさすがに俺のスキルでは作れそうになかったし、初挑戦だけど「プリン」を作ることに決めた。


翌朝、いつものように5時前から起床してせっせと卵を拾い集めた。ボスニワトリの攻撃もなんのその。俺もだいぶ要領よくこなせるようになってきた。

続けて朝食をこしらえ、レイさん達が店の仕事を始めたところで、俺も家事をこなしつつレイさんに気づかれないようにしながら、まずは餃子作りにとりかかった。まずは餡。こっちには「ひき肉」なんてものはないから、豚の塊肉を中華包丁でとにかく細かく刻んでいく作業からだ。豚肉を細かくした後は、そこにニンニクとショウガを大量にいれて、ごま油・醤油・紹興酒・キムチの汁などで下味をつけた。次にニラとキャベツをみじん切りにして、野菜には塩をひとふりしてなじませたあと、水分をしぼった。肉と野菜を合わせた後は、問題の皮作りだ。昔手打ちうどんは作ったことがあったのでその要領で小麦粉に水と塩をまぜてこねる。耳たぶくらいの固さになったところで、次は麺棒で薄さ5㎜程に伸ばし、最後は茶碗を押し当てて丸く繰り抜いていった。

「おーーーぅ、なんかいいんじゃね?」

見た目は餃子の皮そのもの。そこに餡を閉じ込めヒダを作って餃子の形にし、グラグラと沸騰する中華鍋に入れ試しに数個水餃子にして試作品を食べてみた。

ハフハフ、パクッ

「あちっ!」

その瞬間、口の中にぶわーっと餡の肉汁が溢れた。皮のモチモチツルツルの触感といい、餡と皮の絶妙な一体感といい、ちょっとこれ、最高じゃね?といった出来栄え。

「うぉーーー!俺マジ天才じゃなかろか。」

ここまでの作業に3時間は費やしてしまったけど、次に休むことなくプリン作りにとりかかった。俺は、先月初めて東京の自宅で挑戦した茶碗蒸しの要領を思い出していた。要はあの感じで卵に牛乳と砂糖を入れて良くかき混ぜて、蒸せばいいんだよな、と思った。いい頃合いの甘さになるまでひたすら味見を繰り返しながらプリン液を作り、大鍋の底に少量の水を張った後は、湯飲みにプリン液を流した物を静かに並べた。そしてフタをして、ちょくちょく中の様子を確認しながら、竹串をそっと刺して固すぎず柔らかすぎずのタイミングで鍋から出した。カラメルシロップも少量の水に大量の砂糖を入れて火にかけ、焦げ付かないよう細心の注意を払いながらかき混ぜることでなんとかそれらしい色と味に仕上がった。それをプリンの上にトロリとかければ完成。

黄色が鮮やかなプリンに艶やかな茶色のカラメルシロップをかけ、見た目は完璧にプリンそのもの。さて、問題の味の方は…。俺は生まれて初めて作ったスイーツをおそるおそる一さじすくって口の中に入れてみた。

「お!?まだ熱いけど、うまいじゃん!冷やせばもっとプリンらしくなるけど、まあこれでも十分プリンじゃね?俺って、パティシエの才能もあるかも!」

人生初めて作ったプリンはこれまた想像以上の出来栄えで、これならレイさん達も喜んでくれるに違いない、と一人ガッツポーズをした。


さて、夜になり、食卓には豚の丸焼きと、俺が作った餃子やプリンが並べられた。

レイさん達は今まで見たこともない料理に興味深々で、俺が料理の説明を終えると早速出来立ての水餃子を酢醤油につけて口に運んだ。

「んーーー!?なんこれ!!うまか!!」

二人は顔を見合わせ、うまかうまかと、あっという間に水餃子をたいらげた。俺は、上々の評価に気分を良くしつつ、豚の丸焼きを頬張った。

そして、デザートのプリンも二人そろって「こんな味初めて!」とか、「世の中にこげんうまかもんがあるなんて!」とか言いながら次々と胃袋におさめていった。

「アツシ!これは間違いなく売れるたい!うちの店の名物看板商品になるたい!」

シーさんが、ガハハ!と大笑いしながら俺の肩をバンバンと叩いた。

「イテテテ、シーさん痛いですって。またいつでも作りますって!楽勝っすよ!」

二人におだてられすっかり気分を良くした俺は思わず大きな事を言ってしまった。そして、またひとつ仕事を増やしてしまった。


食後、俺が皿を下げようとすると、シーさんが手に紙包みを抱えて

「レ、レイ!誕生日おめでとう!いつも手のかかる亭主の世話してもろてすまんの!」

と、ちょっとモジモジしながらレイさんにプレゼントの紙包みを渡した。

「あら、やだあんた。そしたら、アツシのごちそうも全部私の誕生祝いやったとね。二人ともすまんねぇ。こげんか嬉しい誕生祝いは初めてたい。」

レイさんは顔を赤らめながら包みを受け取った。ガサゴソと中身をあけると、中からは青色に金の刺繍がほどこされた見事なチャイナ服がでてきた。

「まあ、なんと素敵な…。こげんかチャイナ高かったやろ?今、着てみていいとね?」

と言って、レイさんは別室に消えた。ほどなくして出てきたレイさんは、今まで着ていた赤のチャイナ服の何倍もよく似合って見えた。

「綺麗ですね、シーさん?」

と、俺がシーさんをのぞくと、シーさんは顔を真っ赤にして

「ま、孫にも衣装たい!」

と言い放ちガハハと笑いながら酒をあおった。


そんな、幸福で賑やかな1日が終わり、俺はここに来て初めての充実感と幸せな疲労感につつまれながら、あっという間に眠りについた。


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