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第8話 みんな集まれ 日曜日だよ(前編)

 午前6時。そんな早朝に私は目覚めてしまった。

 何故なら、入学してから初めての日曜日。

 遠足が楽しみで眠れない小学生か! って自分でも思う。

 布団の上でスマホを眺める。ハンバーガー屋さんで交換した電話番号と、メールアドレス。

 お父さんとお母さん、それから管理人の雪絵さんの3つしかなかった連絡先に、江藤さんと蛇上さんが追加されている。

 その連絡先を眺めてニヤニヤしている。自分のことながら気持ちが悪い。



 食事、身支度を終えていつでも行動開始できるようにした後、またもスマホを眺める。

 午前9時。私はこの時間を待ち侘びていた。

 電話をかけるには早すぎもせず、遅くなって予定が入ることもない。

 私は連絡先に登録された江藤さんの項目をタップした。


「ブツッ、おかけになった電話番号は電源が切れているか、電波の届かない場所に……」


 え? いきなり着信拒否?

 こんなちょうどいい時間なのに電話に出てくれないってどういうこと? 本当に電源が切れていの? 電波の届かないところにいるの? わからない。

 だけど、もう連絡がつかないのなら諦める他ない。

 次に蛇上さんの項目をタップする。


 ベルが鳴ること3回……


「はい、蛇上っス……」


 少しだるくて眠たそうな声が聞こえた。


「あのっ! 桜河です! いま時間いいですかっ!」


 つい声が大きくなって上ずってしまう。そんな自分に焦り出した。


「あ……桜河さんっスか……どうしたんスか?」

「ええっと……今日、一緒に遊びませんか?」


 前置きもなくド直球に用件を言ってしまった。

 これには蛇上さんも困るに違いない。

 でも、そんな上手に会話することなんて、今の私には無理。


「え? 今日はゲームて忙し……いや、なんでもないっス。暇っス!」


 なんか、強制してしまった。

 本当はゲームやりたいんだ。それなのに、こっちに話を合わせてくれた。

 悪いことをしちゃったな。


「一緒に遊ぶっス! 何します?」


 こちら沈んだ気持ちを汲み取って、蛇上さんはフォローしてくれる。

 蛇上さんって、気配りのできる人なんだな。私とは大違い。


「……何しよう」

「決めてなかったんスか……まあ、こっちに来たばかりの桜河さんは、知らなくても無理ないっスね……」


 こちらを気遣ってくれる。

 私が知っているのは、この前寄り道したハンバーガー屋さんしか知らない。

 よく考えれば、待ち合わせをしようにもどうしたらいいかよくわからない。


「じゃあ、うちに遊びに来ませんか? ジンガイ荘っていうアパートなんですけど、みんな住んでてにぎやかだから、きっと退屈しないと思うんです!」


 つい、語尾が強くなってしまう。緊張して焦っているようだ。

 私の提案に、蛇上さんは、「うーん」と呻る。


「いきなり家ってのはレベルが高いっスけど……ちょっと冒険してみるっス。場所は何処っスか?」


 蛇上さん回答につい、ぐっとガッツポーズをとってしまう。

 すぐにジンガイ荘の住所と、簡単な駅からの道順を教えた。


「そこなら……わかるっス。今から行くから、待っていて欲しいっス……」


 「待ってるね」と軽く言うと、スマホの通話終了ボタンをタップする。

 嬉しくて部屋に置いてあるエリマキトカゲのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。




「すみませーん……っス――って、もういるんスか!」


 電話から20分程度経った頃、引き戸を開けて蛇上さんがジンガイ荘を訪れた。

 私は玄関でずっと彼女を待っていた。

 来てくれるのに待っていないなんてマナー違反だよね。


「ささ、先ずは居間に行こう。お茶くらいなら淹れられるから」


 そう言って、私は蛇上さんの背中を押す。

 ギシギシ軋む縁側を通って居間へ案内する。

 居間は中央に6人座れるちゃぶ台は綺麗に片付いていた。


「お、お邪魔するっス……」


 蛇上さんはおどおどしながら、居間へと入ってくる。

 やっぱり初めての場所は緊張するみたい。


「適当なところに座って待ってて」


 蛇上さんが一息吐いて座布団の上に座る。

 それを確認して、台所に向かう為に背を向けようとした。瞬間――蛇上さんの後ろの襖が開かれる。


「唯ちゃーん! ぎいでよ~、また、不採用になっじゃっだー」

「うわわわわ! 何? 誰? お酒くさッ!」


 リクルートスーツ姿の鎌田さんが、私と間違えて蛇上さんに抱きついた。

 何が起こったのかわからない蛇上さんは慌てた様子で、鎌田さんを引っぺがそうとしている。


「またですか。でも、人に迷惑をかけちゃダメですよ」

「ふぇ……」


 私の声に鎌田さんは抱きついた相手をじっと見た。

 そして、1つしゃっくりをした。


「え? 誰?」

「それはこっちの台詞っス!」


 じゃれ合う蛇上さんと鎌田さんの間に入って仲裁する。

 お互いが首を傾げているので、簡単になだめることができた。


「蛇上さん、この人は鎌田 双葉さん。就職浪人だって」

「はぁ、どうもっス……」


 蛇上さんは俯いて前髪で目を隠した。初対面の相手は苦手らしい。


「鎌田さん、こちらは蛇上 瞳さん。私の友達だから、挨拶してね」


 顔を真っ赤にした鎌田さんは蛇上さんの顔を両手で掴むと、彼女の顔をじっと見つめた。


「唯ちゃんの友達……ねえ、お父さんが会社経営してたりしない? もしくは親族に社長がいたりするんじゃない?」


 鎌田さんは急に真面目な顔になると、就職活動を始めた。


「いや、そんな知り合いはいないっス……」


 強引に顔を固定された蛇上さんは目を泳がせながら答える。真正面から顔を見られるのも苦手みたい。

 そんな2人に助け船を出す。


「鎌田さん、友達にそんない失礼な事しないでください。蛇上さんも気にしないでね」


 私は強引に鎌田さんの腕を掴み、強引に手を放させる。


「この人って、いつもこうなんっスか? 日曜日の真昼間から酒飲んでんスか?」

「大体こんな感じ」

「そんなに不採用になってるんスか?」

「なんか、ダメみたい」


 私たちが顔を突き合わせて話しているのが、気に入らないのか、鎌田さんが間に入ってきて引き離す。


「なんで落ちるの? 何が悪いの? 私が落ちるのは社会のせい?」


 完全に出来上がって、絡み酒も絶好調。

 もう、この状況を打破するのは無理なのかもしれない。


「何があったんスか? やらかしたこととか、なかったんスか?」


 鎌田さんは少し目を瞑って考えた様子だったが、すぐに両目を大きく開いた。

 これは何か思い出したポーズ。


「そう! 面接中に、『趣味は読書と書いてありますが、最近はどのような本を読みましたか?』って聞くから『夏目漱石のこころです』って答えたら、鼻で笑われたのよ!」


 怒りで頭を振り回す鎌田さんの様子を見なら、私たちは大きなため息をついてしまった。


「それは……擁護できないっス……」

「『こころ』は国語の必修作品ですからね。名作ですけど趣味が読書で使うのは、辛いと思います」


 一瞬、真顔になった鎌田さんはすぐに私に抱きついてきた。

 涙と鼻水を垂らしていてとても汚い。

 いい大人なんだから、もう少し落ち着いて欲しい。


「唯ちゃーん、慰めてよぉー、なんでそんな辛く当たるのよぉ~」


 力を込めて抱きしめてくる鎌田さんの顔を押し返す。


「こんなところで酒飲んでるより、真面目に履歴書でも書いた方が有意義ですよ」


 私の一言に蛇上さんと鎌田さんは動きを止めてこちらを見つめてくる。

 何が起こったのか、首を傾げる。


「ちょっ、桜河さん、それは言い過ぎっス……正論っスけど……」


 何故か蛇上さんがドン引きしている。

 それに対して意外なことに鎌田さんはじっと大人しくしくなった。


「……」


 私の言いたいことが通じたということだよね。


「うっぷ……」


 よく見れば、心なしか、鎌田さんの顔が、青ざめているような……。


「げろげろげろげろ……」


 鎌田さんの口から汚水がマーライオンみたいに噴出した。

 居間中に酸っぱい臭いが充満してくる。


「うわっ! や、ヤバいっスよ!」

「何やってるんですか! 早く雑巾を! うわわわわ……」


 ゲロ落ちなんて、最低……。

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