第7話 みんな集まれ 買い食いだよ
あらすじ
なんやかんやあって、桜河、江藤、蛇上の3人はファーストフード店を目指す。
私の目の前には店の大きな扉が立ちはだかっている。
外張りはガラスで店の中にいる人の姿が丸見え。私たちもここに入るんだ。
「さあ、やって来たわね」
「あーなんか緊張してきた……」
立ちはだかる店は世界的に有名なハンバーガーチェーン店。
人口4万人を超える市に1店舗はあると言われる圧倒的なシェアを誇っている。
当然、私も入ったことはあるけど、友達と一緒というのは、これが初めてだ。
つい、息を飲んでしまう。
「何ぼーっとしてんスか……? 入るんスよね?」
平然としている蛇上さんの様子に、気後れしてしまう。
そんな簡単に言うなんて、なんて買い食い慣れしていることだろうか。
彼女にとっては取るにならないことだって言うの?
「いや、その、こういう寄り道って初めてで……」
苦笑いで答える江藤さんの隣で何度も頷く。
もしかして、蛇上さんってこういうののプロなのかな。
「あたしも初めってスけど……入らないと始まらないっスよ……」
「そ、そうね! じゃあ、行くわよ!」
先陣を切って江藤さんが店の扉に向かって歩いていく。
その後に続くように私も歩き出すと、蛇上さんが肩を掴んできた。
「どうしたの?」
「えーっと……。あの2人は、どうしたんっスか……?」
「え? 格代さんと助本さんのこと? 私は知らないけど……」
その言葉にとても不安になって来た。それでも、今は江藤さんについていかなくちゃ。
肩に置かれた蛇上さんの手を取って引っ張る。
「そんな事より、早く行こ?」
格代さんも助本さんも、いつも私につき纏ってばかりじゃないよね……?
自動ドアをくぐって店内に入ると、ピポーンとチャイムが鳴る。それに驚いて、体がびくっとなってしまった。
こういう店では鳴ると分かっているんだけど、今日はそんな余裕はない。
前を見ると、江藤さんはもう店員に注文している。私は何をしようかな――
「って、格代さん!?」
江藤さんの注文を受けているのは、間違いなく店の帽子と制服を着た格代さんだ。
何やってるの!? なんでここに!?
格代さんは口に人差し指を当てて、シーッと静かにするようにジェスチャーしてくる。
江藤さんが注文をしているのを、薄ら笑いを浮かべて見下ろしている。
「私はこのダブルチーズバーガーで」
「お客様程度がこのような商品は高級過ぎです。こちらの100円ハンバーガーで十分です」
うわぁ……。
陰湿だ。
店員の振りをしてまでそんな器の小さいことをしなくても……。
「え? そうなんですか? 別になんでもいいので、そのハンバーガーで」
江藤さん、気づいてない!
気付いてあげて! 格代さん、血の涙を流しながら唇噛んでるよ!
なんか、格代さんが逆にいじめられてるように見えてきた。
「ハンバーガーはいりまーす」
気の抜けた声で格代さんが注文を伝える。
「あれ? 桜河さんはまだ注文してないの? 早くした方がいいよ」
「あの……店員……」
「店員さんがどうしたの?」
「いえ、なんでもないです」
本当に気付いていないようなのでこのままにしておこう。
知ったらお互いが傷つくだけだし。
私もカウンターまで来てメニューを確認する。
「いらっしゃいませ、唯様! ようこそ、ここへ!」
やっぱり、私を担当するのは助本さんか……。
「えーと、何してるんですか?」
「店員ですよ」
「どうして?」
「唯様に毒虫が付かないか見張ってるのよ」
ごまかす事すらしない。
ここは手早く注文を済ませよう。
「じゃあ、私はこのハンバーガーと、冷たい紅茶を」
「畏まりました。スペシャルマックスバーガーと、紅茶LL入りましたー!」
大声でそんなことを言う。
待って、そんなの注文してない。
「どうぞ、唯様!」
助本さんが出してきたのは、顔より大きいサイズのハンバーガ―に、バケツのように大きな容器に入った紅茶。
「これ、注文と全然違うんですけど……」
「これは私からのささやかなサービスです」
助本さんがウィンクしてきた。
「なんでこんなにサイズが大きいんですか?」
「ステイツではこれが普通ですよ」
絶対に嘘だと分かっていても、助本さんのサービスなら受け取らないと悪いよね。
トレイを受け取って、飲食スペースへと移動する。
「桜河さん、こっち」
手を振る江藤さんの席に着く。
江藤さんのトレイの上には極小サイズのハンバーガーが載っていた。これは嫌がらせ以外の何物でもない。
それなのに、江藤さん笑顔だし、わざわざ伝える必要もないよね。
「桜河さん、すごいね。そんなに食べるんだ」
「いえ、これは……」
どう言い繕うか考えていると、蛇上さんが心底疲れた様子でやって来た。
「あれ? 蛇上さんはおまけがついてるんだ」
江藤さんの言葉に、蛇上さんのトレイを見る。
すると、何かの動物のぬいぐるみがハンバーガーと一緒に置いてあった。
「これって……」
「えっとー……マングースらしいっス……」
え?
マングースって、ハブと戦う動物だよね。
蛇上さんハブって事?
「いえ、ただの嫌がらせっス……」
蛇上さんが疲れている理由が分かった気がした。
本当にご愁傷様です。
ぬいぐるみは後で私が回収してあげよう。
「ほらほら、みんな座って」
江藤さんに勧められるがままに席に着く。
そして、みんな一緒にハンバーガーにかぶりつく。
「んー、美味しい! 友達と食べるっていいね!」
満面の笑みの江藤さんにこちらもつられて笑顔になる。
こういう事に慣れてそうな江藤さんのはしゃぎっぷりが意外に思える。
「江藤さんって……友達多そうっスけど……あたしでよかったんスか……?」
蛇上さんは俯いた様子でそう言う。
確かに、明るいし、人当たりもいいから友達とか多そうなのに。
「いやー、それがそうでもないんだよね」
江藤さんは照れた様子で頬をかいた。
少し目が泳いでいることから、言いにくいことみたいだけど……。
「私って、ちょっと男っぽいところがあるじゃない。それで、男子からは男女とか言ってからかわれて、女子はそんな様子の私が気に入らない様子で友達とかいなかったのよね。だから、高校では友達作ろうって……」
笑顔で照れ隠ししている江藤さん。とても可愛くていいと思います。
やっぱり、江藤さんともっと仲良しになりたい。
「桜河さんは? ちっちゃくて可愛いから、友達とかいたんじゃない?」
「私は引っ越してきたばかりで、友達とか知り合いといないんです」
そう。私には友達、知り合いと言える人間は存在しない。
地域指定管理組合の娘というだけで、誰も私と関わろうとしない。
だから、そういう人はいない。
「そっか。じゃあ、これからは私たちが友達よ」
笑顔で抱きついてくる江藤さんとは対照的に蛇上さんは露骨に視線を外してくる。
入学式の時と同じ。
「あたしは……そういうの苦手っていうか……陰キャっスから……友達っていないっス……。そんな奴、嫌っスよね……」
そうか、蛇上さんは友達を作るのが下手なだけなんだ。
自分は人と仲良くできる人じゃないって、周りと距離を作ってる。
だから、自分の魅力に気付いていない。
「そんなことないよ。私は友達になりたい」
蛇上さんの手を取る。
それと同じで江藤さんも私たちの手を握ってくる。
「私たち、結構似た者同士みたいじゃない? だから、友達がいない同士で、友達になろう! おー!」
江藤さんは少し興奮した様子で名乗りを上げた。
蛇上さんは視線を外しているものの、握った手は離していない。
それが、私にとってとっても嬉しいことで――
「お客様」
「他のお客様の迷惑になりますので、大声は控えて下さい」
こんなタイミングで格代さんと助本さんが割り込んできた!
これはもう、喧嘩は避けられない……。
「あ、すみません。ご迷惑おかけしませた」
江藤さんはそれだけ言うと、こちらを向いて少し舌を出して見せた。
そんな江藤さんの顔を見た後に、視線を移動させる。
そこには血の涙を流しながら唇を噛み締めている2人がいた。
全く気付いていないことを相当に悔しがっているみたい。まあ、こんな悪戯するから悪いんだよ。
2人の監視下で私たちは話を続けた。
「今日から私たち3人は友達だよ」
江藤さんと蛇上さんの笑顔に友達であることを実感して、幸せを噛み締めた。