第6話 みんな集まれ 友達だよ
「あ~」
入学式の翌日。
始業のチャイム前に教室に着くことができた。
格代さんと助本さんにお風呂を襲撃されて、体の底から疲労が抜けない。
学校に登校するのも一苦労だし、本格的に対策を考えなくちゃこっちが死んじゃう。
つい、自分の席の机に突っ伏してしまう。
「どうしたの? なんか疲れてるようだけど」
「はぁ。ちょっと疲れちゃって……」
今日は授業があるというのに、まともに授業を受けられない気がする。
現在進行中で眠気が襲ってきてるし、今なら泥のように眠れる自信がある。
「大変ね。やっぱり、あの2人が?」
「そうなのよ、本当に頭が痛いわ」
今日も格代さん、助本さんが襲撃してくるんじゃないかな。
平和な1日を願うなんて、欲張りなの?
――って、2人!?
「今、江藤さんと話してる!?」
「そ、そうだけど、悪かった? すぐ後ろの席だから気になって……」
バッと顔を上げると、困惑する江藤さんの顔があった。
なんだか普通に受け答えしちゃった。
あー、恥ずかしい。
顔が赤くなってるかしら? 顔が熱い。
「悪くない! むしろ、いい。最高!」
「そ、そう……?」
だけど、いきなり話しかけてくれるなんて、何かあったのかな。
特に何もしていないのだけど……。
「でも、いいの? 私なんかと話して……」
「やけに自己評価が低いわね。別に話ぐらいいいよね。席が近いから、桜河さんとは友達になりたくてね」
友達!?
いきなりそんな高いハードルが来るなんて思わなかった。
いや、ここはチャンス!
向こうから来たということは、飛びやすいハードルだ。ここを逃してはいけない。
「そうだよね。私たち、友達。うん。そう、友達!」
「よし、じゃあ、これからよろしくね」
江藤さんがはつらつとした笑顔をしながら、手を差し出してくる。
入学から2日目で友達ができるなんて、こんなトントン拍子でいいの?
とりあえず、握手しなくちゃ。
あ、手が汗で濡れてる。
ハンカチで拭いてから、ぎゅっと握り返す。
「ははは……桜河さんって、握力どれだけあるの?」
なんだか江藤さんの表情がすぐれない。さっきはいい笑顔だったのに。
それに、握力なんてなんで聞いてくるんだろう。
そんな中、チャイムが鳴ってしまった。
「おっと、お喋りはこれで終わりかな。また、放課後に話せる?」
「うん! 大丈夫!」
後ろを向いていた江藤さんは前を向いてホームルームに備える。
私も準備しないと――視線を感じて後ろを振り返る。
前にも見た白い髪で目元を隠す感じのクラスメートがいた。
また、視線を逸らされた。ここまで露骨だと少し気分が悪い。
ホームルームと1時限目が終わった小休憩、私は自分に向けられる視線の主の席へ移動した。
また露骨に視線を外される。
なんだか、中学の頃を思い出す。あの時もそうだった。だけど、高校になったのだから、今までのようになりたくない。
「おはよう」
彼女の顔を覗き込むように挨拶をする。
すると、彼女はそれを避けるように顔を動かした。
「お、おはよう……っス」
それでも挨拶を返してくれた。やはり、中学時代とは違う。
「どうしたのかな? よく私の方を見てたけど……」
「いや、あの……ごめんなさいっス」
怯える様子がよくわかる。白い髪で目を隠してる。
やっぱりここでも……。
「ごめんね、なんか怖がらせて」
「い、いや、違うんっスよ……。その、鬼とか初めてなんっス。琴対馬に鬼がいるなんて……聞いてないっスよ……」
鬼! まさかもうバレた?
もしかして、ここでも以前のような生活に戻ってしまうのかな……。
「ご安心ください、唯様」
顔のすぐ右に格代さんが突如現れた。
「こいつ、妖怪ですよ」
同様に、反対側から助本さんが現れた。
そして、私の顔を挟むようにして頬ずりしてくる。
本当にこの2人は神出鬼没だなぁ。
「よ、妖怪って?」
「――それはっスね……。あたしは蛇女なんっスよ」
顔は背けているものの、彼女は視線をこちらに向けてくれた。
完全に避けられている訳じゃなさそう。
「蛇女?」
「蛇の特性を持つ妖怪です」
「低級妖怪なので、唯様が怖いのですよ」
妖怪――上位の妖怪を怖がる。普通の事なんだよね。
「申し訳……ないっス」
「ううん。全然問題ないよ。むしろ、同じ妖怪がいてくれて嬉しい」
向こうは怖がっているみたいだから、なるべく笑顔で受け答えしてあげないと。
そんなことを気を付けていると、顔をこちらに向けてくれた。
「いいんっスか? あたしなんかで……」
「いいよ、とってもいい。よければ、私の友達になってくれない?」
私の唐突な提案に、彼女は呆然とこちらを見る。
それと同じように、両脇の2人も動きを止めた。
「あ、あたしなんかでよければ……いいっスよ」
その答えについ、顔が綻んでしまう。
これで、友達2人目になった?
「ダメ! ダメです」
「私たちの目が黒いうちはそんなこと許しませんよ」
隣で血の涙を流す2人。
そんなに友達を作るのが嫌なのかなぁ。
「まあまあ、いいじゃない」
2人を宥めるように言うが、こちらの言葉を聞こうともしない。
「あんたら、ちょっと黙った方がいいっスよ……」
瞬間、彼女の瞳が赤く光る。その赤い瞳は2人を睨みつけている。
すると、格代さんと助本さんがピタリと声を出さなくなった。
「こ、この目……」
「石化の魔眼ね……」
2人も驚いた様子で、声を絞り出す。
「そうっス……。本来、蛇女には過ぎた力っスけど……あたしは西洋の血が混ざってるんっスよ。ゴルゴーンって言うんすかね、有名らしいっスけど」
それだけ言うと、珍しく2人は後退る。
「授業が始まるから、そこの2人は教室に戻りなさい」
いつの間にか教室に入ってきた教師が格代さんと助本さんに注意してきた。
2人は口惜しそうな顔をしながら、シュタッと飛び上がると姿を消した。
私も自分の席に戻らないと……。
「じゃあ、またね」
「あ、あたし……蛇上 薫って言うっス」
「私は唯。桜河 唯。よろしくね」
名前を言い合いながら、私は自分の席に向かった。
放課後、江藤さんがぐるりと回りながら、こちらに向いてきた。
「桜河さん、一緒に帰ろう」
まさかの下校イベント発生。
いいの? こんなに早くてもいいの?
明日、車にはねられたりしないかな。
「いく! 行きます!」
私の返事に江藤さんは歯が見えるほどの大きな笑顔で返事をしてくれた。
急いで帰り支度をしていると、ふと、いい考えが浮かんできた、
私は立ち上がると、いい考えの方へと歩いていく。
「ねえ、蛇上さんも一緒に帰らない?」
教科書をカバンに入れている最中だった彼女はポカンという感じでこちらを見ていた。
「ダメかな? 江藤さんはいいかな?」
「桜河さんって、意外と押しが強いよね」
江藤さんはすぐにこちらに合流してくれた。
ちょっと置いてけぼりにしちゃったけど、気分を害したりしないよね?
「私は何人でも構わないよ」
外堀を埋められたという感じの蛇上さんは、きょろきょろと回りを見渡したが、最終的にこちらを見上げてこう言った。
「あたしなんかでよければ……喜んで……っス」
私は嬉しくてつい、蛇上さんの手を取って引っ張り、立ち上がらせる。
そして、3人が集まった。
「は、初めましてっス……あたしは、蛇上っス」
「私は江藤 真。昨日自己紹介したから、初めてじゃないけどね」
江藤さんの笑顔がまぶしいのか、蛇上さんは手で自分の目を隠そうとする。
私も江藤さんの笑顔はまぶしく感じてしまう。
「こ、これが……リア充っスか……」
眩い光を遮るように手で目を覆い隠す。
何かの呪詛を吐くように蛇上さんが呟いた。
「みんなで帰ることになったけど、このままただ帰るのは勿体ないよね」
私は息を飲んで江藤さんの言葉を待つ。期待と不安が混ざり合って落ち着かない。
蛇上さんも同じようで視線が落ち着かない様子だ。
「これから、ファーストフード店へ行こうと思います」
江藤さんの言葉に、私と蛇上さんは凍り付いてしまう。
まさか、そんなハイレベルなことを要求されるなんて……。
これは一波乱の予感がする。