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第4話 みんな集まれ ジンガイ荘だよ

 長い1日が終わり、ジンガイ荘の自分の部屋へ戻ってきた。

 ようやく格代さんと助本さんから解放されて一息く。

 障子から夕焼けの赤が差しており、まだ登録数の少ないスマホを取り出して時間を確認する。

 もう夕食の時間なので、制服から私服に着替える。長めのスカートに、トレーナー、春先なので薄手の上着を羽織っておく。

 身長のせいか、どんな服を着ても幼く見えてしまう。それとも、趣味が幼稚なのかな。


 着替え終わったら、ギシギシと軋む縁側を通り居間を目指す。

 居間への襖を開けると、夕食の準備が出来上がっていた。

 だけど、いつもと違い、長方形のちゃぶ台には見知らぬ人が突っ伏していた。

 綺麗に整えられている髪に、紺のスーツを着た様子は、まるでOLさんだ。

 だけど、何だか様子がおかしい。片手にビールの缶を持っており、顔は真っ赤、目は焦点が合っていない。これは完全に出来上がってるよ。


「唯ちゃん、いらっしゃーい」


 OL風な女性を見ていると、雪絵さんが声をかけてくれた。

 私は自分の席に着いたが、お酒の臭いがしてきた。女性とはそこそこ距離があるというのに臭ってくるのは、相当に深酒をしたんだろうな。


「もー、双葉ちゃんはだらしないですねー」


 雪絵さんはそれだけ言うと、居間から出ていってしまう。

 そして、居間には女性と私だけが残された。

 へべれけている女性と2人きりというのは、居心地が悪い。しかも、耳をすますと嗚咽が聞こえてくる。


「うう……また落ちた……なんで私だけ……?」


 落ちたとか、どういう意味なんだろう。

 気になることはあるけど、深入りもできないし、どうしたらいいのかな。

 ここは声をかけた方がいいのかな?


「なんでなのッ!?」


 大声が聞こえたと思うと、女性は私に覆い被さってきてきた。それは私を抱くような感じで、完全に酔っ払いに絡まれるそれである。

 綺麗であろう顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていて酷い有様だった。


「ええと……お酒臭いので離れてください」


 一瞬、女性の嗚咽が止まって私の方をまじまじと見てくる。その目にはさらに涙が溜まっていた。

 もしかして、また悪いこと言ったのかな?


「そぉんな、づめだいことぉ言わずにぃ~」


 さらに抱きしめてくるので、手で顔を押し出してこれ以上近づかないように抵抗する。

 格代さんも助本さんも、いつもどうでもいい時に出てくるのに、こういう時は出てきてくれないの?


「呼ばれた気がして」


 背後から声が聞こえたと思ったらすぐ横に格代さんの顔があった。

 驚いて身体がびくっとなった。


「お呼びとあれば貴方の隣に」


 格代さんとは逆の位置に助本さんの顔がぬっとあらわれる。

 前から女性、右から格代さん、左から助本さんと3つの顔から攻められる。

 これ、どういう状況なの?


「ほらほらー、みんな唯ちゃんに絡まないのー」


 仲裁役の雪絵さんが襖を開けてやって来た。

 片手に水が入ったコップ。もう片手で誰かの首根っこをもってずるずると引きずっている。

 その誰かは伸び放題に伸びた黒髪に、だらしがなく首がよれよれのTシャツを着た女性だった。ヘッドフォンを装着してるから、音楽系の人なのかも。

 この人もジンガイ荘の住人なのだろうか。

 そんな女性を雪絵さんはちゃぶ台の一角の放り投げた。それから、酔っぱらった女性を私から引っぺがすと、その手に水が入ったコップを握らせた。

 その空気を読んだのか、格代さんと助本さんは無言で自分の席に着いた。

 あの2人でも雪絵さんには敵わないらしい。


「唯ちゃんがジンガイ荘に住むようになってー初めて全員が揃ったわねー」


 雪絵さんはニコニコと笑いながら、クッキーを齧っている。夕食前でもお菓子を食べるんだ。


「それでー、ご飯の前にーそれぞれ、事項紹介してみてねー」


 そう言われて、私はこのジンガイ荘に住む人のことを全く知らないことに気づいた。格代さんと助本さんにはよく絡まれるけど、詳しいことはあまり知らない。

 雪絵さんもジンガイ荘の大家兼管理人ということ以外知らない。

 後の2人は初めて顔を合わすだけだし。

 思った以上に私は何も知らない。


僭越せんえつながら、トップバッターは不肖ふしょう格代かくよ 蓮子れんこが務めさせていただきます」


 バッと立ち上がったのは格代さん。黒いショートカットが似合う、クールな美人さん。身長も高いから、一緒にいると娘に勘違いされそう。

 確か、山の妖怪で天狗。それくらいしか知らない。


「年の頃は17、種族は天狗。琴対馬高校の2年生をやっている。好きなものは小さな可愛い子。嫌いなものは大きいモノ。趣味は小さい子の撮影。学校では新聞部部長として不定期ながらも新聞を発行しおります。私を呼ぶときは蓮子と呼び捨てでお願いします」


 好き嫌いと趣味はほっとくとして、新聞部の部長さんというのは知らなかった。一度新聞を見せてもらいたいな。小さな子だけの特集とかばかりだと嫌だけど。


「次は私、助本すけもと 陽子ようこが自己紹介するわ」


 格代さんがいそいそと座り始めると、助本さんがスッと立ち上がる。

 身長はそれほど高くはないけど、綺麗な金のロングヘアが特徴。顔は驚くほど白くてきめ細やか。

 格代さんもそうだけど、モデルをやっていると言われても、違和感は全くない。どうしてこんなに私を違うんだろう。

 山の妖怪の妖狐で、妖術とか使うんだっけ。


「永遠の17歳。とりあえず妖狐とだけ覚えてくださいね。妖術、呪術が使えるから、呪いの代行もするからいつでも言って。蓮子と同じく高校2年生をやらせてもらっているわ。好きなことは発明ね。特に小さな子にあげるようなものを開発しているわ。嫌いなものは男。科学部という訳ではないけど、化学室を勝手に使ってるわ。私のことは陽子と呼んでね」


 なんだか、好きなことが怪しい。嫌いなものが男というのは深く突っ込まない方がよさそう。

 優しい人かと思ってたけど、やっぱり要注意人物だ。


「うーあー、私は……鎌田かまた……双葉ふたば……でぇーす! いえーい! ピース、ピース!」


 ダウナーだったOLさんが突然元気に飛び上がった。

 2人の自己紹介を受けて乗ってきたのだろうか。とにかく、お酒臭くてちょっと苦手。


見目麗みめうるわしい21歳! 就職ろーにん! 好きなことはやけ酒! 嫌いなものは落選通知! かまいたちだから、なんでも斬ってあげる! わはは……はは……はぁ……」


 最後の方、勢いがなくなってきてまたダウナーになって来た。

 よくわからない人だけど、就職活動中だということはわかった。「落ちる」とか「滑る」という単語は口にしない方がよさそう。

 今もやけ酒をしていることを思うと、落選通知を受け取った直後なのかもしれない。

 それだけ言うと、鎌田さんは仰向けに倒れてしまい、寝息が聞こえてきた。もうダメみたいです。


「双葉ちゃんは、お酒が弱いのにーすぐお酒に逃げるから―」


 そんな様子を雪絵さんが笑って説明する。

 私は作り笑いすることしかできない。


「さて、お次はー、にーちゃんよー」

「は……はい」


 瞳ちゃんと呼ばれた伸び放題の黒髪の女性が顔を上げる。心なしかおどおどしており、人前に出るのは苦手みたい。

 伸びた黒髪は左目を隠しており、右目しか見ることができない。服装もなんだかだらしがないし、一体どんな人なんだろう。


「あの……MF-2(エムエフ・ツー)です……。一応、アンドロイドです。みんなには『にーちゃん』って呼ばれてます……」


 え? アンドロイド!

 確かに髪の間から見える目は生気がないように思える。

 人ではないけどこういうのもアリなんだ。

 でも、どうしてこんなところに住んでいるんだろ。


「えと……製造から4年で、絵師をやってます……。あ、絵師って言っても……CGをネットに上げる程度です……」


 にーちゃんさんはそれだけ言うと、俯いてしまって何も言わなくなった。

 絵師ってよく知らないけど、有名なのかな?

 なんか、パソコンに直でケーブル繋げてCG描いていそう。


「最後はー……唯ちゃん!」


 なんだか個性的な自己紹介ばかりで緊張してきた。

 私も一発芸的なことをした方がいいのかな?

 とりあえず、立ち上がって周りを見渡す。3人の視線が集まっている――って、これいつもと同じ状況だよね。

 少し息を吸って声を出す。


「私は――」

「このお方こそ、史上最強の鬼であらせられる桜河おうが ゆい様である!」


 自己紹介が横から掻っ攫われた。


「私たちと同じ琴対馬高校の新入生。好きなものは、ぬいぐるみ集めで、寝るときはいつも抱いているわ! 嫌いなものは虫全般。特にムカデはダメね。これからこのジンガイ荘の主になるお人よ!」


 また格代さんと助本さんが勝手なことを言いだした――


「って、なんでぬいぐるみのこと知ってるの!?」


 恥ずかしい。両親にだって悟られないようにしてたのに!


「ふふふ、天狗の備忘帖びぼうちょうを侮ってはいけませんよ」


 格代さんがメモのようなものをひらひらとさせる。

 あれには何が書かれているか全くわからない。私の秘密が書かれていたら……。

 私は必死になってそのメモ帳を奪おうとするけど、身長が全く足りずにぴょんぴょん跳ねるだけだった。


「あらあらー。これから楽しくなりそうねー」


 雪絵さんがころころと笑っている。


「私は! 全然! 楽しくなーい!」


 私の叫び声だけがこだました。

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