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第48話 みんな集まれ 鬼の子だよ

◆鬼の閉ざした心


 私の最も古い記憶にはお父さんとお母さんが出てこない。

 身の回りの世話をしてくれていたのは、私の知らない人。無表情で何を考えているかわからない。事務的に私に食事を食べさせてくれたり、着替えをしてもられったり、お風呂に入れてもらったりした。その知らない人はいつも同じではない。1日か、2日かで変わっていく。

 そんな人たちは私は愛情を与えてくれることもなかったし、愛情を感じることはなかった。それが普通、そういうものだと思っていた。


 幼稚園に行くようになって、お父さんとお母さんは一緒にいるものだと知った。他の人はお母さんが送り迎えしてもらっていたし、様々な場面でお父さんがやってくることがあった。私はといえば、よく知らない人に送り迎えされ、お父さんとお母さんがやってくることはなかった。


 ある日、私に声をかけてくれる子がいた。私と一緒に遊びたかったらしい。私は嬉しくて、一緒に遊びたいと返事をした。だけど、その子の母親は我が子を抱きかかえて、頭を下げてきた。「申し訳ございません。ご迷惑をおかけしました」そういって私から遠ざかっていった。その母親は「あの子と一緒に遊んではいけません」と子供に言い聞かせていた。なぜ、そんな風に言われるのかわからなかった。それでわかったことは、他の子は私とは遊んではいけないということだった。


 小学校に上がって、どうして私は特別扱いされていたかを知った。

 『地域指定管理組合』という私が住んでいる町を管理している組織がある。最も強いとされる鬼がその頂点にいて、それが私のお父さんだった。人間、妖怪、その他の存在はお父さんが支配しており、誰もが尊敬し畏怖をしていた。この町では鬼とは敬意を払う存在で、絶対的な地位にあった。私に何かあって機嫌を損ねようものなら、何をされるか分からないと思われていた。だから、私は常に特別扱いされていた。


 体育の時間。私は授業に参加させてもらえなかった。「桜河さんは何もしなくていいんだよ。怪我をしたら大変だからね」と、私は常に見学扱いだった。二人組を作って柔軟体操をする時があった。1人余っていた時、私が呼ばれるのではないかと期待したこともあった。だけど、先生が相手になったので、私にその役をもらえなかった。


 テストで悪い点を取った。私より点数がいい子でも、先生はもっと頑張りましょうと注意していた。私も当然、そう注意されるのだとばかり思っていた。だけど「桜河さんは頑張ったわね。点数なんて気にしなくてもいからね」そう言われた。先生は私がどんな点数を取ってもそう言うばかりだった。


 同じクラスに転校生がやってきたことがあった。その子はこの町、この学校のことを知らなかった。だから、私に声をかけてくれた。初めてのことで戸惑ったが、それが嬉しくて、いっぱいお喋りした。凄く嬉しくて、翌日学校に行くのがとても楽しみだった。こちらから転校生に声をかけた。「昨日はごめんなさい。変なこといっぱい言っちゃって。気を悪くしないでね」転校生もまた、私を特別扱いして、二度と声をかけてくることはなかった。


 中学校になって、他の小学校と合流した。私を知らない人がいるのではないかと少し期待した。もちろん、誰もが私を知っており、誰も話しかけてこなかった。

 学校では「桜河さんは気にしなくてもいいから」「桜河さんはそんなことしなくてもいいの」と言われ、家では毎日知らない人が家事全般をして世話をしてくれていた。もう、何もかも諦めていた。自分のアイデンティティは完全に失われていた。何も感じない、何も期待しない、何も思わない。生きているだけの人形だった。


 ある時点から、お母さんが食事を作ったり、洗濯したりするようになった。なぜ、そんなことをし始めたのかわからない。今更お母さんが世話をしてくれたからといって、今までの人たちと何も変わらない。むしろ、料理が不味くなって、洗濯ものがしわくちゃになって、私を取り巻く環境は悪くなった。

 私にはその人がお母さんだと認識できなくなっていた。


「ねぇ、唯ちゃん。学校は楽しい?」


 お母さんが唐突にそんなことを聞いてきた。私は首を振った。


「……友達とか、いる?」


 私は首を振った。

 お母さんはそれだけ言って口を閉ざしてしまった。その時のお母さんの顔は、転校生が私を拒絶したときを同じだった。


 数日後、お母さんはしょうこりもなく、私に声をかけてきた。


「唯ちゃん、友達、欲しくない?」


 いつものように首を振ろうと思ったけど、身体が動かなかった。ずっとひとりでいいと思っていたのに、心の中では欲していたに違いない。


「この町って、息苦しいわよね。どこに行っても、特別な目で見られちゃう。今まで気付かなかったけど、唯ちゃんはこんな中にいたのね。仕事を辞めるまで知らなかったわ」


 私は無言でお母さんの言葉を聞いていた。


「この町から出てみたいと思わない? 誰も自分のことを知らない場所。誰もお父さんの名前を知らない場所。唯ちゃんが唯ちゃんとして生きていける場所」


 私にとって、この町が全てで、そんな場所は存在しないと思っていた。私は既に諦めていた。


「これ見て」


 お母さんは薄っぺらい冊子を差し出してきた。それを受け取り中を見る。ただの学校紹介だった。今更、そんなものに興味はない。流し読みしただけで読むのを止めた。


「ここの町、地域指定管理組合がないの。人も妖怪も自由に暮らしているわ。そこに行けばきっと、唯ちゃんも友達ができる筈よ」


 そんな場所に行っても、鬼である私が普通に生活できるわけがない。鬼というだけで、特別扱いされる。


「その学校の近くにね、『ジンガイ荘』って寮があるの。私の友人が管理するところでね。私たち妖怪や人間ではない存在だけが住んでいるわ。ここなら、唯ちゃんもきっと楽しく暮らせるわ」


 お母さんはもうひとつの冊子――というより、写真を手渡してきた。

 木造のぼろぼろの門の前で、住人が笑っている姿が写ったものだ。自分もそうやって笑えるのか。ふと、そう思ってしまった。


「この町を離れなさい。勉強して試験に合格しなさい。そして、友達を作りなさい。それはきっと、唯ちゃんにとってかけがえのないものになるわ」


 そんなことはない。そう諦めていたと思っていたけど、案外そうでもなかったみたい。知らず知らずに口角が上がっていた。

 もしかしたら、もしかするかもしれない。少しだけ、ほんの少しだけ、期待してしまった。何度となく裏切られてきたというのに、その時、確かに期待していた。


 私は『ジンガイ荘』へ行くことを決めた。

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