第45話 みんな集まれ 九尾の狐だよ
◆妖狐の今
九尾の狐。
あまりにも有名な妖怪であり、知らない人間を捜す方が難しいかもしれない。
私はその九尾の狐。過去、やんちゃをし過ぎて、人間に討伐され、自身を岩に変えて復活を試みたが……その岩も壊され、破片は日本中に飛び散った。破片となった私は貧弱な妖怪より弱く、ほぼ何もすることができなかった。しかし、時間をかけてゆっくりと破片を引き寄せ、かろうじて妖怪としての姿を得た。
妖狐に戻れたとはいえ、以前の面影は微塵もなく、妖力もその辺の妖狐と変わらなかった。しかし、それは意外な形で幸いした。
妖怪の山と呼ばれる場所では妖怪がコミュニティを作り、そこで平和に生活をしていた。たいして妖力がないために、他の町から逃げ出した妖狐と名乗り安全な暮らしを得ることができた。
暮らしが確保されており、安心に暮らせるようになったが、生活に刺激がなかった。元々、大人しい性格ではなかったので、山から出たいと思っていた。
そんな中、遠く離れた町に妖怪を受け入れてくれる寮があることを知った。私は一も二もなく下宿したいことを申し出た。今まで大人しくしてたことが功を奏し、出向を許可された。
同時期にジンガイ荘へ下宿することになったのは、くそ生意気な天狗だった。はっきり言って、その天狗は気に入らなかった。尻の青いクソガキが、まるで自分が格上と言わんばかりにちょっかいを出してきた。実際、岩の欠片になっている時間が長すぎて、その天狗より劣ってしまっていた。
何かと衝突することがあったが、とある出来事からそれなりに付き合えるようになっていった。
「彼女、笑ったことがないのよねー」
ジンガイ荘の管理人である雪絵さんが、そんなことを言った。
今度受け入れる予定の鬼の子の話だった。この話を聞いて、私は何も思わなかった。
鬼と言えば、酒呑童子、茨木童子が有名で私に並ぶほどの三大妖怪と言われているが、彼女がそこまで強いはずがない。自分がいるのだから鬼くらいいて当然だ。そんな程度だった。
やたら鬼の入居を反対する天狗の考えることはよくわからなかったが、自分より格上の存在が来るのが嫌だったのかもしれない。私は雪絵さんから、鬼の少女の写真を借りた。それを、天狗に見せつけると、相手の態度が変わった。何か思う所があったらしいが、私はその理由を知らない。
ジンガイ荘の門で初めて鬼の少女と出会った。写真とは別物で驚いた。明るい笑顔をする鬼の少女を見たら、放っておけない見守ってあげたいと、感じてしまった。最初は干渉するつもりはなかったが、出会ってからは逆にちょっかいを出したくなった。しかたないから、私が面倒を見てあげるわ。
雑木林を全力で駆けていると、泥で汚れたの鎌田さんとすれ違った。彼女はこのままでも逃げ切れると判断し、巨大な氷山を作り出している雪絵さんへと、足を進める。
「邪魔をするなッ!」
遠くからでも見える。氷山を拳ひとつで粉砕する鬼の少女。彼女と相対しているのは、妖力の使い過ぎで呼吸を荒くして、目の下に隈を作った、疲弊した様子の雪絵さんだった。もう限界なのか、雪絵さんは片膝をついていた。そこに、躊躇にない拳が叩き込まれようとした。
間に合え!
私は手を伸ばして、雪絵さんを守ろうとした。が、手は届かず、雪絵さんは殴られ後方へと吹き飛んでいった。土を滑り、木を倒し、何度も転がり、そのうち勢いをなくした。もう、雪絵さんは動かなくなっていた。
「唯様。少しやり過ぎよ。そんな子には、ちょっとお灸を据えないとね」
狐の耳、九本の尻尾を、最初から出して全力で唯様に向かう。
「そっか……陽子さんの姿まで似せるんだ……」
唯様に何があったのか、わからない。姿を消してから今まで悪霊に苛まれていたのね。友人の手を振り払ったことで、疑心暗鬼に囚われたに違いない。
純粋な鬼である唯様と今の私では純粋な力比べなら唯様には敵わないわね。なら、からめ手で行くしかない。
昔苦しめられた人間の業を借りるとしましょう。
「燃やせ、狐火よ!」
全力の狐火も唯様には効果がない。こちらの攻撃をものともしない唯様が腕を振るってくる。動きが鈍い私では唯様の攻撃は避けらない。瞬時に作り出した結界の札を前方に投げつけ、攻撃を防ぐ。
「土よ穿て!」
地面から土を槍のように発射させて唯様の体にぶつける。効果はないようだが、今はこれでいいわ。
「雷よ落ちろ!」
土もろとも落雷でその身体を焼く。やはり、効果は薄いみたい。今までの攻撃をものともせず、握りこぶしを作り、空を殴ってきた。以前、くらったことがある。衝撃波だ。次は札を3枚投げつける。だが、突破されて肩にかする。それだけで、突風に吹かれた草のように、左腕が激しく後方へ弾かれた。
「閉じこめろ、水!」
動かなくなった左腕を無視して次の術へと入る。雲から強引に作り出した水を唯様の周囲に展開。そのまま覆うようにして動きを封じる。意外と効いているようで、動きが鈍った。
「生まれろ、木!」
水から生まれた木が唯様を完全に絡めとった。全ての相生を一巡させることで、属性を強めて自らの力以上の効果を生み出す。これが、私の陰陽五行よ。
「これが、私の本気よ! そろそろ、正気に戻ってくれたかしら?」
木の中心にいる唯様から天を衝く火柱が昇る。弱くなったとはいえ、九尾の狐。全力を尽くせば動きを止められるはずだけど。
太く長い火柱が、勢いを失っていく。たとえ唯様でも無事なはずが――
弱くなる火柱の中心から、弾丸のような何かがこちらに突っ込んでくる。熱で体中が赤く焼けたまま、見たもの全てを戦慄させる形相。それはまさしく赤鬼だった。
まだ動く右手を前方に伸ばし、それを受け止めようとした。
鬼の力を片手で受け止めるなんて無理な話だった。右腕は弾かれ、拳は顔面に突き刺さり、一瞬の浮遊感から首の骨がおかしくなる音と後方へ吹き飛ばされる感触。何度も後頭部に衝撃を受けながら、何本目かの木にはり付けにされた。
これはマズいわね。並みの妖狐なら即死だった。私をもってしても瀕死に陥り、痛みで気絶しないのが不思議なくらいだわ。
尻尾から流れる妖力が身体を巡り始める。全身に力を入れると、妖力が爆発的に膨れ上げる。その妖力が無理やり損傷を直す。強引な突貫作業なので、動くだけで痛みは引かない。
「唯様! まだやるのかしら!? これ以上は、私でもヤバいのだけれど?」
「うるさい! 私はもう騙されないッ!」
唯様の言葉が胸に刺さる。彼女に何が起こったのかわからないけど、自分が今までしでかしたことで心が弱り切っている。それを、私は癒してあげられるのかしら。
唯様はこちらに止めをさそうと、こちらに襲いかかる。片手では無理だったが、両手なら押さえつけられる。迫りくる鬼の手を掴む。唯様と両の手のひらを合わせるように組み合う。妖力を根こそぎ使えば、鬼にも対抗できる。
九尾の狐も絶頂期ならば、相手にもならない程度の力だ。しかし、私は枯れ果てている。貯蔵妖力の全てを動員しても互角という体たらく。
「唯様、もう……前のように笑ってくれないのかしら?」
私の問いは唯様に届かない。こちらを睨むの瞳は私を見ていなくて、背後にある何かしか写っていない。
力の均衡は、徐々に唯様へと傾いていく。このままでは押し潰されてしまう。両手がふさがっているなら、尻尾を……と思ったけど、もう妖力が残っていない。ならば、と私は頭を大きく振りかぶる――と、そのまま唯様の頭に打ちつける。
「唯さぁまぁッ! 正気にッ! もどってッ!」
それがよくなかったわ。鬼の頭に妖狐の頭が勝てる道理がなかった。衝撃が脳をゆらし、意識が飛びそうになる。さらに力を失って握りこまれる指が耐えきれなくなり、骨が砕けていく。あまりの圧力に膝をつき、耐えることができなくなる。
無防備になってしまった腹に、唯様のつま先が突き刺さる。空へ向かって飛び上がるが、腕をつかまれているため、飛翔はせず、地面に叩きつけられた。
消えそうになる意識をつなぎとめるのは、唯様を助けることだけ。妖力がなくなったから、その意識まで遠のいていく。もう、人間の姿を保ってはいられない。
「カァァァァァッ!」
私は大きな咆哮と共に巨大な狐の姿になっていた。雑木林を超えるサイズまで膨張している。
自分では妖力が尽きたと思っていたが、それは人間の姿でということだったみたいね。全身から妖力が放たれ、火を吐き、雷を呼び、地震が起こり、突き刺さるような雨が降り注ぐと、槍のような植物が突き出してくる。自分でも制御できない力が辺りを侵略していく。
「やはりか! この偽物め! お前が陽子さんで、あるものかぁッ!」
攻撃を防いでいた唯様がおもむろに両手を上げると。その身長がどんどん大きくなっていく。みるみるうちに、私と同じ大きさになり、私の首根っこを絞めてくる。
抵抗しようとさらに妖力を使うが、巨大な唯様にとってはそよ風のようなものだった。このまま首を絞められたら、さすがにもう耐えきれない――
「ひと様に迷惑かけるんじゃあないよ!」
霞む視界にひとりの女性が入ってくる。彼女は人のサイズでありながら、唯様を殴りつけていた。
その人物はちょっと買いものに行ってる程度の服装をしたおばさんだった。どこかで見た覚えのある人物。
彼女の拳に殴られた唯様は大きくバランスを崩し、絞められていた首が解放される。
「唯……さま……」
私ではそこが限界だった。妖力もなくなり、私の姿はただの狐に戻ってしまった。巨大な唯様を見ながら、地面へと落下する。その途中、意識は完全に途絶えてしまう。




