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第43話 みんな集まれ 天狗だよ

◆天狗の変化


 黒い羽根を羽ばたかせ、空から唯様を捜している。

 唯様は蛇上の手を振り払った後、跳びあがり行方が分からなくなってしまった。妖力で捜そうとも、この町を覆う妖力は唯様のもので、本人を特定することができないでいる。

 丸一日捜していたが、ジンガイ荘から遠く離れたのか、近くにいるのか判別ができず、私が空から捜索するという運びになった。


 こんな最悪の形で唯様を捜すことになるとは思わなかった。実は唯様と出会う前から、鬼の力は危険視されていた。市も町も学校も鬼を受け入れることを拒否していた。

 鬼の力は絶大。人と妖怪とのバランスを崩す。鬼は鬼のテリトリーにいるべきと、誰もが鬼の受け入れを拒否していた。そんな中、雪絵さんは、彼女の受け入れを支持した。母親と友人関係だったこともあるが、ひとりの人間として、彼女を受け入れたいと申し出ていた。

 ジンガイ荘に下宿していた私は鬼の受け入れには反対だった。鬼なんて狂暴なものを、なぜ引き入れなくてはならないのか、理解できなっかった。『天狗の備忘帖』で私は鬼と人とは相いれないとわかっていた。失敗することは、火を見るよりも明らかだというのに、それを受け入れる理由がわからなかった。


「彼女、笑ったことがないのよねー」


 雪絵さんに尋ねると、そんな軽い答えが返ってきた。

 世の中は広い。高笑いが止まらない人間から、すでに死を覚悟した人間まで様々だ。彼女もその中のひとりで、わざわざ取り上げるのがわからない。

 当時、犬猿より仲が悪かった陽子から、彼女の写真を見せられた。

 中学生くらいの少女が写っていた。一目でわかった。彼女の心は死んでいると。そこにいるだけで生きていない。だけど、そこまでだった。そんな人間、珍しくない。全く珍しいものではなかったが、その写真から目を離せなかった。写っている少女が実に自分好み――ではなく、なぜか放っておけない気がした。


 彼女みたいな人間が世界には何千といることだろう。だけど、それを理由に拒否する理由はない。数千人の中のひとりくらいなら、受け入れてもいいのではないかと、そう思った。でも、結局、私は最後まで乗り気になれなかった。

 彼女が来るから迎えに行こうと、陽子に言われた。それを全力で拒否したが、ズルズルとなし崩し的に付き合う羽目になってしまった。

 彼女と出会った時の印象は、全くの別人だった。

 希望に満ちた目。これから出会う素晴らしい日々を何の疑いもなく期待していた。このジンガイ荘に来るというだけのことで、死んでいた心が蘇っていた。

 これにはさすがにまいりました。希望がここまで人を変えるのだと。人は希望でここまで変わるのだと。そう思った時には、もう唯様にぞっこんでした。この人をなめ回すように写真に収めたい――ではなく、一緒に暮らしてみたいと思えたのです。


「唯様……何をしていらっしゃるんですか……」


 つい奥歯を噛みしめてしまった。今まで積み重ねてきた楽しい日々を手放してしまうのですか。唯様がジンガイ荘に来てから、楽しくない日はありませんでした。あんなに死んだような目をしていたくせに、私たちを巻き込んで仲良くさせてきたじゃないですか。私はそれが何よりも悔しいのです。


「唯様のバカーー! 何やってんですかーー!!」


 つい、そう叫ぶ。すると、背後にある雑木林からカラスたちが一斉に飛び立っていくのが見えました。唯様が話してくれた『つちのこ』探しをした雑木林です。そこから、おぞましいほどの妖力が発せられています。

 すぐそこに唯様の姿がありました。


「唯様! 聞こえてますか? あなたの麗しの天狗、蓮子です」


 唯様がこちらを睨むと、尋常でないことが一発でわかりました。目は見開き、血走っています。出会う前の死んだ目でも、ジンガイ荘にやってきた希望に満ちた目でもなく、殺意に満ちた目。

 身の危険を感じましたが、接触すれば何かが変わるのではないかと、希望的な思考をしてしまいした。

 唯様に触れようと手を伸ばすと、こちらを睨みつけてきます。


「そうかッ! 蓮子さんの姿を真似てきたのか! 悪霊ッ!!」


 唯様の拳が私に向けられて、振るわれます。回避――はできましたが、拳の余波が空間を歪め、私の黒い翼を巻き込んできました。激痛と翼を失ったことで、地面に墜落してしまいます。

 右手でひしゃげた翼をかばいつつ、距離をとろうと後方に飛び退きます。ですが、唯様の拳は速く強いため、地面を抉ると礫をまき散らしてきました。礫をもろに喰らった私は弾き飛ばされ地面を転がってしまします。痛みで身体が動かない私を仕留めるのか、唯様は地面を蹴ってこちらへ突進してきました。

 もうダメだと、目を逸らしますが、攻撃はいつまでたっても私に届きませんでした。恐る恐る視線を戻すと、巨大な氷山が私を守ってくれたのです。


「ふぅ……間に合ったな」


 氷山を作った本人が私に視線を向けてきます。


「ゆ、雪絵さん!?」


 その正体は雪絵さんでした。雪絵さんはいつものような笑顔ではなく、口調も聞いたことがないような鋭く冷たいものでした。


「唯ちゃん。ちょっとお痛が過ぎたわねー。正気に戻りなさいよー」


 雪絵さんはいつもの表情に戻り、唯様に語りかけます。


「今度は雪絵さんなの?……つくづく小賢しい」


 唯様が氷山に触れて力を込めただけで、氷山はあっけなく崩れ去ったのです。それを理解していたのでしょうか、雪絵さんは体型に似合わぬ素早い動きで飛び上がると、無数の氷柱を唯様に向けて打ち出しまた。しかし、そのことごとくは、唯様の撫でるように動かした手に因って阻まれてしまいます。


「蓮子ちゃん……ジンガイ荘へ急いで。陽子ちゃんを連れてきなさい」


 呆然としていた私に指示が出されたことで、正気に戻りました。ジンガイ荘に戻って救援を求めるのは理解できたのですが、陽子を名指しで呼び出す理由がわかりません。


「いい? 陽子ちゃんだけでいいわ」


 雪絵さんは唯様を凍らせながら行動を封じているようですが、圧倒的に押されています。このままでは、いずれ雪絵さんが返り討ちになってしまいます。


「分かりました! すぐに戻ってきます故!」


 今はここから離れてジンガイ荘に向かうのが先決。私は唯様に背を向けて駆け出しました。翼は使えなくとも、足にもちょっとした自身があります。一気に走り抜け、ジンガイ荘へ一直線――右足に激痛が走り、勢いがついていた身体は前のめりに地面に倒れ、数メートル転がりました。

 後方を見ると、唯様が何かを投げ終えた姿勢。激痛が続く右足には氷柱が刺さっていました。この状態では動くことは絶望的です。

 ですが、ここで負けてはいられません。ひしゃげた羽根を強引に動かし、痛む右足に力を入れます。私は四つん這いになって走りはじめました。どんなに恰好悪くても、無様でも、ジンガイ荘に戻らなくてはなりません。幸い、ジンガイ荘までの距離は大したことありませんので、力尽きる前に到着することができるでしょう。

 背後に唯様と雪絵さんが戦っている音を聞きながら、私は全力で走りはじめました。あの能天気の陽子を呼ぶために。彼女に何があるのか知りませんが、きっとなんとかしてくれると、直感でわかります。

 後は陽子に任せましょう。

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