第39話 みんな集まれ 家出だよ
今日はみんなの都合がつかずに、ジンガイ荘で無為な時間を過ごしてしまった。宿題もやる気がおきず、ぬいぐるみを抱いて布団にくるまっていた。このぬいぐるみは最近のお気に入りで、機械の怪獣のものだ。最近、人気ロボットと戦ったことで有名になったらしいけど、私はよく知らない。
ぼんやりしていると、枕元に置いてあったスマホが唸りをあげて鳴りはじめた。驚きながらスマホの画面を確認すると、『江藤 真』と表示されていた。
何事かと通話ボタンを押す。
「あ、唯ちゃん? ちょっとお願いがあるんだけど……」
真ちゃんの声が聞こえてくる。こちらを気にかけずにいきなり本題を話してくるなんて、真ちゃんにしては珍しい。いきなり用件を言ってくる明ちゃんみたいだ。
「どうしたの? 私でできることなら、何でも言って」
「本当? 今日、一晩泊めて欲しいんだけど……いいかな?」
もうすぐ夕飯の時間なので、飛び込みで真ちゃんが来て食事の数は足りるだろうか。そんなことを考えたが、あまり重要なことではないことに気付いて、すぐに返事を返す。
「うん。大丈夫だと思う」
ごろごろしてたから、髪は乱れているし、服も部屋着でだらしない。布団を片付けて、ぬいぐるみも隠して、それから――。
「ありがとう! 今、唯ちゃんが住んでるところの前にいるの」
いきなりの近距離に慌ててしまう。いくら何でも近すぎる。早く準備しないと。
「少し待ってて!」
そう言うと、一方的に通話を切る。急いで布団を片付けて、ぬいぐるみを――。
【そんなことより、早く迎えに行く方がいいのではないか?】
脳に直接声が聞こえてくる。準備は必要なのだ。私も乙女、まずは準備が必要なのよ。聞こえていた声が黙った。
そして、10分後、ジンガイ荘の前にいた真ちゃんと合流する。何とか必要最低限の身だしなみは整えられた。
真ちゃんは普段着に大きめのショルダーバッグを肩にかけていた。一応は準備をしてから、家を抜け出したようだった。私は真ちゃんをジンガイ荘に招き入れる。
「へー……ここが噂のジンガイ荘なんだ」
「そう言えば、真ちゃんはジンガイ荘、はじめてだったよね」
「うん。色々噂は聞いたよ。高速で何かが飛行していたとか、何もないのに火があがっていたり、突然凍りついたり、昼間から酔っ払いがいたり、建物がロボットになったり、引きこもりがいたり……」
ジンガイ荘の噂、心当たりがあるけど、内容が酷い。だいたいが醜聞だった。
玄関にあがってもらい、自分の部屋へ招き入れようとした。しかし、ふと思う、勝手に部屋へ上げていいものか、許可を取るべきではないか。今日は雪絵さんもいることだし、話をしておいた方がよさそうだ。
「真ちゃん、まずは居間に行こう。みんなに真ちゃんを紹介しなきゃ」
真ちゃんの手を握ると、居間まで引っ張っていった。
居間にはジンガイ荘のメンバーがテーブルを囲んで勢ぞろいしていた。
「ぬ! 貴様はキック娘!」
「何しに来たの? 私たちの唯様を誑かしにきたのッ!?」
まず、その減らず口を叩けないように、2人の顔を掴んで封じた。じたばたと苦しんでいるようだが、このままでは話が進まない。
「あ、病院で会った子ですよね。私のことを覚えていませんか?」
最近は酔っぱらう機会が減った鎌田さんがこちらに反応を示した。いつものリクルートスーツを着ている。今日も面接に行ってきたのだろうか。
「あ、ゲロの人ですよね」
「その呼び方止めてください。結構気にしてるんですよ」
よよよよと、泣き崩れるようにしている鎌田さんを注視する。何かいつもと違う。もし、面接を受けていたら、大酒を飲んで酔っぱらっているはずで、素面であるはずがない。きっと、今日も喫茶店で珈琲しか注文せず時間を過ごしていたのだろう。本来なら説教案件だが、今日は真ちゃんが来たので、止めておこうと思う。
「私は鎌田 双葉と言います。これからよろしくお願いします」
「あ、江藤 真です。意外と真面目な方なんですね」
酒さえ入っていなければ、鎌田さんはそれなりに気さくでいい人なのだ。真ちゃんともうまく付き合えることだろう。
「あ、アンドロイドの人だよね」
「うん……そうだけど……」
ぼーっとしていたところに、声をかけられてにーちゃんが少し動揺している。彼女にしては珍しい。きっと距離が近いのだろう。真ちゃんが一気ににーちゃんとの距離を詰めたことが原因なのだろう。
「私は……MF-2……みんなからは『にーちゃん』って呼ばれてる」
「私は、真。江藤 真。よろしくね、にーちゃんさん」
はじめはそう思うよねと、真ちゃんの反応を見る。私もさいしょは『ちゃんさん』呼びしていたなと少し懐かしくなる。あれから、5か月くらいしか経っていないのかと、ここに来てからのことを少し思い返してしまった。
「ねえ、唯ちゃん、あの綺麗な人、だれ?」
真ちゃんが雪絵さんを指しながら、耳打ちしてくる。真ちゃんとジンガイ荘のメンバーは以前、病院で顔を合わせている。だけど、雪絵さんだけが、その場にいなかった。
「真ちゃんって言うのねー。はじめまして、ジンガイ荘の管理人をしている雪絵よー」
雪絵さんが察して先んじて自己紹介をしてくれた。流石は雪絵さん、できる女性だ。
「は、初めまして、私は江藤 真です。唯ちゃんとは同じクラスで、いつもお世話になってます」
ぺこりと真ちゃんが頭を下げた。珍しく礼儀正しい姿を見せてくれた。
「雪絵さん、真ちゃんを泊めてあげたいんだけど、いいかな?」
「いいわよー。真ちゃんも一緒に夕飯食べるでしょー? すぐに準備するわー」
ほどなくして、テーブルの上に大きな木製のたらいが置かれた。その中ではそうめんが水の中を揺れていた。
「おいしい! 唯ちゃんはいつもこんな美味しいそうめんを食べているの?」
「うん。今日で4日連続でそうめんだけど、美味しいよ」
真ちゃんと一緒にそうめんをすする。
「……で、なんで、キック娘がここにいるんですかね」
蓮子さんが棘のある言葉で、真ちゃんに聞いてくる。私も真ちゃんがジンガイ荘に来たのか、よく知らない。
「ちょっと、親と喧嘩して……」
「そうだったんだ。その理由を聞いてもいいかな?」
「ちょっとした嗜好性の違いというか……お父さんが、スパッツ穿けって、私はパンツの上にそういうの穿くのは嫌いなのに……」
「そ、それで、喧嘩してきたわけなの……どうでもいいわね」
今回は陽子さんと同じ意見だった。よく足技使うんだし、スパッツを穿くことは悪いことじゃないと思う。むしろ、娘のパンツを他人に見せないための親心な気がする。本当に娘のことを思うなら、足技以外の技を教えてあげたほうがいいと思う。
「ふふふ、真ちゃんって、いい子ねー」
雪絵さんも真ちゃんのことが気に入ったようだ。
こんな風に夕飯を終えて、一緒にお風呂に入って、私の部屋にやってきた。寝巻に着替えて、まだ濡れている髪をバスタオルで拭いている。ジンガイ荘は古いため、ドライヤーは設置されていない。私は自然乾燥派なので、ドライヤーを所持していない。
髪を拭き終えた真ちゃんが笑いながら、声をかけてきた。
「ねえ、唯ちゃん」
「どうしたの、真ちゃん」
「ジンガイ荘に来たのは初めてだけど、いい人ばかりね。先輩コンビはどうかと思うけど」
「うん。みんないい人だよ。私の大切な人たち。蓮子さんと陽子さんも悪い人じゃないし」
私と真ちゃんは顔を突き合わせて笑い合う。2人でこうして笑い合うのは、はじめての経験かもしれない。
「また、ジンガイ荘に来てもいい?」
「いいと思う。今度は親子喧嘩なんて理由じゃなくてさ、遊びに来てよ。みんな喜ぶと思う」
嘘偽りない、心の底からそう思う。
ジンガイ荘の仲間も、薫ちゃん、明ちゃんも、私の大切な人たち。当然、真ちゃんも。その後は他愛もない話をして、ずっと過ごした。
これまでも、これからも、みんなと一緒に過ごせていける。そう、私は信じている。




