第38話 みんな集まれ 問答だよ
子供のはしゃぐ声が聞こえると、子供を注意する親の大きな声が聞こえてくる。他にもざわめきが耳に届く。夏の最中というのに、ここは冷房がよくきいてとても快適に過ごせる。目の前に置かれたグラスは結露し、水滴が一筋流れた。
窓の外は暗く、もうすぐ夕飯の時間だろうか。そんなどうでもいいことを考えて、目の前の現実から逃げていた。
「どうした? 私のおごりだ。好きなものを頼むといい」
家族が集まるファミリーレストラン、そこで長い髪を後ろでまとめた和装の女性と顔を向かい合っていた。彼女は自らを調停者と名乗り、この町の人間と妖怪のパワーバランスと保っているという。
何故、そんな女性と一緒にファミレスにいるかというと、真ちゃんたちと一日中遊び倒し終えて、家に帰る途中のことだった。
「あなたと一対一で話したいことがある。ちょうどここにファミレスがあるのだが、ここで話したい」
そんな話にのる必要なんてない。だいたい、『ちょうどそこに』と言っているが、待ち伏せされたのだから、近くにファミレスがあるのは当然だ。無視してジンガイ荘に帰るべきだろう。雪絵さんの作る冷やし中華が待っているのだから。
「タダとは言わん。好きなものをおごってやろう」
そんなやり取りがあって、今こうしてファミレスにいる。調停者の巧みな罠にはまってしまったというわけだ。本当に卑怯な奴だ。私は仕方なく、店員を呼ぶボタンを押す。ほどなくして、店員が注文を聞くためにテーブルへとやってきた。
「このジャンボストロベリーパフェをお願い」
「私は結構」
店員は注文を受けると、テーブルから去っていった。
ファミレスに来て、注文をしない図太い人間は本当にいるのだと感心してしまう。私なら申し訳なく思い、最も安いデザートぐらいは頼むというのに。
「パフェだけで良かったのか? 私はてっきりこの店で最も高いサーロインステーキを頼むとばかり思っていた」
この調停者とかいう人、自分が嫌われていることを承知で、私をファミレスに誘い込んだのだ。自分への評価などまるで気にしていないようだ。どこかのエリートサラリーマン気取りかと、感心してしまう。
「お盆に悪霊が大量に流入してからも、依然として悪霊が増え続けている。私の目算が誤っていたこともあるが、これはあまりにも異常だ」
「それは、私の強い妖力が引き寄せているというんですよね」
彼女はうなずいて肯定してきた。前から聞いていたことだ。そういうのは覚悟している。
「もう一度問う。ここから去り、実家へ戻るつもりはないか?」
「ここに残るって言った」
もう決めたことだ。一緒にいてくれるみんなが、私がここにいてもいいと言ってくれた。だから、私もみんなに応えるべきだ。ここで調停者の言いなりになってしまうべきではない。
私はじっと調停者を睨みつける。彼女はそれを意に介さない様子で、涼しい顔をしてグラスの水を一口飲んだ。
「お待たせしました。ジャンボストロベリーパフェになります」
店員が空気を読んで注文の品をテーブルに置いてくれた。高さ30cmはあるだろうか、この季節には不釣り合いなほどの苺がふんだんに使われている。生クリームにストロベリージャムで色も鮮やかだ。ガラスの器もチョコなどが何層にもなっているのが見えて、食べ応えがありそうだ。
私はスプーンを手に取り、パフェを一口食べる。甘くて美味しくて、先ほどの嫌な気分が吹き飛んでいく気分だ。何度もスプーンでパフェを口に運ぶ。
「量だけではない。悪霊はどんどん力をつけている。おそらく、あなたの妖力を餌にして成長しているのだろう」
「それが、何だって言うんですか? 私もジンガイ荘のみんなも、悪霊を見つけたら駆除するようにしてます。何か問題でも?」
「そうか。それで、全てが解決するとでも思っているのか? いつまでもそんなことを続けられるとでも?」
「きっとなんとかします。私たちはすべて駆除します」
気分が悪くて、つい、パフェを食べ過ぎてしまった。気がつくと、山盛りのパフェが無くなっていた。
私は再び店員を呼ぶボタンを押した。すぐに店員がやってきた。
「サーロインステーキをDセットで」
注文を受けた店員がテーブルから離れていく。
「その駆除の方法で、悪霊は少なくなっていると思うか?」
痛いところを突かれる。目をそらしていたとはいえ、この質問が来るのだろうと思っていた。あのお盆の後、私たちは夜に見回りをして、悪霊を駆除している。その対処とは、目についたものを駆除するだけで、何か対策を打って大掛かりに行うわけではない。
「今はまだいい。このまま数が増えて行けば、手に余るようになる」
「そうしないための、調停者じゃないんですか?」
「そのために、ここで話をしているつもりだ」
ぐうの音も出ない。
彼女からしたら私をこの地域から追い出せば、悪霊の数も減りバランスを保つことができるわけだ。今は穏便な手で説得しているけど、この状況が続けばどんな手段を取って来るかわからない。
「このままだと、あなたは大切なものを失う。それも、お前自身の手でだ」
「なにを――!!」
つい、かっとなって、椅子から立ち上がってしまう。完全にこちらを挑発している。こちらのことを何もしらないでいて、訳知り顔でそんなことを言うことが許せない。
【まて、桜河 唯。ここで暴力に訴えかけるべきではない】
脳内に聞こえた声で、少し冷静になる。さきほどの声が意外と大きかったのか、来店している客の視線がこちらに集まっていた。私は平静を装って、席に座る。
「サーロインステーキのDセットお持ちしました」
空気を読まない店員がテーブルにサーロインステーキをテーブルに置く。敷かれた鉄板はまだ熱いらしく、肉がジュージューといい音を出しており、肉の焼けるいい匂いが漂ってくる。
ナイフとフォークを手に取り、肉を切り始めた。胸の中にあるイライラをぶつけながら、何度もナイフで切った。
「自らの手で大切な者を傷つける前に、ここから去り、実家へ戻るつもりはないか?」
「くどいです。私は帰るつもりはないし、だれも傷つけない。傷つけるわけがない」
私は言い切ると、切り分けた肉を口の中に入れた。噛むとジューシーな肉汁が口の中に広がってとても幸せな気分になった。
「……そう言うと思っていた」
彼女は最初からこの結論になることを予想していたようだ。その証拠に、これまでの問答で、彼女の表情は一切変わっていない。それがやけに癇に障る。
「私から言っても、聞きとめてくれないだろうが、絆を深めた仲間を信じろ。決して、手を振りほどくような真似はするな。それさえ守ってくれれば、きっと悪い結果にはならないはずだ」
何か知っている物言いも気に入らない。真ちゃんたちに、ジンガイ荘のみんな。繋いだ手を振り払うなんて、ありえない。何があっても、それだけは言える。
「そんなことはあり得ない。余計なお世話です」
「……あなたの力は一人前だ。だが、心はまだ未熟。成長途中だということを覚えておいて欲しい」
彼女は伝票を手に取ると、テーブルを立った。話が終わった以上、もうおごることはできないという意味だろう。
テーブルにひとり残されて、ステーキを齧る。あんな、『友人を傷つける』ことを前提とした話は、うんざりする。そんなことがあるはずがない。今までもやってこれたし、これからもやっていける。そう、確信していた。
【あの人間の言ったこと、あれは本心から心配してのことだろう。気に留めておいた方がいい】
脳に直接語りかけてくる言葉に、余計なお世話と言ってやった。強くなってきた悪霊も、みんなで駆除すればきっと大丈夫、問題ないさ。
ステーキを食べる手が止まる。ちょっと食べ過ぎたようだ。全部食べられるか微妙なところだった。この後、雪絵さんの冷やし中華が待っているかと思うと、自分の胃が大丈夫かと不安になってきた。でも、食べるしかない。
その後、頑張って完食しました。煽られていたとしても、お腹の容量には要注意だと、心に刻んだ。




