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第34話 みんな集まれ 焼き肉だよ

「今日の夕飯は、冷麦よー」


 雪絵さんが居間に木製のたらいを持ってくる。覗きこまなくても、氷の山頂が見えている。雪絵さん特製の氷だ。そのたらいをテーブルの上に置く。

 たらいの中は、中心の巨大な氷、その周りをまわるように、冷麦の麺が泳いでいる。見ただけで涼しくなる光景だ。


「いただきまーす」


 私は両手を合わせてから、箸を手に取った。たらいから麺を取ろうと手を伸ばすと、隣から気の抜けた声が聞こえてくる。


「……また、冷麺」

「今日もそうめんかぁ……」


 蓮子さんと陽子さんがそんなことを呟いていた。昨日はそうめんだったけど、今日は冷麦、一昨日は冷やしうどんだったっけ。でも、冷たくておいしいから、特に気にならなかったけど、2人はそうでもないみたい。げっそりとした顔に、目に生気がない。食事が目の前にあるというのに、手を合わせようともしない。


「んー? 何か文句でもあるかなー?」


 雪絵さんの氷の笑顔が、2人に向けられる。傍から見ていても背筋が凍る気がする。だけど、2人は気にすることなく、俯いている。これは、相当きているみたい。


「肉……肉が食べたい……」

「せめてタンパク質が欲しい……」


 蓮子さんと陽子さんは呪いを呟くかのように、うわごとを言っていた。その様子に雪絵さんも、眉を八の字にして困っていた。彼女たちを横目に、たらいから冷麦をつまむと、汁につけてすすった。いつも通りにおいしい。


「まあまあ、蓮子さんも陽子さんも、今日はこれでいいじゃない。美味しいよ」


 そう言いと、2人の視線がこちらに向けられた。


「その台詞は、昨日も聞きました……」

「唯様は、お腹に入れば何でもおいしいからいいわよね……」


 恨めしい声が聞こえてくる。これは、本気で心を病んでいるような気がする。

 私は雪絵さんに視線を向ける。この状況は、私では解決できそうにない、と告げた。


「はぁ、ふたりとも、ジンガイ荘はいつでも火の車なのよー。諦めてねー」


 蓮子さんと陽子さんは少し口を開けて、そこからエクトプラズムをだしながら、箸をのばす。何かに操られるように、冷麦を口に突っ込んでいく。100人いたら99人が不味そうに思うような表情だった。




 そんなことががあった次の日。

 私と蓮子さん、陽子さんは鎌田さんに集められていた。


「今日は雪絵さんが用事でいないので、夕飯は外で食べたいと思います」


 手を腰に当てて胸を張った様子で、鎌田さんが言った。そんな鎌田さんを蓮子さんと陽子さんは冷めた目で見ていた。「どうせ、ろくなものは食べられない」そう言いたげだった。


「ふふふ、今日は、なんと! 焼き肉を食べに行きます! もちろん、私のおごりです!」


 2人の目が輝き、背筋がピンと伸びた。


「行きましょう、今すぐ行きましょう、いざ、焼き肉へ!」

「私は最初から鎌田さんを信じていたわ。私は黒毛和牛をお願い!」


 蓮子さんと陽子さんは鎌田さんを抱えあげると、胴上げをし始めた。そこまで肉に飢えているとは思わなかった。私はお腹に入れば何でもいいんだけど。


「ははは! 私に任せてください!」


 この根拠もない自信、絶対に嫌なことが起こる。


 その後、私たち4人はチェーン店の焼き肉屋にやってきた。にーちゃんは焼き肉の臭いが嫌いということでついてこなかった。肉を食べることができないし、しょうがないよね。


「さあ、どんどん食べてください」


 鎌田さんがガハガハと笑う。

 この店はセルフサービスで、好きな肉を持ってきて焼くタイプで、蓮子さんと陽子さんはすでに姿を消していた。遠くから何かをい合う声が聞こえる。


「やっぱり、焼き肉と言えば、豚トロですなぁ」

「いやいや、ホルモンは外せないわ」

「はぁ? ホルモンなんて、飲みこみ時がわからなくて、噛み続けるだけの部位でしょ」

「はぁ? 豚トロなんて、ただの脂身じゃないの。それに、豚肉だし」


 2人は皿を持ちながら、いがみ合っている。仲がいいのか、悪いのか、よくわからない。時間がもったいないから、さっさと食べ始めてよう。


「って、唯様! なんでひとりで、塩タン焼いてんですか!?」

「カルビの皿まであるじゃない! 勝手に始めないでよね!」


 いがみ合いを止めて、蓮子さんも陽子さんもこちらにやって来る。4人でテーブルを囲む。焼けた肉を箸でつまんで口に運ぶ。

 こういう店にはこないけど、かなり美味しい。これは、鎌田さんに感謝だな――って、鎌田さん、さっきから水しか飲んでない。それに、額に汗をかいているように見える。


「……お金、足りないんじゃない?」

「はッ! な、何を言ってるんですか。そんなわけないじゃないですかッ!」


 手はガタガタと震え、鉄板を見つめる目が揺れている。アルコール中毒じゃなければ、きっと図星だ。もっと探りを入れてみよう。


「雪絵さんから充分なお金をもらったんだよね? ああ見えても、雪絵さんはこういう所で、お金をケチる人じゃないし」

「な、何を言い出しているんですかッ! そ、そんなお金はもらっていませんよ!?」

「何に使ったんですか? ちょろまかしたんだよね?」

「い、いや、この店、近所じゃ安いって話を聞きましてね、それで、ちょっと……」


 やっぱりだ。この人がお酒を頼んでいなかった理由がわかった。確かにこの店は安いと思う。だけど、焼き肉屋としては、という言葉が前につく。捕らぬ狸の皮算用ってやつだ。

 これは、後日、冷蔵庫をあらためなくてはいけない。雪絵さんにもきっちりと連絡しないと。


「待って、お願いします。ちょっと、計算が狂っただけで、きっとなんとかしますので!?」

「……黙っていてもいいですけど、この場はどうするんですか?」

「どうしましょう?」


 私に聞かれても困る。こんな計算ばかりしてるから、就職ができないんじゃないかな。今更な気がするけど。


「はぁ……もしかしたら、と考えて、私もお金を持ってきました」

「嘘! 本当!?」

「……高校生のお金だから、あまりあてにしないで欲しいけど」


 鎌田さんが私の手を握ってくる。でも、その手はまだ震えている。この人、本当にアルコール中毒なんじゃないかと思えてきた。あまり甘やかさない方がいいのかもしれない。


「唯様、鎌田さん、何をしてるんです? 全然、食べてないではないですか」

「ほらほら、唯様も食べて食べて、焼き立てのホルモンよ」


 陽子さんが私の皿にホルモンを投げ込んでくる。その隣で、蓮子さんが鎌田さんの皿に焼けた豚トロをのせていた。鎌田さんが肉に向けて箸をのばし始めたので、睨んでやる。すぐに手を止めて、皿を蓮子さんに渡していた。今日は肉を食べるのを諦めてもらおう。


「ね、ねぇ、2人とも、ちょっと食べすぎじゃない?」


 蓮子さんと陽子さんの食べるペースの速さでは、こちらの財布まで危機的状況に陥る危険がある。


「何を言います、唯様らしくない。今日は鎌田さんのおごりですぞ」

「今のうちに食べないと、次はいつ肉を食べられるかわからないわよ」


 2人は食べるペースを落とすどころか、さらに上げてきた。その様子を見て、私も箸を置いた。彼女たちにとっては、念願の焼き肉なのだ。食べるのを止めろなんて、言えるわけがない。


「な、なんだか、急にお腹がいっぱいになってきちゃったなー」


 2人は「そうですか?」と言いながらも、手を止めることはしない。鎌田さんに視線を向けると、顔が青ざめている。向こうもこちらに視線を向けてきた。きっと、同様に青ざめた顔が見えているだろう。

 私と鎌田さんは肉を目の前にして、お腹を鳴らすはめになった。


「あー、食べましたな」

「唯様、ほとんど食べてませんでしたけど、お腹の調子がわるかったの?」


 食事を終えて、鎌田さんが会計している。先だってお金を渡しておいたけど、足りたのかちょっと不安になってくる。会計が終わり、鎌田さんが振り返って、サムズアップしてくる。何とかお金は足りたようだ。だけど、私の財布は空になってしまった。


「後で返してくださいね」と視線を送ると、鎌田んは視線をそらしてきた。この女、金を返さないつもりだ。


 後日、鎌田さんから、きちんとお金を強奪しました。冷蔵庫にあった例のアレは、にーちゃんの告げ口により、無事、雪絵さんに保護されたみたい。

 人間、悪いことはできないものだと実感した。まあ、私たちは人間じゃなくて妖怪だけどね。

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