第30話 みんな集まれ マザー襲来だよ(後編)
何故、こんなことになったのだろう。
ジンガイ荘の居間に住人が勢ぞろいしている。
私と蓮子さん、陽子さんは学校から帰ってきたばかりだから、ブレザーのまま。蓮子さんは無事退院して学校に復帰している。
鎌田さんはいつもと同じように、紺のリクルートスーツをきてへべれけている。にーちゃんはやる気がないのか、ちゃぶ台の上に顎をのせてだらけきっている。
そんな私たちの対面に、彼女がいる。ベージュのスーツに、スカートという、フォーマルの装いなのだがあぐらをかいている。ちゃぶ台の上で頬杖をして、笑いながらこちらを見ている。とてもおばさん臭い。
その隣では正座をして、微笑んでいるエプロン姿の雪絵さんがいる。
「雪絵さー、ずいぶんと料理の腕が上達したじゃない」
「うーん、寮のみんなに料理作ってあげなくちゃいけないしねー。主婦という座にあぐらをかいて家事をサボっているわけじゃないしねー」
「へー言うじゃない。まあ、私は独身の雪絵と違って旦那の世話を見なくちゃいけないしね。あー独身とか羨ましいわー」
「へー結婚しているくらいしか取り柄がないのにねー。よかったわねー、素敵な旦那様がいてー。家事もすべてやってくれるとか、羨ましいわー」
気まずい。この2人は友人だったと聞いてたんだけど。空気が知り合いのそれじゃない。わざわざ全員を集めさせておいて、こんな空気を作られるなんて聞いていない。こんな私怨の怨嗟は2人きりの時にお願いしたい。
「唯様、あのスーツの御仁が母上様ですな?」
「うん」
「2人は何をしてるの?」
「私に聞かないで」
ジンガイ荘のメンバーから不審な視線を集めてるんだけど。誰かなんとかして。
「母上! お疲れでしょう。お肩をお揉み致します」
光の速さで蓮子さんが、ごますりに走った。この空気で突撃できる空気が読めなさが凄い、さすが蓮子さん。そして、母の裏拳を顔に受けて吹っ飛ばされた。
「蓮子さーん!」
台所へ通じる襖を突き破ってどこかに飛んでいった。これで傷口が広がって再入院とかなったら、しゃれでは済まない。
その様子を見て、今度は陽子さんが立ち上がった。蓮子さんの相棒だけあって、怪我をしたばかりの彼女を助けに行くに違いない。
「お母さま! 足つぼマッサージはいかがですか」
こっちもごますりに走った。母の拳が陽子さんの腹に突き刺さった。そして、蓮子さん同様に吹き飛ばれた。
「陽子さーん!」
2人はそろってどこかへ飛ばされていった。自業自得なので放っておくことにした。
「雪絵さー、私、客だよ? お茶の一杯も出せないの?」
「あらあら、お茶っ葉を切らしていてだせないのよー。雑巾のしぼり汁ならいくらでもさしあげますけどー」
空気を読まない2人が退場した今、この人に全てをかけるしかない。私は鎌田さんに視線を送る。予想通り、へべれけた鎌田さんはこちらの視線に気付かない。こちらから近づいて耳打ちをする。
「この状況、なんとかしてくれませんか? 鎌田さんだけが頼りなんですよ」
そう伝えると、こちらの頭を掴みかかってきた。ヘッドロックするような恰好で、鎌田さんに拘束されてしまった。
「大丈夫よー。わったしに任せておけば、大丈夫だってー」
この人は役に立たない。すでにわかっていたこととはいえ、少し期待してしまっていた自分がいた。こうなれば、とっておきの秘策を使うしかない。
「鎌田さん。実は私のお母さん、地元を仕切っている組合の偉い人なんです。ここで取り入れば、就職も――」
気がつくと、私は解放されていた。
「奥様! 会社を紹介してください! できれば、収入がよくって、楽で、拘束時間が少なくて、楽で、事務所勤めで、楽で、そんないい感じの就職口がいいです」
酔っている鎌田さんは恐いもの知らずで、母の肩に寄りかかろうとした。その手をつかむと、母は鎌田さんを背負い投げの要領で、片手で投げ飛ばした。
「鎌田さーん」
蓮子さんと陽子さんが消えていった方向に、鎌田さんも飛んでいく。まったく同情できないけど、仕向けたのは私なので、あまり悪く言うのはよくないだろう。
最後の手段と、にーちゃんへ近づく。すると、露骨に距離を取られた。これは、ちょっと傷つく。少し距離はあるけど、声をかけてみる。
「にーちゃんなら、どうにかできるんじゃない?」
「んー……無理……」
私たちは同時に妙なプレッシャーを放つ2人に視線を向けた。
「そういえば、高校の頃に好きなやつがいるって言ってたけど、結局、告白したの?」
「えー……今、その話を蒸し返すー? よく、空気読めないって、言われてたよねー」
「は? 空気くらい読めるし」
「えー……どの口がそんなことを言うのかしらー」
どんどん険悪な雰囲気になっていく。先ほどまでは友人同士のじゃれあいと言えなくはなかったが、雲行きが怪しい。鬼と雪女の戦いが起こったら、ジンガイ荘が持たない。私は鬼だから問題ないけど、他のみんなは命が危ないのではないだろうか。
「にーちゃん、お願い!」
「しょうがない……ですね……」
にーちゃんは立ち上がると、台所へと歩いて行く。何か秘策でもあるのだろうか。今度は期待できるかもしれない。
「ストップ、にーちゃん。どこへ行くのかな?」
咄嗟ににーちゃんの意図がわかった。彼女、このまま逃げるつもりだ。外見からは嘘をついているのか、まったくわからない。何を考えてるか、まったくわからない。はずだったけど、今回はわかってしまった。
「私には……無理……」
「前に見せてくれた、ケーブルをいっぱい出すやつ、あれやって! なんか、洗脳みたいなことできるんでしょ?」
にーちゃんは顔をそむけてこちらの言うことを聞こうとしない。それでも、説得を続けるしかない。
「お願い、にーちゃん。なんでもするからさ」
一瞬、にーちゃんの目が光った。その眼光を見逃さなかった。まさか、これを待っていたとでもいうのだろうか。
「何でもするって……言ったよね……?」
男に二言はないと、聞いたことがあるが、女だからと言って、二言していいわけじゃない。ここはうなずいて答える。覚悟をするべき場面だった。
「これ……ケーブル……2人に……刺して……」
にーちゃんから出てきたケーブルを2本渡された。左右の手に1本ずつ、ケーブルを持つ。どこに刺せばいいのかわからないけど、やってみるしかない。
ちらりと、ターゲットに視線を、向ける。
「あー……奥手に見えるやつほど、性欲が強いっていうし、いつも自分で慰めてたりしたのかな?」
「は? 男にがっつく淫乱には言われたくねいわねー。どれだけの男がいたのかしらー?」
「あ?」
「ん?」
この2人の間に入れというのだろうか。これは、無理。どう考えても無理。それでも、やらなくちゃ。
「見ていて、にーちゃん! 私の一世一代の大舞台を!」
2本のケーブルをそれぞれ、母と雪絵さんに近寄る。2人は言い合いをしていて、こちらに気付いていない。不意を突いてケーブルを突き刺す。
突き刺した……と思ったが、駄目だったよ。母の腕は頑丈過ぎて、ケーブルの先が潰れてしまった。雪絵さんの足に刺したケーブルは凍りついており、刺すことはできなかった。
終わった。そう思った。
母の手が、頭の上にのった。
「何やってるの。こんなの、ただの挨拶よ。気にしないで」
「そうですよー。本気なら、お互いただじゃすまなったしねー」
母と雪絵さんは、朗らかに笑い合っている。それなら、最初から気にする必要はなかった。
「ありがとう、にーちゃん。手を貸して――」
ケーブルが破損したからか、にーちゃんは機能を停止して、畳に突っ伏していた。
「にーちゃーん!」
私以外は全滅していた。
「私たちが喧嘩なんて、あるわけないわよね。生涯独身」
「そうだよねー。クソ嫁が」
本当に、喧嘩じゃないんだよね。急に不安になってきた。
居間での大惨事が終わって、母はすぐに帰ると言い出した。雪絵さんのはからいで、私は駅まで母を送っていくことになった。母娘2人で話をする時間をくれたのかもしれない。
「ねえ、唯ちゃん。今、楽しい?」
「うん。とっても楽しい」
「昔はいつもひとりで、笑うことすらしなかったわね」
「うん」
「友達がいて、仲のいい同居人もいるみたいで、安心した」
母が頭を撫でてくれる。
「いい、唯ちゃん。繋いだ手は、決して離しちゃ駄目よ。何があってもね」
「うん。絶対に離さない」
私は母と約束をした。
こうして、母は帰っていった。色々とあったけど、母と会えて良かった気がする。
ジンガイ荘に帰ると、死屍累々といった様子の地獄が待っていた。みんな、ごめんなさい。




