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第2話 みんな集まれ 入学式だよ

 私はリノリウムの床に一歩踏み出す。

 初めて入る校舎は清掃が行き届いているようで、床や壁に汚れらしきものが一切ない。

 窓から日が差し、私の新しい門出を受け入れてくれいる。

 廊下を行きかう生徒も仲がいいのか、楽しそうに笑い合っている。これなら、この学校生活も楽しいものになりそう。生徒たちの視線が私に向いていなければの話だけど――


「どけどけ! 桜河様のお通りである。平伏し同じ空気を吸えることに感謝して涙を垂れ流すがいい」

「桜河様万歳! 伝説の始まりに立ちあえたことを光栄に思いなさい」


 そう、生徒たちが笑っているのは、私を見ているからなのです。

 格代さんが私を先導しながらみんなを退かしていて、助本さんは私の後ろから紙吹雪をまき散らしている。どうしてこんなことになったのかな。

 私はただ普通に入学式に参加したいだけなのに……。


「どうなされたのですか? お顔がすぐれないみたいようですけど」


 頭の上の積もった紙吹雪を片手で払う。そんな私に気づいたのか、助本さんが正面に回り込んできて私の顔を見つめてきた。


「助本さん、さっき遅刻して先生に捕まったんじゃ……」

「私は妖狐なのです。妖術でちょちょいのチョイですよ」


 ウィンクしながら怖いことを言ってくる。

 妖狐……馬鹿な行動ばかりで忘れかけていたけど、彼女たちは妖怪だった。

 2人とも鬼である私の初登校を祝福しているんだけど、これは明らかにやり過ぎじゃないかな。学び舎で生活する仲間からの距離を感じてしまう。

 私はただ友達を作って楽しい高校生活を送りたいのに……。


「あの、格代さん、助本さん、気持ちは嬉しいけどこれはちょっと……」


 私の言葉を聞くと2人は動きを止めて、小首を傾げながらこちらを見つめてくる。2人とも変な事ばかりしているけど、とても美人さんで視線を向けられれると少し照れてしまう。

 気分を害するんじゃないかと思ったけど、この状況から解放されたい。悪気はないことはわかるのだけど、こんな状態が続けば孤立することは避けられない。


「そうですか……」

「お気に召さなかったのね」


 2人は私の言葉を理解してくれたのか、動きを止めてくれた。これで普通に講堂に向かえる――


「申し訳ありません、失念していました。この晴れ姿はこのカメラにきちんと収めますから、安心してください」


 格代さんは懐から一眼レフのカメラを取り出すと、私に向かってフラッシュを照らす。しかも、天狗のスピードを生かして、全てのアングルから写真を撮ってきた。

 たまにスカートの中を撮られているような気がする。


「安心してください。この紙吹雪に金色と銀色の折紙も混ぜておいたから」


 助本さんは余計派手になった紙吹雪を放り投げてくる。それが廊下に落ちて綺麗だった床をゴミだらけにしていた。

 これを止められるのは、私だけだよね。


「ねえ、2人ともちょっといいかな?」


 みんなの視線から逃れるように、掃除道具入れの影に隠れて2人を呼び寄せた。


「どうされました?」

「もしかして、催したの?」


 まずは、格代さんのボディに鋭いブローを一発。


「おべぇあ!」


 漫画のように気絶させることはできたのだけど、泡を吹いて白目をむいていて、なんか思ったのと違う。

 それでも、沈黙させることはできたので、結果オーライとしよう。


「うぐぅふ!」


 助本さんには首に手刀を当てた。何かゴキリと嫌な音を立てて、首が明後日の方向に向てしまったけど、きっと大丈夫。死ぬことはないんじゃないかな。妖怪だし。

 2人を沈黙させたことですっかり静かになった廊下を私は歩いていく。本当ならこんな腕力に任せた方法は取りたくなかったけど、仕方がないよね。

 視線はまだこちらに向いているけど、そのうちに忘れてくれるよね。



 つつがなく入学式が終わり、私は指定された教室へと向かう。

 1年B組

 これから私が学ぶ教室になるのだ。

 抑えきれない希望を胸に、ドアを開けた。

 教室は30人程度が入れる標準的な大きさ。レイアウトも中学の頃と変わらず、真正面に黒板と教壇。他は生徒用の机と椅子。ただ、教室の後ろはロッカーとなっていて、ここにカバンや着替えを置いておくんだと思う。

 初めて校舎に入ったときと同じく、とても清潔に保たれている。これなら、充実した高校生活を送ることができるよ。

 早速、黒板に書かれた自分の席に向かう。その途中に……。


「あなた、今日ぶつかった人だよね?」


 後ろから聞いたことのある声が聞こえてきた。それは、朝に聞いたばかりの声。その声に私は振り返った。

 そこには、ショートカットというよりは少年をイメージさせる髪形をした生徒が立っていた。

 髪だけではなく顔立ちもどこか少年っぽさを感じる。肌は少し浅黒く、健康的な笑顔を浮かべている。


「あ、はい。今日はご迷惑をおかけしました」


 今日の衝突は私の不注意が元で起こったことだ。頭を下げて謝らなくてはならない。


「いや、いいよ。今日は私も悪かったし、お互い両成敗ってことでいいよね」

「はい!」


 何か普通のやり取り。

 これです。これを求めていたのです。これこそ、青春、普通の高校生にあるべき姿。今までとは違う。

 彼女も悪い人じゃないみたいだし、むしろ好感をもてる。


「おっと、もうすぐ先生がやってくるみたい。席につかなくっちゃな」


 彼女は私に軽く手を振ると、自分の席に座った。

 それは、私の真正面で、休み時間になれば普通にしゃべることのできる最適なポジションだった。

 これからは、きっと雑談したり、一緒に帰ったり、楽しい生活を送れる気がする。

 そんなことを考えていると、誰かの視線を感じたので振り返ってみた。

 そこには、白髪で長い前髪をした女子生徒がこちらを見ていたけど、目が合うとすぐに顔を背けられてしまった。

 何かやらかしたかなと考えたけど、心当たりが多すぎて頭が痛くなってきた。



 ホームルームは教師の話から、自己紹介への流れに移った。

 自己紹介。

 入学式で最も重大な行事。

 これの成否によって、学校生活は大きく左右される。ここで失敗したら灰色の青春が決定してしまう。ここは慎重に、それでいて大胆にいかなくてはならない。

 紹介はあいうえお順で、すぐに私の番に回ってくる。そのひとつ前、さっきの少年風なクラスメートが立ち上がった。


「わたしは江藤えとう まこと。あんまり特徴はないけど、運動が得意だ。体育の授業とかで役に立つんじゃないかな。みんな、よろしく!」


 江藤 真……それが彼女の名前。

 朝ぶつかったことに、すぐ前の席。なんだか、運命の人のような気がしてきた。彼女とならうまくやっていけるかもしれない。

 江藤さんが席に座ると、いよいよ私の番だ。

 失敗しないように気をつけないと、と決意を固めながら立ち上がる。


「私は――」

「この人を誰と心得る!」

「こちらこそ、桜河 唯様であらせられる!」


 自己紹介が遮られた。


「この方こそ、身長138cm、体重34.5kgの小柄でありながら、大型新人! 幼女と見間違えることなきよう注意されたし」

「この教室にはもったいないお方! 頭が高すぎる! さあ、首を垂れて崇めなさい!」


 2人の登場に静かだった教室がざわめきだす。

 なんか、復活してきてる。きちんと止めを刺さなかったのがダメだったのかな。


「2人とも! 何をやっているのですか! 早く自分の教室に戻りなさい」


 今時珍しく教師が口をはさんできた。

 だけど、その程度では無理なんですよ。


「何を言います。桜河様のいる場所にいなかったことはない」

「桜河様のそばこそ、私たちのいるべき場所」


 2人は紙吹雪をまき散らしながら、カメラのフラッシュをたきまくっていく。

 あーもう、無茶苦茶だよ……。


「また、あんたらか。みんな迷惑してるだろ」


 目の前の生徒、江藤さんが立ち上がって、2人の前に立ちふさがる。

 格好いい! けど、やめておいた方が……。


「ほう、このガキ……」

「今朝、ヘッドロックとアームロックを極められた不届き者ですわ」


 あざ笑う2人と、怒り心頭といった江藤さんは、対峙しながら火花を散らす。


「お前のような弱者に何ができる?」

「朝は油断しただけだ!」


 そいう言うと、江藤さんの鋭いハイキックが格代さんの顔面の少し前を通り過ぎた。スカート履いたままのハイキックはいろいろと不味いと思うけど、とても年季の入った一撃だ。

 それをかろうじて避けた格代さんが不敵に笑う。


「ほう……意外とできるな……」

「まあ、私たちの敵ではないわね!」


 こうして、3人が泥沼試合を始めた。

 格代さんがハイスピードで江藤さんをかく乱しつつ、助本さんが手刀で地味にダメージを与えていく。江藤さんも負けじと、多彩な蹴り技で2人に対抗する。スカートを履いたままでのキックは丸見えになってしまうので、やめた方がいいと思う。

 目の前を飛び交う3人と、椅子や机、他生徒まで巻き込んで収拾がつかなくなっていく。

 嗚呼、私の楽しい高校生活よ、さようなら。もう、出会うことはないでしょう。

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