第25話 みんな集まれ はじらいだよ
休み時間、真ちゃんと薫ちゃん、そして私。いつもの3人で机を囲んで他愛もない雑談をしている。つい楽しくて、夢中になっていた。
さわっ
お尻を撫でられるような感触。また、あの2人か……。
私は背後にいるであろう2人に裏拳を繰り出した。1つは外れ、もう1つはヒットして、背後で机が倒れる大きな音がした。この感触は陽子さんだ。
彼女の撃退には成功したが、蓮子さんには逃げられた。やはり逃げ足が速い。
「ゆ、唯ちゃん、大丈夫?」
「うん。いつものことだから」
「……」
そう言うと、真ちゃんがこちらをじっと見つめてくる。
何か変なことでもあったのだろうか。真ちゃんに見つめられたまま休み時間が終えた。
※
放課後、琴対馬高校を後にして、スーパーのフードコートに集まった。
いつものメンバーの中に、黒いセーラー服の女の子が混じっている。先日、友達になった海坊主の娘、明ちゃんだ。今はプレーンドーナッツを齧っている。
「あん……? 俺の顔に何かついてんのか」
つい、注目してしまった。ここから3駅程度離れた高校からここまできているらしいけど、放課後に集まるにはちょっと遠いと思う。
やっぱり、友達が少ないのかな。
「……私、最近思うんだけど、唯ちゃん……恥じらいが足りてないんじゃない?」
「あ、あたしもそれ、思ってたっス」
何か、2人から妙な圧迫感を受ける。恥じらいってどういうことなのかな。
「唯ちゃん、最近、セクハラされ過ぎて、なれちゃってるよ!」
「はぁ? セ、セクハラ!? お、お前、そんなことされてんのかよ」
明ちゃんが過剰に反応してるけど、これが普通の反応だよね。
確かに、今こういう話題が上がっているというだけでも、充分になれていると言ってもいい。
「そうっすよ。もっと、女の子らしい仕草とか、した方がいいっス」
セクハラされたら、即裏拳はまったく女の子らしくない。むしろ、背後に立たれたら即射殺するスナイパーのような立ち振る舞いだ。
これは、みんなの言う通りなのかもしれない。
「じゃあ、どうすればいいのかな。恥じらいってどうすればいいの?」
みんな口を閉ざす。
そんな中でも、明ちゃんはドーナツを齧ったままだった。
「だったらよ。誰かがセクハラされて、どんな反応するか、試してみたらいいじゃねぇか」
なるほど、柏手を打つ。
これは、実にわかりやすい。じゃあ、誰かにセクハラを受けてもらおう。
「あ、私は無理だからね。蹴りが出る」
「あたしは陰キャだから、速攻で逃げ出すっス」
「そんな役、俺に振るなよ」
困った。思った以上に、このメンバーは女子力が低い。
だれか、適任はいないかと、周囲を見回してみた。特に意味はないが、何かひらめかないかと思っていた。
そこに、私の知る顔がいた。
「あ、ジョロウグモさん!」
ベージュのビジネススーツを着て、ラーメンの汁をすすっている妖怪のジョロウグモさんを見つけた。私の声を聞いて、彼女の身体が飛び跳ねた。
私は彼女のもとへ駆け寄った。
「お久しぶりです」
「ええと、桜河さん、だったかな。前は助けてくれて、ありがとう」(第10話参照)
「ジョロウグモさん、ちょっと教えて欲しいことがあるんですけど、時間いいですか?」
「ええ、いいけど、人前でその呼び方はちょっと抵抗あるわ。呼び名は……そうね……ジョウロとでも呼んで」
私はジョウロさんの了承を受けて、みんなのもとへ移動した。
「おお……、誰、このお姉さん、格好いい」
「女子力、高そうっスね」
ジョウロさんに視線が集まる。彼女は照れたような、まんざらでもない表情を長めの髪で隠すようにした。
「ジョウロさん、早速で悪いんですけど、セクハラを受けたらどんな反応をしたらいいですか?」
私が訪ねると、ジョウロさんは目を見開いてこちらを見てくる。そして、手で肩をつかまれ、迫ってくる。
「桜河さん、セクハラとか受けてるの!? それは、通報しないとダメよ!」
とても、心配された。なので、ことの経緯を話した。
「そ、そう、あの2人そんなことしてたのね……やっぱり、通報して警察に突き出した方がいいわ」
ジョウロさんは親身になって話をしてくれた。同意見だけど、さすがに通報は可哀想だと思う。
「それで、どんな反応をしたらいいですか?」
真ちゃんが先陣を切って、話を切り出した。こういう時は本当に頼りになる。
「そ、そうね……。んんっ……」
顔を少し赤くして、右手の人差し指を唇に当てる。目を少し細くして、我慢している感が出ている。まるで、満員電車の中、鞄を持っていて両手が塞がれているというのに、どこからか伸びてきた手がお尻を撫でまわしてきたのを、必死で耐えるOLのような色気があった。
「……エロい」
誰かが、そう呟いた。その主が誰だかわかなかった。もしかしたら、自分の口か漏れていたのかもしれない。
これぞ、白進の演技。これが、女子力。これこそが、恥じらい。
ぐうの音も出ないほど、ジョウロさんは完ぺきだった。
「なんか、演技してる感じがするな。あんまり、参考にならないんじゃねぇか?」
明ちゃんの言葉に、なるほどと納得してしまう。確かに完ぺきだったが、演技であったことは変わりない。咄嗟に、こんな仕草、表情ができるとは思えない。さすがの指摘だと、感心してしまう。
「ええと……なら、どうしたらいいのかな?」
ジョウロさんは明らかに困っている。こちらが演技をお願いしたのだから、彼女は完ぺきな仕事をしてくれたと言える。これ以上、頼むのは、申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。
「ここは、実際に痴漢に遭った方が、いいかもしれないっス……」
「薫ちゃん! 何、言い出してるの? いつもの冷静なツッコミはどうしたの?」
大胆な発言にこちらが、混乱してしまう。これ以上はと、みんなの顔を見る。何かを期待した目が見えた。ドーナツを食べ終えた明ちゃんまで、ちらちらとこちらを見ている。興味あるんだ。
「さ、さすがに、これ以上は……」
さわ
ジョウロさんの背後で影が動いた。
「あんっ!」
目を閉じ、頬を朱に染め、目を軽く閉じ、喘ぐように口を開けて、喉から小さな声が漏れた。
「「「「エロい!」」」」
全員、一致で、声を上げた。
これが、本物の反応。演技ではなく、身体が自然に、心が拒否するように恥じらう。
妙ななまなましさに、見ているこちらの心臓の鼓動が高鳴り、心拍数が急上昇する。きっと、みんなと同じように、私も顔が赤くなっていることだろう。
「忘れて! 今の、忘れて! 高校生に見せていいものじゃないから!」
顔が真っ赤になり、手を振って全力で拒否しているジョウロさんがいた。
エロ過ぎて、私たちでは参考にならない気がするけど、いいものが見えたと思う。
この反応を引き出した、謎のセクハラ。ジョウロさんの背後で動いた影は、紺色のリクルートスーツを着ていた気がする。髪も短かったし、もしかして、あの人なんじゃ……いや、無意味な詮索はよそう。
「……すごかったです」
真ちゃんからぽつりと、声が漏れた。
「桜河さん、お願いだから、このことは誰にも話さないで! それと、こういうとはもう頼まないでね」
ジョウロさんは再び、私の肩を持って、懇願してくる。涙目になっているし、本当に悪いことをしたような気がする。
彼女は両手で顔を覆って、放置されていた拉麺があるテーブルに逃げていく。
「……私、がんばってみる。恥じらいを取り戻して見せるよ」
そう、私は決意して、みんなの前で誓いを立てた。
後日、恥じらってみせたら、セクハラがエスカレートしただけだった。
ジョウロさん。本当にごめんなさい。




