第1話 みんな集まれ 登校だよ
朝の柔らかな陽ざしが私の部屋を照らしている。
畳に障子と完全な和風の部屋は引っ越して間もないので、小ざっぱりしていて少し寂しいかな。住み慣れるころには小物増えて、きっと賑やかな部屋になるよね。
初めて着る制服に腕を通す。まだ慣れていない制服はだぶだぶだった。
この小さな私の背丈に合うサイズの制服はないらしく、一回り大きなものになった。これから成長するから、問題ない、大丈夫。
制服を着終わったてから、次はネクタイを締めよう。これから通うことになる琴対馬高校はブレザータイプの制服でネクタイタイプ。リボンも可愛いけど、こっちはちょっと格好いい。
鏡を見ながらネクタイを首に巻き、シュッとネクタイを締めた。今日まで何度も練習した甲斐があった。
肩口まで伸びた髪に寝癖がないかチェックして、身だしなみを整える。
最後に鏡の前でにっこりと笑顔を作る。うん、いい笑顔。
部屋を出て居間へと向かう。
居間は12畳ある大きな部屋。当然畳敷きで、部屋の中央には長方形の6人掛けのちゃぶ台が置かれている。
「おはよう、唯ちゃん。制服姿も可愛いわねー」
「おはようございます」
軽い笑顔で挨拶してくれたのは、このジンガイ荘の管理人であり、大家でもある雪絵さんだ。
雪絵さんはエプロン姿でおひつから茶碗へご飯をよそってくれている。ここジンガイ荘は朝食と夕食は準備してくれる。アパートより寮に近いのかもしれない。
ちゃぶ台には人数分の食器が準備されている。
「おはようございます、桜河様。今日も可愛いですね」
「おはようございます。制服がとても似合っていますわ」
格代さんと助本さんはすでに居間にいた。
格代さんは長身と黒いショートカットがブレザーと相まってとても格好よく見える。助本さんは金のロングヘアが紺のブレザーによく映えている。
でも、挨拶と共にスカートをめくってくるのは止めてほしい。めくり上げられないために短めのスカートをぎゅっと抑えた。
……? ブレザー? 私、今、ブレザーって言った?
「格代さんと助本さんって、学生だったんですか!? しかも同じ琴対馬?」
今日知った驚愕の事実。2人とも私と同じブレザーを着ている。
2人とも大人の雰囲気が漂っており、社会人にしか見えない。少しの間、一緒に住んでいたけど、同じ学生なんて全く思いもしなかった。
ネクタイの色が違うから、学年は違うらしい。
「もちろん学生さ。学校までお供させてもらうよ」
「ちなみに2年だから、手取り足取り、あんなことやこんなことまでまで教えてあげるから」
そう言うと、2人は互いに格好いいポーズを決めている。
正直な話、2人と一緒の学校に行けるのは心強い。格代さんと助本さんはなんだかんだ言って面倒見がいい。口調はかなりフランクにしてくれるが、少しこちらを敬い過ぎているところがある。セクハラまがいなことをしなければもっといいのだけれど。
「はいはい、3人ともー。いい時間になったからー早く食べないと遅刻するわよー」
雪絵さんの言葉に2人はスッとちゃぶ台に着くと、箸を取った。私も遅れながら箸を持つ。
と、そこでふと気づく。
ちゃぶ台には6人分の朝食が準備されている。だけどここにいるのは4人。後2人はまだ現れていない。
「あー、その2人はちょっと時間帯がずれてるのよー。気にしてると遅刻するわよー」
残り2人の同居人が気になったが、今は朝食を取るのが最優先だ。
4人で談話で盛り上がりながら、朝食を済ませた。
私は準備を済ませ、まだ新品で堅いままのカバンを手に持ち、新品のローファーを履く。腰を上げてつま先をトントンと叩いて履き心地を確認する。
「行ってきます!」
その様子を見ていた、雪絵さんが手を振って見送ってくれた。
そして、玄関を開いてから外に出た。
ジンガイ荘から出ると、春の日差しがまぶしくて、目を細める。風も強く髪とスカートを押さえる。空気は澄み、呼吸するだけでも心地よい。
これぞ春の日って感じがする。
まさに登校日和。
「それでは参りましょう」
「私たちは後をついていきますね」
格代さんは右、助本さんは左に陣取り、一歩下がって私をエスコートしてくれる。ただ、さりげなくおしりをまさぐってくるのは止めてほしい。
私の2人の手を払うと、渋々といった様子で撫でるのを止めてくれた。
これがなければいい人なんだけどな。
「いいですか、桜河様。通学路には危険がいっぱいです」
「そうです。登校初日は要注意です。特に、辻運命の出会いがありますわ」
なに? 「辻運命の出会い」とかいう、意味の分からないワード。
大体、曲がり角でぶつかるなんて、ありえない。漫画やアニメじゃないんだから。
そんなことを思いながら、ちょうど十字路に差し掛かる。
どんっ!
ふいに横から来た何かに衝突して、尻餅をついてしまう。
少し痛むおしりを撫でてから、正面を見ると酷い絵図が見えてしまう。
相手が多きく股を開いていたので、見えてしまった。白い布生地が。
「いたた……何?」
相手は頭をさすりながらこちらを見る。ずっと向こうを見ていたので、つい目が合ってしまう。
相手はボーイッシュな髪をして、一見すると少年に見えてしまいそうだが、間違いなく女子だ。初めて見る人だけど、同じブレザーを着ているので、琴対馬高校の生徒であることが分かった。
「おい、立てや、ガキ!」
「貴方、何をしたのかわかってんの?」
格代さんは女子の首を固め、助本さんは右腕をがっちりとホールドしている。少しでも力を込めたら、骨折はしちゃう。
ぶつかった女子も顔を青ざめ、若干震えている。
「もう、いいから、2人とも! 放してあげて」
「ですが、桜河様……」
「この不届き者は斬首に処すべきよ」
なんか物騒なことを言い始めたが、なんとか宥めて女子を開放させてあげた。
「悪かったよ、大丈夫?」
まだ立ち上がっていなかった私に女子が手を差し伸べてくれる。
私はその手を取って立ち上がった。
「おい、お前、何したのかわかってるんか?」
「それは、私たちの役目よ」
2人は再び女子にホールドを決めてくる。
そんな2人に再度開放するように言った。本当に、困った人たちだ。
「と、とにかく、もうすぐで遅刻だから急いだほうがいいよ」
そう言うと、女子は手を振って学校の方へ走っていく。
私はその様子をぼんやりと眺めていた。あんな子と友達になれないかなと、つい思ってしまった。
「桜河様! お怪我はございませんか!」
「制服にほこりが!」
2人は真面目な顔をしながら、口実を得たとばかりに私にベタベタ触ってくる。主におしりを重点的に撫でてきた。
その手つきはどう見てもセクハラのそれだった。
「そんな事より、早く学校へ行かないと!」
2人の手を振り払ってから、正気に戻った。
先ほどの女子の姿は見えない。ここで戯れていた間に結構時間が経ってしまっていたようだ。
「それなら、私の背につかまって下さい。天狗の私ならひとっ飛びです」
格代さんは屈んで、背中を私に向けてくれる。
初日から遅刻するわけにはいかないので、言葉に甘えて格代さんの背中に抱きつく。
「桜河様のささやかな膨らみが……」
早速後悔した。
「冗談はここまで。では行きます!」
格代さんは一瞬でトップスピードになり、空を駆ける。景色が一瞬で流れていく様は自動車に乗っている時より速く感じた。
風圧で髪が乱れに乱れているが、気にしている余裕はない。背中にギュッと抱きつくと、到着まで目を瞑った。
「着きました!」
目をひらくとそこはグランドだった。目の前には一度見たことのある校舎、後ろには閉じてしまった校門。
何とか遅刻することなく、登校できたらしい。
ほっと胸をなでおろしながら背中から降りると、背後から声が聞こえてきた。
「桜河様! 蓮子! ちょっと待って! 私を置いていかないでよ!」
檻に入れられたチンパンジーのように、校門の外から助本さんが手を伸ばしている。金色の髪は乱れ、若干涙目になっていた。
私は格代さんと目配せした後で、校舎に向けて歩き出した。
「桜河さまぁー。後生ですからー」
よし、登校に少しトラブルがあったが、なんとか登校することができた。
これから学生生活が始まるのだと、私は大きく一歩踏み出した。