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第17話 みんな集まれ 人面瘡だよ

 私は鎌田さんと一緒に住宅に囲まれた道路を歩いている。

 鎌田さんとこうして一緒に外出するのは、初めてだと思う。

 いつも酔っぱらってばかりで、外で姿を見たことがない。


「ふふふ、ついに私の実力を見せるときが来ましたね」


 私の隣で歩く鎌田さんはやる気十分といった感じで、鼻息荒く、胸を張っている。

 その様子は自信過剰という訳ではない。


 今回の怪異は「人面瘡じんめんそう

 人の顔をした腫れ物で、痛みを伴う。

 特別な病院でしか対応できないのだが、妖力を持ったかまいたちの鎌なら切除ができるという話だ。


「いつも酔っぱらってばかりで、ダメな女と思われているようですが、今回の活躍で汚名挽回できそうです」


 やる気に満ちるのはいいけど、汚名は返上するものだから、挽回しちゃダメ。

 本当に就職活動をしているのか不安になってくる。


 紺色のビジネススーツでビシッと決めている姿は格好よく、まさしく就職浪人って感じがする。

 私のピンクのブラウスにプリーツスカートという、ちょっと買い物に行ってきます程度の服装じゃ不釣り合いな気がする。

 次があれば格好いい服で決めてみたい。


「ここみたいですね」


 ある住宅の前で私たちは足を止める。

 

 2階建ての洋風家屋。

 玄関は綺麗に手入れがされており、いつでもお客さんを迎え入れれるようにしてる。

 花壇も綺麗で、家主の暖かさが伝わってくるみたい。


 インターホンを鳴らすと、扉が開いてお母さんみたいな人が迎えてくれた。


「あの、ジンガイ荘の方ですか?」


 治療に来るのが私たちだって知ってるみたい。

 市役所から連絡があったのかもしれない。


 私たちは案内されるがまま、家へと上がっていく。


 行き先は子供部屋。

 部屋は玩具や絵本が散らばており、その隅には小さなベッドがある。


 そのベッドの上に、小学生くらいの可愛らしい女の子が座っている。

 女の子は俯き、表情は暗い。少し顔を歪めている所を見ると、人面瘡が痛むみたい。


「あの、この子は治るのでしょうか?」

「大丈夫です。その為に私たちが来たのですから」


 鎌田さんは早速、女の子に患部を見せてもらう。


 女の子の小さな腕に。腫れ物ができている。

 それには間違いなく人間の顔が浮かび上がっていた。


「これが人面瘡なんですか?」

「間違いないはずです。写真で見たものと同じでしたし」


 写真って……鎌田さんも初めて見るんだ。


「ねぇ、痛くない?」


 女の子は怯えた様子でこちらを窺ってくる。

 これくらいの子供だと、こういった手術みたいなのは、怖いんだと思う。

 私も手術とか注射とか怖いし。


「怖がらなくてもいいですよ。すぐに痛くなくなりますからね」


 かまいたちに斬られた傷は痛みはないと聞いたことがある。

 女の子を怖がらせない為だけに言った言葉じゃないと思う。


 鎌田さんが女の子の頭を軽く撫でてる。

 こうして傍から見ると、とても頼りになるお姉さんに見える。


「では、早速治療します」

「お願いします」


 お母さんの許可を得て、すぐ切除にかかる。


 私は前もって陽子さんから貰った塗り薬と包帯を準備する。

 鎌田さんは鎌(体の一部?)を取り出すと狙いをつけた。


 一瞬、本当に瞬く間で鎌を振るい、腫れ物を切り落とす。落ちたこぶは私が握り潰した。


「これでお終い。痛くなかったでしょ?」

「うん! ありがとう、おばさん」


 子供は容赦ないって実感する。

 呼ばれた本人は笑顔のままなので、少し安心する。


「見た? 唯ちゃん。私、医者を目指そうかしら?」

「医者は手術をするだけじゃないですし、医師免許を取るより就職した方がずっと楽ですよ」


 鎌田さんは余裕綽々といった感じで、軽口まで口にする。


 後は、傷口に薬を塗れば、治療は終わり。

 今回は問題なく済みそう……だ?


 傷口にまた腫れ物が現れ始めた。

 その再生のスピードは速く、みるみるうちに元に戻っていく。


「痛い! 痛いよ! ママ!」


 女の子の表情が苦悶に変わる。

 さっきより、腫れ物が大きくなってる。しかも、人の顔が前よりはっきりわかる。


『うぁぁ……妬ましい……子供と一緒に……楽しそうに……幸せそうに……なんでそんな笑顔を……』


 私はハッとして口元を押さえる。

 何と、人面瘡がしゃべり始めた。

 不気味で背筋が凍るような、地の底から響く低い恨みの言葉。


「そんな……どういうことなの?」


 鎌田さんが激しく動揺している。

 私もどうすればいいのかわからずに、おどおどするしかできない。


「これはいけません」

「どうやら根が残っているわね」


 どこからともなく、蓮子さんと陽子さんが現れる。

 色々と突っ込みたいこともあるけど、今はその時じゃない。


 今はみんなが真剣になってるんだから、2人も真面目な様子だ。

 これなら、いつもみたいなセクハラは受けな――って、今、さらっとお尻触られた!


 そんな事より、陽子さんの言葉、根が残っている。

 つまり、まだ人面瘡が治っていないということ。


 小説に人面瘡は切り落としても生えてくるって話があった。

 だからこそ、妖力を持ったかまいたちの鎌で切り落としたはずなのに。


「これ、人の妬み嫉みからできたようね。呪いのようになってるわ」


 陽子さんは女の子の様子を見ながら、冷静に判断する。


「娘は! 娘は助かるんですよね?」


 縋り付くお母さんに対して、陽子さんは眉間に皺を寄せる。


「病院で治療しないといけないわね」


 陽子さんの言葉に、皆が息を飲んだ。


「痛い! お母さん! 助けて!」

「そんな……この子は何もしていないのに! ただ、元気に生きてきただけなのに!」


 お母さんも取り乱しているけど、鎌田さんの様子もおかしい。両腕を掻き抱き、呼吸が乱れている。

 すぐにその理由が分かった。


 鎌田さんは今の状況を自分せいで起こったと思っているみたい。

 切除に失敗したから、女の子の顔が歪み、苦しそうにしている。その責任を。


「待って下さい!」


 私は叫んでいた。


「ちょっと痛いけど、我慢してね」


 女の子の細い手を取ると、無造作に人面瘡を掴み上げる。


「唯ちゃん! 何してるの!?」


 私の行動に鎌田さんは動揺して、大きな声を上げた。

 女の子は痛みから泣き出しているけど、この方法ならきっと上手くいく。


「なるほど。唯様の鬼の力なら、人面瘡を引き離すことは容易い」


 でも、それはきっと大きな痛みが生じるに違いない。でも、そんなのは、女の子には耐えられない。


「鎌田さん! 今です! 鎌で刈り取って下さい! かまいたちの鎌なら、痛みなく切り取れるはずです!」


 ハッとした鎌田さんは鎌を取り出す。

 少し手が震えているみたいだけど、きっと大丈夫。


『おおお……おお……お……』


 刃が瞬くと、女の子の腕から人面瘡が切り離された。

 それを確認してから、手に握った人面瘡を握り潰す。


 陽子さんは急いで患部に薬を塗ると、包帯を巻き始めた。


 娘を抱くお母さんを見て、少しホッとする。

 横目で鎌田さんを見ると、自分の手をじっと見つめていた。




 私と鎌田さんは治療を終え、再び玄関に来ていた。

 目の前には、お母さんと、その後ろに隠れた女の子。

 気付けば、蓮子さんと陽子さんは消えていた。


「この度は本当にありがとうございました」


 お母さんが頭を下げる。

 そのお礼を受け取れないと言った感じで、鎌田さんの顔が歪む。


 鎌田さんは少し腰を落として、女の子と視線を合わせようとする。

 だが、女の子は余計にお母さんの後ろに隠れてしまった。


「ごめんね。痛くないって言ったのに、凄く痛くしちゃった。おばさんが、上手じゃなかったから……」


 鎌田さんは笑顔を努めていたけど、今にも泣きそうな顔だった。

 かまいたちとして、人を斬ることに自信を持っていたから、今回のことは堪えたのだろう。


 鎌田さんは立ち上がると、お辞儀をする。

 私も慌ててお辞儀をした。

 そして、扉から外に出ようと、背を向けた時のことだった。


「おばさん……ありがと。痛かったけど、助けてくれた」


 小さな声だったけど、確かに女の子の声だった。

 鎌田さんは振り返って、今度こそ笑顔を見せた。


「どういたしまして」




 帰り道。

 鎌田さんと2人でジンガイ荘へと帰る道を歩く。


「ありがとう、唯ちゃん」

「どうしたんですか? 藪から棒に」


 唐突なお礼にこちらが恐縮してしまう。


「唯ちゃんに助けてもらって、本当に助けられました。女の子の人面瘡を握ったのって、私の為なんですよね?」

「私は女の子が苦しむ姿を見たくなかっただけです」

「あの時、病院に運ばれていたら、きっと2度と女の子の顔は見られなかったと思います。だから、ありがとう」


 なんだか、照れくさくて頭を掻いてしまう。

 いつも酔っぱらってばかりで、いい加減な人だと思っていたけど、本当は責任感の強い素敵な女性。

 普段からちゃんとしていればいいのに。


「なんだかやる気が出てきました! 女の子が頑張ったように、私も就職活動頑張って就職します!」


 なんだか、普段は頑張っていないような物言いだったけど、前向きになったのはいい事だと思う。

 このまま就職するまで頑張って欲しい。




 その日の夜。

 私は夕食を食べ終わり、居間でお茶を飲む。

 そうましい夕食から一転して静かになるこの時間を時に気に入っていた。


「唯ぢぁーん! どぼちよう!」


 背後の襖が開いたと思ったら、鎌田さんが私に抱きついてきた。


「何? 何事?」

「履歴書書いてたら、間違っちゃって……しかも、履歴書の用紙まで無くなっちゃった!」


 え? そんな事? 履歴書の用紙なら買ってくればいいんじゃないかな。

 っていうか、酒臭い!


「鎌田さん、またお酒飲んだんですか?」

「だって、辛くて……辛くて……唯ちゃん! 慰めて!」


 鎌田さんが心を入れ替えて就職ができるには、まだまだ時間がかかりそう。

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