第14話 みんな集まれ 先生だよ
騙された。
教師から宿題のプリントを集めてこいと言われ、集めたプリントを職員室まで届けに来た。
それが、この結果だ。
「桜河さん、いつも一緒にいる2人どうにかならない?」
プリントはデコイ。本命はこちら。
この教師、自分がやるべき仕事を生徒に丸投げしてる。
確かに、蓮子さんも陽子さんも面倒で、授業妨害甚だしく、教師の手に負えないかもしれない。
でも、それを生徒に頼るのはダメだと思うの。
「いえ、それは先生の仕事ですよね」
「確かにそうだな。じゃあ、2人のこと教えてくれない?」
「いや、自分で調べるべきだと思います」
「そう言うなよ。その口から、じっくり、ねっとり、教えてくれ。お前の口から――」
ヤバい。
何かヤバい。
顔が近いし、鼻息が荒い。
女性から見ても、綺麗な顔をしてはいるが、他の要素がすべてを台無しにしている。
ぼさぼさの髪が顔に当たってくる。鬱陶しいので、手で払う。
「秘密を知りたいんだ」
顎を触ってきたかと思ったら、くいっと顔を上げさせられる。
なんだか、本当にイライラしてきた。
「何をしてやがる、このド外道教師が!」
「唯様から離れなさい!」
蓮子さんのキックが、私の顔すれすれに通り過ぎて、教師の顔面にヒットした。
同時に陽子さんが私の体を抱いて、保護してくれた。
「お前たちか、こうすれば出てくると、読みは当たったな」
この教師、名前は日野 結香
うちの担任で、女性だ。
女性である。
「いくら、男性にモテないからって、唯様に手を出すとは、許すまじ」
「ははは、桜河さんに手を出すのと、男にモテないのは関係ない」
私に手を出そうとしていたことを否定しない。ここは否定して欲しい。
「彼氏いない歴=年齢の飛縁魔が何言ってるのよ」
「だから、男性経験は関係ないって言ってるだろ!」
飛縁魔。
誤解を恐れずに言えば、男を誑かす妖怪だ。
男を誘惑して、間違った道に引きずり込むのだという。
「大体、あんた達が五月蠅くするのが、問題で! 私の男性遍歴に口を出す必要が――」
「日野先生! うるさいのは、貴方です!」
他の教師によって、私たちは職員室から放り出された。
もちろん、日野先生も追い出されていた。
「どうして、私まで追い出されるんだ!」
どう考えても自業自得だ。職員室で最も大きな声で叫んでいたのは、この教師である。
さて、解放されたようだし、さっさと教室に戻ろうかな。
「さささ、唯様、こんなド腐れ教師なんて放っておきましょう」
「そんなだから、男性に相手にされないのよ」
今回に関しては蓮子さんと陽子さんに全面同意。
そんな惨状に日野先生が項垂れる。
「男が悪いんだよ! 中学生の時なんか、告白したのに『好きな人がいるから』とか、言ってくるし! その後も、何度告白したか……」
意を決してか、こちらをキッと睨んでくる。
「だから、私は、幼女が好き!」
「な、何!?」
突如元気になった日野先生が私の右の胸を揉んでくる。
まって、何がどうなったら、こんなことになったの?
しかも、幼女って、せめて童女……じゃない、少女なんだから。
さらに、鼻血までって――
「せんせぇぇぇぇぇぇぇ!」
何故か鼻から血が出てるし、こういうのは、本当に間に合ってるから!
なんで、もっとまともな人が出てこないの?
「まさか、我らの同士だったとは」
「ごめんなさい。幼女好きに悪い奴はいないわ」
なんて、蓮子さんと陽子さんまでセクハラしてくるの?
胸をお尻をまさぐられてるんだけど!?
そして、恒例のように鼻血出してるし!
「お前たち、何やってんだー!」
真ちゃんの声と共に、キックが飛んでくる。
蓮子さんは華麗に回避したけど、陽子さんの顔面に炸裂してる。
「お前たち、また鼻血出して何やって――」
真ちゃんと日野先生と視線が合った。
真ちゃんの視線が、鼻から流れる血に移る。
「せんせぇぇぇぇぇぇぇ! 先生まで一緒になって、何やってるの?」
真ちゃんが私を日野先生から引っぺがしてくれる。
その後ろから、薫ちゃんが駆け足で寄ってくる。
やはり、持つべきものは友達。掛け替えのないもの。
「唯ちゃん……もう、大丈夫っスよ。てぇ――
薫ちゃんの視線も、日野先生の鼻から流れる血に移る。
「せんせぇぇぇぇぇぇぇ! なんなんスか!」
いつも冷静な薫ちゃんも、日野先生の愚行に動揺を隠せない。
それでも、比較的落ち着いていた。
「妖怪と聞いて、こうなるんじゃないかと思ってたっス」
そう言えば、薫ちゃんは何か起きるか危惧してた。
私も迂闊だった。
「流石にやるわね、江藤さん。でも、ばっちりパンツは見させてもらった!」
真ちゃんはその言葉に、顔を赤くして、スカートを押さえる。
まさか、教師の口からそんな不埒が言葉が出てくるとは思わなかった。
入学式あたりで、蓮子さんと陽子さんに注意してくれたから、まともな教師だと思ったのに……。
「くくく……久しぶりにいい思いをした」
「こうしてセクハラするのも、久しぶりね」
蓮子さんと陽子さんが嫌な方向に復活してる。
真ちゃんが蹴りで2人を退治しようとしてるけど、かなり回避される。
蓮子さんは見事に回避してるけど、陽子さんはたまにキックを受けてる。陽子さんは少しドジっ子が混じってる気がする。
「ナイスパンツ! ナイスパンツ!」
蓮子さんは写真まで撮っちゃってる。
真ちゃんもキックは止めた方がいいと思う。
「3人は放っておいて、先生、どうしてこんなことをするっスか。嫌な予感はしてたっスけど、まさか本当に手を出すなんて……」
「なんで、先生がこんなことをしてるの?」
話の流れからして、先生と男性との間に何かあったみたいだけど、どうしてこんなことになったんだろう。
何か理由があるんだと思いたい。
「なぁ、男性なんて、この世に要らないと思ないか?」
「いやいや、どうしたらそんな極論になるんスか! 飛躍し過ぎっスよ」
薫ちゃんが言うことが正しすぎて、私から言うことはない。
「……なんだよ」
日野先生の声が小さくてよく聞こえない。
耳を近づけると――
「私は、飛縁魔なんだぞ! 男から寄ってくるのが、本来のあるべき姿だろ! なーんで、私が男に言い寄らなくちゃいけないんだよ! なんで、世間は私に冷たいんだよ……だけど! 女の子って優しいよな。特に小さいのは、最高だぜ」
この世の邪悪を宿したかのような、悪鬼の顔。
あかん。
日野先生、人生の袋小路に足を踏み入れてる。
薫ちゃんとアイコンタクトして、頷く。
少しずつ日野先生から距離を取っていく。
「ひーのーせーんせーいー?」
職員室の扉が再び開かれた。
それに気づいた日野先生はゆっくりと振り返る。
「教師がこんなに騒いだら、生徒に示しがつきません!」
職員室の扉から出た手が、日野先生の首根っこを掴む。
その手は力強く、職員室へと引きずり込む、
「待って下さい、今すぐに静かにさせますから!」
「問答無用! 1番うるさいのは、あんただろ!」
日野先生はこちらに手を伸ばすが、そのまま他の教師の手によって、職員室に中に消えていった。
「先生。成仏してください」
私と薫ちゃんは手を合わせて、冥福を祈った。
「はっ! 同士、日野がやられた!」
「このままじゃ不利ね」
真ちゃんと激闘を繰り広げていた蓮子さんと陽子さんは、飛び上がるとどこかへ消えてしまった。
息を切らせて立っている真ちゃんへと駆け寄る。
「唯ちゃん、大丈夫?」
「色々あったけど、私は大丈夫かな?」
色々なものを失いはしたけど、私たちは助かったようだ。
すべてが終わったと、息を吐く。
「教室に戻るっスよ。次の授業があるし」
「そうだね。さっさと戻ろっか」
「真……ちゃんは、スパッツとか穿いたらどうっスか?」
「やっぱり、それがいいかな」
先程の出来事をなかったことにして、私たちは次の授業へ向かうことにした。