第13話 みんな集まれ 呼び名だよ
朝の予鈴5分前。
何とか自分の席にたどり着くことができた。
昨夜はぬいぐるみで遊び過ぎたみたい。これからは気を付けないと。
1つ欠伸をすると、前の席の江藤さんが振り返ってきた。
「ねー、唯ちゃん。宿題でわからないところがあるんだけど、ノート貸してくれない?」
今日はきちんと宿題をやって来ていたはず。
カバンを漁って、ノートを取り出す。
「はい、これ、宿題のノーーーーーーッと!」
「うわ、何、どうしたの?」
今の聞き間違いじゃないよね。
「さっきの、もう1度言ってみて」
「え? ノート貸してくれない?」
「その前!」
「えー、唯ちゃん、宿題で――」
「そこ!」
そう、今、江藤さん、私のことを名前で呼んだ!
破壊力が高すぎる!
今までいろんな人に「唯ちゃん」って呼ばれたけど、友達から呼ばれるの、凄く嬉しい!
「もう1度」
「唯ちゃん? って、もしかして、気安かった?」
「ううん、いい! すごくいい!」
「そ、そう?」
こうなったら、このままではいられない。
これは、蛇上さんも巻き込まないとならない。
机まで行って、蛇上さんの手を取った。
「え? なんスか? いきなりなんなんスか?」
「いいから!」
「何がいいんスか!」
蛇上さんを強引に席まで連行する。
そして、軽く手を叩く。
「格代さん、助本さん、2人ともいるんでしょ?」
呼ぶと、天井から2人が下りてくる。
「ハッ! 私たちは常に唯様のすぐ傍に」
「呼ばれて飛び出てってやつね」
ここに5人が揃った。
そろそろ、本題に入ろう。
「これからは、お互いのことを……名前で呼ぼうかと思います!」
誰も1言も喋らない。
もしかして、要求のハードルが高かったのかな。
「いいと思うよ」
江藤さんの反応が薄い。
これは他の人の反応が怖い。
「あ、あたしには、ちょっとハードルが高いっていうか、無理っス」
やっぱり、ハードルが高いよね。
人の事を名前で呼ぶのって勇気がいる。
「そんな難しいこと考えなくてもいいって、唯ちゃんも、薫ちゃんも」
「ななな、何で、あたしの名前知ってるっスか?」
「自己紹介あったじゃない」
この蛇上さんの様子だと、江藤さんと私の名前も覚えてないんじゃないかな。
「じゃあ、次は私、真ちゃん……」
何これ、思った以上に恥ずかしい。
友達の名前を呼ぶって難しい。こんなこと、慣れることはあるんだろうか。
「それに、薫ちゃん」
蛇上さんは名前を呼ばれたのが照れ臭いのか、顔を赤くして視線を逸らしてしまう。
私の顔も赤くなっているのかもしれない。
「じゃあ、次は薫ちゃん」
「くっ……覚悟を決めるしかないっスね」
薫ちゃんは顔を引き締め、覚悟を決めたかのように、目を開いた。
「真さんに……唯……さん……」
口調がドンドン弱くなっていって、最後は聞き取れないくらい小さな声になってる。
その気持ち、わかる。
今も顔から火が出るんじゃないかと思うほどに顔が熱い。
「ダメだよ、私たち、友達なんだから、ちゃん付にしよ」
江藤さんの要求は割とえぐい。
こんな要求を、近所のコンビニでチーズ買ってきてというくらい気軽に言ってくる。
「真ちゃんに……唯ちゃん……」
薫ちゃんの少し俯いて、前髪で目を隠しつつも、潤んだ黒い瞳でこちらを見上げてきた。
「「かっわいいぃー」」
つい、真ちゃんと声がハモった。
いや、これは破壊力が高い。
こんな恥ずかしそうに言われると、ぷるぷる震える小動物のような感じがする。
これは、誘ってますね。間違いない。
「唯様。私たちをスルーしないでくれませんか?」
「他の雑魚はともかく、唯様には名前を呼ばれたいわ」
2人のことをすっかり忘れてた。
「大体ですね、ジンガイ荘の自己紹介で、名前で呼んで欲しい旨は伝えたはず!」
「華麗にスルーされて結構辛かったのよ」
そんな事、あったか覚えていない。
でも、それぐらいのタイミングで2人から名前で呼んでもらっている気がする。
真ちゃんと薫ちゃんに格代さんと助本さんを知ってもらういい機会だし。
「じゃあ、蓮子さん」
「もう1度お願いします」
蓮子さんの顔をよく見ると、鼻血が出てる。
すっごい真面目な顔をしてるのに、どんどん垂れてくる。
「えっと……蓮子さん?」
「!!!」
声を上げられないまま、蓮子さんは後ろに倒れてしまった。
倒れた蓮子さんの鼻から先ほどより多くの血が流れている。
これを放っておくのは、不味いような……。
「唯様! 唯様! 次は私で!」
助本さんは息がかかるほど顔を近づけてくる。
今、耳としっぽを出していたら、もうビンビンに反応してることだろう。
「陽子さん、少し離れてもらってもいいですか?」
「はうぅ!」
今、狐耳が出た。
人前でそういうの見せたら不味いって。
「(ひそひそ)耳、耳」
陽子さんの人間の耳(?)に小さな声で伝える。
理解したのか、すぐに狐の耳は引っ込んだ。
「ふぅ……少々取り乱してしまったわ」
陽子さん、すがすがしい顔してるのに、鼻血が出てる。
もう、そういうネタは要らないんだけどなぁ。
「へぇ、蓮子に陽子っていうのか」
江藤さんはもうすでに気軽に名前を呼んでいる。
これは、友達上級者。私も見習いたい。
「何、呼び捨てにしてるわけ?」
「こうみえても先輩なんだから、敬いなさいよ」
自分で「こうみえて」って言ってる時点で自覚があるみたい。
でも、確かに呼び捨ては不味いよね。
「なら、蓮子氏、陽子氏……とか、どうっスか」
「死んでも嫌」
「最低、センスがないわね」
薫ちゃんの目が赤く輝いていく。
魔眼の力で、2人が固まってしまった。
別に、「さん」付けでいいと思うんだけど。
「蓮子先輩に、陽子先輩。これでいいじゃないんですか?」
真ちゃんの言う通り、敬ってる感じがある。
しかも、若干距離があるような言い方が馴れ馴れしくなくていいかもしれない。
2人も納得しているのか、黙ったままだ。
「じゃあ、先輩呼びでいいですよね」
「唯様は、さん付けでお願いします」
「先輩という響きも捨て難くはあるんだけどね」
これで、お互いの呼び名が決まったわけだ。
これから学校生活がより充実したものになっていくんだろうなぁ。
「ホームルーム始まるから、そこの2人は出ていきなさい」
緑のジャージを着用した、手入れの行き届いていない髪の教師が教壇に立っている。
その教師に向かって蓮子さんと陽子さんが睨みつける。
もしかして、ここからバトルへ突入とかないよね。
「もしかして、先生……飛縁魔じゃないですか?」
「この私たちに怯まないから、怪しいと思ってたのよね」
2人の言葉に教師が1歩後退る。
もしかして、この教師も妖怪だったりするのかな。
「いいから出ていって! 邪魔だから! 授業妨害よ!」
教師が語気を強めると、2人がこちらを向いた。
「それでは、唯様、これにて」
「また次の休み時間にね」
「うん。じゃあね、蓮子さん、陽子さん」
2人が素の表情に戻った――と思ったら、激しく鼻血を吹き出してきた。
そして、そのまま消えるようにどこかに行ってしまった。
鼻血の出し過ぎで消えたとか……ないよね。
「はいはい、そこも、自分の席に戻りなさい」
真ちゃんはそのまま、自分の椅子に座った。
薫ちゃんは……。
「あの2人が先生の正体に気付いたみたいっスね。厄介ごとが起こらなければいいんスけどね」
耳打ちをしてから、自分の席に戻っていった。
薫ちゃんは、教師の正体を知っていたということ?
それは、それとして、これで今日から名前で呼び合える。
ザ・青春って感じがしてきた。