第12話 みんな集まれ 悪霊退治だよ
私は今、布団の上で苦しむ助本さんの看病をしている。
助本さんの顔色は紫に近く、傍から見ても尋常ではない様子が伺える。
布団の隙間から震える手を伸ばしてきたので、そっと握ってあげた。
「格代さん、これは一体?」
「実は原因不明の体調不良で入院した一家がありまして、その調査に向かった陽子がこの様で帰ってきたのです。この様子は間違いなく同じ体調不良でしょう」
助本さん、口から泡ふてるけど、体調不良ってこんなに酷いものなのかな。
入院した人たち大丈夫なんだろうか。
「陽子が無様を晒したので、後を私たちが引き継ぐことになりました」
「私たち?」
「はい。私と唯様です」
自分を指さしてみると、格代さんがこくりと頷いた。
この体調不良の原因調査に乗り出すということなのだけど……正直、自信がない。
この前、ジョロウグモさんを助けるとき、何もできなかった。
こんな私にできることなんてあるんだろうか。
「大丈夫です。唯様とご一緒することができれば、必ず解決できます」
こちらの不安を読み取ったのか、格代さんが励ましてくれる。
それでも、自分の力を制御できない、妖力を感じられない、ただそこにいるだけしかできない私が必要なのだろうか。
つい、唇を噛んでしまう。
「今回も唯様の力をお借りします。ささ、準備いたしましょう」
何も言ってないのに、格代さんは私を立たせて、背中を押してくる。
そのまま助本さんの部屋――「妖狐の間」を追い出された。
言われるがままに、洋服を外出用のものに着替える。
薄いピンク色のシャツにカーディガンを羽織る。ブラウンの長めのスカートを履き、ベレー帽を頭に乗せた。
準備を終えて、自室から出ていく。
繁華街から外れると、そこはもう古い住宅に囲まれた寂れたわき道だった。
表と比べると別世界じゃないかと思うほどだ。
「さあ、調査を始めましょう」
腕を組んだ格代さんは私の前を歩いていく。
と、思ったら瞬間移動かと勘違いするほどの高速で、私の後ろに回り込む。そして、スカートを捲ってカメラのシャッターを切った。
「何してるんです!?」
「挨拶のようなものでございます」
「そんな挨拶、要らないから! っていうより、挨拶じゃないし!」
カメラをしまい、再び私の前に来た格代さんは、謝ることなく歩き出した。
格代さんは白いカッターシャツに、黒いズボンを身につけおり、長身も相まって男装の麗人みたい。
その後ろ姿はファッションモデルもかくやという美しさで、ちんちくりんな自分にはあまりにも眩しすぎる。
「先ずはここを調査しましょう」
格代さんは辺りの家よりもさらに古ぼけた民家の前で足を止めた。
窓にひびが入り、トタンの壁はさび付いて酷い有様で、人が住んでいないことが一目でわかる。
「ここに原因が?」
「いえ、まだわかりません。ただ、体調不良に陥った家族はこの近辺に住んでいます。原因が悪霊の類であれば、この廃墟を住処にするかと思いまして、やって来た次第」
「あれ? その家族の家が呪われている訳じゃなくて?」
「普通、人の住む家屋には悪霊は住み着きません。野生動物のように、住処からやって来ると考えた方が、正解に近いのです」
目の前の廃墟を見ると、確かに何が住んでいてもおかしくないという気持ちにさせられる。
むしろ、悪霊が住んでいるとしか思えなくなってくる。
格代さんが立て付けの悪い扉を開くと、蜘蛛の巣が張った薄汚れた廊下が見えた。
これは、絶対にいる。そう確信できた。
「確かに霊力を感じますが……何か様子がおかしいです」
険しい表情になる格代さん。だけど、その理由がいまいちわからない。
「おかしいって何が変なんですか?」
「いえ……口では説明し辛いですが、とろろ芋に例えると、とろろ芋には違いないのですが、大和芋か自然薯か判別できないと言いますか……」
本当に全然わかんない。
やっぱり、鈍感な私にはわからない話なんだ。
そんな思いで肩を落としていると、格代さんの背筋に何か、霧のようなものが――
「! 格代さん! 後ろ!」
私の声で振り向いた格代さんは、謎の霧から逃れることができた。
これは、一体何なのだろう。
「これは、ただの悪霊ではありません。唯様もお気をつけて!」
突如、黒い霧がハリネズミのように全身から針を突き出してきた。
不意を突かれたのか、格代さんの頬に一筋、血が流れた。
黒い針はすぐに霧となって、実体を失う。
こんな悪霊っているものなの?
霧の状態になった『何か』は廊下に広がっていく。
狭い廊下なので、充満するのはすぐだった。
「唯様! 口を押えてください! 霧を吸い込まれぬよう!」
格代さんの言う通り、口を塞ぎ、呼吸を浅くする。
次の瞬間、霧がまた針に変わった。
廊下に広がった霧全てが針となり、逃げ場なんてない。
幸い、針は細く、さしたる強度もないため、私の肌を傷つけることはできなかったようだ。
もし、霧を吸い込んでいたら、肺が串刺しになったのかも……。
「大丈夫ですか、唯様!」
細い針は格代さんの肌には刺さるようで、傷から血が流れる。
同時に、自分のお気に入りのベレー帽が串刺しになっていることにも気付いた。
この霧、許すまじ。
「こいつ、どうしたらいいの?」
針は再び黒い霧へと姿を変え、宙を漂う。
広い空間なら逃げ様はあるけど、すれ違うのもやっとという廊下ではどうしようもない。
吸い込めば肺が、そうでなければ皮膚を、針が貫いてしまう。
「なるほど、こいつはドイツの悪霊、ゲシュペンスト。まさか外来種とは……私が遅れを取ったわけです」
格代さんは前に使っていた備忘帖を読んでいる。
そんなことまでわかるんだ。
「これでも山神と呼ばれる大天狗の血を引いてますから、この程度はやってみせます。しかし、不味いですね。これは物理攻撃は効きそうにありません」
「何が不味いんですか?」
「実は私、直接攻撃しかできないのです。神通力とか使えますが、攻撃用ではなくてですね」
あれ? でも、前は怨霊を蹴りつけていたような……。
あ、でも、決定打にはなってなかったっけ。
「陽子がいれば、妖術で1発でしたが……あいつは肝心なところで役に立たないな!」
こんな窮地になっても、悪口を言うなんて、格代さんと助本さんって実は仲が悪いのかな。
「私も攻撃できないのかな?」
「唯様……そ、そうです! 唯様の鬼の力なら、こいつら程度何の問題もございません」
そう話していると、黒い霧が再び針になろうとしていた。
「そうはさせない!」
両手を無暗やたらと振り回す。
狙いはつけられないけど、針は壊せるはず。
目論見通り、変化した針は全て叩き折ってやった。
私の攻撃なら行けるみたい。
でも、すぐに霧に戻ってしまう。
「唯様! ゲシュペンストを1か所に集めます!」
格代さんが羽団扇を取り出し、1振りする。
風が辺りに吹き出して、徐々に空気を1点に集めていく。
まるで空気のボールのように、黒い霧は封じ込められた。
「これを潰せば!」
黒い空気のボールを手に取って、全力で握り潰した。
黒い霧は逃げ場を失い、手の中から消滅していった。
「流石は、唯様! お見事でございます!」
格代さんに褒められると、気恥ずかしくて頬をかいてしまう。
それでも、力になれたことが何よりも嬉しかった。
「見ていてお分かりになったと思いますが、私は攻撃があまり得意ではありません。ですから、どうしても唯様の力が必要だったのです」
「でも、途中まで、気が付いていなかったよね」
少し意地悪すると、格代さんは「面目ない」と笑って謝ってきた。
「じゃあ、ジンガイ荘に帰ろっか。さっき撮影したデータは壊すから、カメラ出して」
「それだけは、ご勘弁を!」
カメラを必死に守る格代さんと、笑いながらジンガイ荘へと帰っていく。
撮影されたデータはメモリごと壊しておきました。
ジンガイ荘に戻り、「妖狐の間」へ入ると、すがすがしい笑顔を浮かべた助本さんが、身体をほぐすように体操をしていた。
「あれ? 助本さん、あれ?」
もしかして、悪霊を倒したから、復調したのかな。
それなら、頑張ってきたかいがあった。
体調不良になっていた家族も救われたらいいな。
「唯様、看病ありがとね。昼に食べた稲荷寿司が傷んでいて、食あたりしたみたい。出すもの出したら、スッキリしたわ」
悪びれることなく、助本さんはそんなことを言ってくる。
直後、格代さんのボディブローが綺麗に決まっていた。
ゲシュペンストは本来ドイツの幽霊、妖怪等を指す名前みたいなものです。
本作のような特製を持った悪霊ではありませんので、ご注意ください。