第11話 みんな集まれ ゴールデンウィークだよ
私たちは机を囲んで広げられた情報誌を眺めていた。
情報誌にはこの辺りのおしゃれなショップや、有名な遊び場所が紹介されてる。
こんな本を読んでいる理由は――
「ゴールデンウィークなにする?」
5月目前。
もうすぐ春の大型連休が訪れようとしている。
こっちに来て初めての連休は、みんなと一緒に遊びたいのだけど……。
言った本人である江藤さんは机に肘をついて、つまらなさそうにページを捲っている。
何かやる気がなさそう。
「江藤さんは乗り気じゃないの?」
「いや……遊びに行くのは賛成なんだけど、どこも込み合いそうだから」
「わかるっス……この世は人間が多すぎるっスよ……もっと減ればいいのに」
うんざりしている江藤さんに、蛇上さんは呪詛を吐き出し始めた。
これはもっとやる気を出してもらわないと、みんなと遊べない。
何とかできないかな。
「ねぇ、ここなんかどうかな? 近所の動物園。地下鉄1本で行けるし、結構広いみたい」
ページを開いてみせるけど、2人ともうんざりした顔をする。
私はこの辺に住み始めたばかりだから知らないけど、現地にいた2人は楽しい場所じゃないってことを知ってるんだろうか。
「ああ、別に動物園が悪いってわけじゃないの。ただ、蛇上さんが言うように、そこはすごい混みあうのよ」
「ここらでは凄い有名な場所っスから、入場客は半端ないっス。動物を見に来たら、人間しか見えなかったってこともあるらしいっス」
そっか、情報誌に乗るほどの動物園なんだから、人が集まるのも当然か。
何かないかと情報誌をぺらりと捲ると、いい記事があることに気が付いた。
「これ、これはどうかな? 動物園の近くにある植物園。ここなら人も少なそうじゃないかな」
ページを指さすと、2人が覗き込んでくる。
そして、軽く頷い。
「植物園ね。動物園よりかずっとましかもね」
「動物園みたいに臭くないっスし……いいと思うっス」
蛇上さんって臭いのダメなのか……って、そうじゃない。
花畑を歩くぐらいなら、人混みもあんまり気にならないかもしれない。
あれ? 意外といい案だったんじゃないかな。
「よし! じゃあ、ゴールでウィークは植物園で決定!」
「日程どうしようか? 私は初日がいいと思うんだけど……」
「日本人は初日と最終日に集まるっス。できるだけ中日にした方がいいっス」
「あー、その日は家族と予定があるんだよね」
情報誌を読みながら、あーだこーだして予定を立てていく。
こうしてゴールデンウィークが近づいていく。
ゴールデンウィーク3日目。
みんなと地下鉄に揺られること、10分余り。
目的の植物園に近い駅に到着。後は徒歩数分と言ったところ。
「いやー、意外と近かったね」
江藤さんが軽く伸びをしながら言った。
江藤さんはハンチング帽をかぶっており、白い長そでのシャツに短めの黒いスカート、スニーカーという装い。スカートがズボンだったら、男の子に見えたかも。
「桜河さん、ちょっといいっスか?」
蛇上さんが耳打ちしてくる。
黒のキャップを被り、シャツの上に黒い上着を羽織り、黒い綿パン、黒のスニーカーと黒の面積が多い。白髪と白い肌が引き立てられており、とても似合っている。
2人とも、着こなしが凄い。
この2人と一緒にいると、小学生くらいに見間違われそう。
「どうしたんスか? ぼうっとして……それより、いつもの2人はどうしたんスか? また従業員に紛れてたりしないっスよね?」
「あ、それは大丈夫。手枷、足枷に鎖で拘束してきたから」
「なんか、2人の扱いが手馴れてきたっスね」
蛇上さんは深めに被った帽子の奥で脱力した顔を見せた。
どうも、格代さんと助本が苦手みたい。確かに今までの言動で好きになる要素はなかったけど……。
「じゃ、行こっか」
江藤さんを先頭に、蛇上さんと一緒に後を追う。
やはり、大型連休。普段と比べると道を行く人がかなり多い。この先には動物園もあるので、そのお客さんだと思う。植物園に近づくにつれて、加速度的に人が増えていく。
気付けば、私たちは行列の中にいた。
「あれ? 何が起こってるのかな?」
周囲を見ると、人垣に阻まれて、身動きが取れない。
「いつの間にか、並んでる!?」
「これ、ヤバいっスよ。早く抜け出した方がいいっス」
江藤さんと蛇上さんに引っ張られて、行列から抜け出す。
振り返ると、行列が入場口まで続いていることが分かった。
「これは酷いわね」
「酷いっスね」
「なんでこんなことになってるの?」
傍から見る行列は、それはもううんざりするばかりで、2度と並びたくない。
2人も同じなのか、死んだ目で行列を眺めている。
「よし、帰ろう」
「そうだよね。ここにいても、何にもならないし……」
江藤さんの後に続いて、地下鉄の駅へと向かおうとした。
「ちょっと待って欲しいっス」
蛇上さんが立ち止まって私たちを止める。
「このまま帰るのは、つまらなくないっスか? せっかくなんで、ゲーセンに寄っていくのはどうっスか?」
蛇上さんは帽子を深くかぶり俯きながらこちらを見てくる。
自分の提案に自信がないみたい。
「いいと思う。私、ゲームセンターって言ったことないし、みんなで行かない?」
「いいね。私も行ったことないし」
満場一致でゲーセンに決定。
酷い行列を背にゲーセンにへと向かった。
地下鉄で戻ってくると、蛇上さんの案内でゲームセンターへ。
外観は白い壁に意外と窓が多い。2階建てのとても大きな建物に見える。
なんか、思っていたのと違う。
もっとこじんまりしていて、薄汚れた建物に、ひっそりとしたところにあって、不良が溜まっている場所だと思ってた。
「ここ、穴場なんスよ。いつも人が少ないんで、きっと今日も空いてるっス」
自動ドアをくぐって店内へ入っていく。
店の中は清潔に保たれており、どこからかいい香りが漂ってくる。
蛇上さんの言う通り、人はまばらで混んでいる様子はない。
「ここが噂に聞く……ゲームセンター!」
まず目に入るのは、所せましと置かれたクレーンゲーム。奥を見ればビデオゲーム。
2階にはコインゲームなんかもあるらしい。
「あたしはちょっと見てきたい台があるんで、各々別行動するっス。まずは自由に見て回るのがいいっスよ」
1人去っていく蛇上さんを見送り、江藤さんと2人きりになる。
「私はあの音ゲーって言うのが気になるわ」
江藤さんが指さす先では、人が必死に画面を叩いている。一体、何をやっているんだろう。音ゲーって儀式みたいなものなの?
江藤さんはふらふらと吸い込まれるように、音ゲーの筐体へと向かっていく。
そんな彼女を見送りつつも、実は目の前にあるクレーンゲームに意識が向かっていた。
何故なら、でっかい犬のぬいぐるみが宙づりされているからだ。
「これ……取れるんじゃない?」
私の目の前にはフックの先端にちょっと引っかかっているだけのぬいぐるみ。こんなの、少し揺らせば確実に落ちるじゃない。
1回、200円。
これで取れれば大勝利じゃない?
100円硬貨を2枚、投入口に投げ入れ、操作するであろうボタンを凝視する。
こんな簡単操作なら行ける!
クレーンを動かして、フックの先端を摘まむように動かすが、クレーンは空を掴んだ。
「あれ? 意外と難しい? でも、これ、大きいぬいぐるみを直接狙えば……」
可愛らしいつぶらな瞳の犬がこちらを取ってもらいたそうに見つめてくる。
もう、200円入れてチャレンジ。
「うん? ぬいぐるみまでクレーンが下りない……」
じゃあ次、次、次……
「あー、ちょっと腕が鈍ったっスね。桜河さん、どうっス……か? って、何泣いてんスか!?」
なんだか、悲しくなってきて、いつしか涙が零れていた。
「取れない……」
「何回やったんスか?」
「15回くらい……かな?」
「さんぜっ……。あ、あたしに任せるっス。こういうのは攻略方があるんスよ」
蛇上さんは200円投入すると、ボタンでクレーンを動かしていく。
そして、あっけなく、大きな犬のぬいぐるみは落っこちていった。
蛇上さんと私の何が違うのかさっぱり理解できない。
「ど、どうぞっス。次からは、あ、あたしに言ってくれれば、なんとかしてあげるっス」
ぬいぐるみを手渡してくれると、帽子を深く抑えて目を逸らしながら言ってくれた。
「ありがとう! 蛇上さん格好良かった!」
手を取りブンブンと振ると、困った様子ではあったけど、少し笑ってみせてくれた。
だけど、話題を変えるかのように蛇上さんは辺りを見回す。
「……江藤さんはどこっスか?」
「確か、音ゲーってやつの方に行ったけど……」
音ゲーのコーナーに目をやると、画面の前で立ち止まって硬直している江藤さんが見えた。
あのゲームって、画面を叩くやつじゃ……。
「桜河さん、一緒に行くっス! 次は江藤さんを助けるっスよ!」
全く動けないでいる江藤さんへ、私たちは駆け寄った。
色々と心に傷を負ったゴールデンウィークだったけど、楽しく過ごせたので、よかったかな。
ジンガイ荘に戻ったら、みんなに自慢話をしよう。でも、クレーンゲームで大金を使ったのは、黙っておこうかな。