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第9話 みんな集まれ 日曜日だよ(後編)

あらすじ

蛇上さんが鎌田さんに絡まれてた。

 私たちは居間から台所へと逃げ込んだ。


「まさか、吐いてしまうとは思いませんでした」


 先程、鎌田さんのリバースによって居間は汚染されて、人の住むことのできない世界へと作り替えられてしまった。

 雪絵さんに連絡したので、なんとかなったんじゃないかなぁ。


「ごめんなさい、蛇上さん。こんなことになるなんて……」

「いや、気にしてないっス……。これはただの事故だったんスよ……」


 蛇上さんは前髪で目を隠しながら俯いてしまった。

 折角楽しんでもらおうと思ったのに、台無しになっちゃった。


「そういえば、いつもの2人はどうしたんスか? いないみたいっスけど……」

「あの2人は学校に呼び出されてますよ。なんでも生活態度が悪いみたいで」

「そうっスよね! なんで、もっと早くに説教されなかったんスかね!」


 蛇上さんは格代さんと助本さんが苦手みたい。

 悪い人たちじゃないけど、鬱陶しいから、仕方ないかもしれない。

 そんな話をしていると、伸びに伸び放題の黒髪に、首回りがだらしなく広がったTシャツを着たにーちゃんさんがやって来た。いつもと同じく、ヘッドフォンを装着している。


「あ、にーちゃんさん。台所に来るなんて珍しいですね」

「ん……? 冷却水が切れたから……補充に……」


 にーちゃんさんはこちらを気にすることなくやる気のない声で返事すると、冷蔵庫の中を漁り「養老ようろうの天然水」と書かれたペットボトルを取り出す。

 冷却水って、そういうのか。


「えっと、こちらの方はどなたっスか? 音楽とかやってるんスか」


 私もあまり馴染みはないけど、蛇上さんには紹介しなくてはならないだろう。


「蛇上さん、こちらはアンドロイドのMF-2さん。通称にーちゃんさんです」

「は、初めまして……っス。あたしは、蛇上……って、アンドロイド!?」


 蛇上さんの見事なノリ突っ込みにこちらがびっくりしてしまう。

 そんな変なことを言ったかな。

 蛇上さんはにーちゃんさんをじろじろと見まわしている。にーちゃんさんはされるがままに、水を飲んでいた。


「いやいや。アンドロイドとか……でも、このヘッドフォン、よく見ると繋がってるっス! これ、アンテナとかの類じゃないっスか!?」


 確かに言われてみれば、ヘッドフォンじゃない。

 今まで知らなかった。


「興味……ある?」

「はい、滅茶苦茶気になるっス!」


 思ったより蛇上さんがグイグイと迫ってくる。

 私も気になるけど……迷惑になったりしないかな。


「なら……、部屋に来て……」


 のそのそと気怠い様子で歩くにーちゃんさんの後を歩いていく。


「私もにーちゃんさんの部屋に行くのは初めてなんだよ」

「そんな事より、きっと『にーちゃん』自体に敬称がついてるっスから、さん付けは要らないと思うっス……」


 蛇上さんにそう言われて、にーちゃんさんを見ると、軽く頷いた。

 そ、そうだったんだ。


「着いた……ここ……」


 にーちゃんが止まった扉には「傀儡くぐつの間」と書かれている。これは住人がいる部屋をわかりやすくしたもので、鬼の私は「鬼の間」と命名されている。

 ガチャリと、扉が広くと、そこにはパソコンとその周辺機器、大量のケーブルが部屋中に散乱している。まさに足の踏み場がない。


「適当に座って……」


 にーちゃんはそう言うと、部屋の隅にあるディスプレイが乗った机にある椅子に腰かけた。

 そこはこの部屋の中心で、そこから手を伸ばすだけでなんでもできるように整えられている。傍から見ればただの汚い部屋だが、実は機能性に溢れている。

 何も知らない人が片付けをしようものなら、この機能性は失われることだろう。

 私たちはつま先立ちをしながら、ケーブルの隙間を進み、ディスプレイが見やすい位置に陣取った。


「蛇上さんは……」

「は、はいっス!」


 にーちゃんに声をかけられた蛇上さんは緊張のあまり、声が上ずってしまっている。


「私のこと……どこまで知ってる……?」

「アンドロイドって事しか知らないっス」


 それを聞いたにーちゃんは少し首を傾げてからディスプレイに向かうと、そこら辺に置かれていたペンタブを手に取って、画像処理ソフトを立ち上げた。

 そして、器用な手つきでペンを走らせていく。

 アンドロイドがペンタブを使って絵を描いていく姿は、なんとも言えない微妙な感じ。パソコンにケーブルとか接続して、サイバネティックスな感じにやるものだと思ってた。

 すると、画面に線が引かれ、それが集合していくと、人の姿になっていった。それは、線画とはいえすぐに男の人とわかる。


「私……絵師をやってる……。あんまり人気ないけど……」


 自信なさそうに言うにーちゃんとは裏腹に、蛇上さんは目を輝かせていた。


「も、もしかして……いや。間違っていたら申し訳ないっスけど……絵師のマルチ屋さんっスか?」


 興奮した様子で蛇上さんは身を乗り出してにーちゃんのディスプレイをのぞき込む。

 一体、どうしたのだろうか。マルチ屋?


「そう……だけど……」

「やっぱりそうだ! あたし、ファンなんっスよ! 生マルチ屋さんっスね!」


 爆上がりのテンションの蛇上さんに対して、うろたえるにーちゃん。

 2人は知り合い――って、感じでもない。


「蛇上さん、マルチ屋さんと知り合いなら、先に行って欲しかったっス!」

「え? 私も初めて知ったんですよ?」


 何がそんなに彼女を掻き立てるのかわからないが、喜んでいてくれるようなので、それはいいことだろう。


「そ、そう……なら……これとか、知ってる……?」


 にーちゃんがタブレットの上のペンを操作すると、画面が画像編集ソフトから写真……違う、CGに移り変わった。


「マジっスか! これってアップされてた奴の完成版っスね! 楽しみにしてたんスよ!」


 がしがし喰いついてくる蛇上さんににーちゃんも満更でもない様子で、次から次に画像を見せていく。

 その悉くが綺麗な男性で、とっても格好いい。仕上げも丁寧でパースがくるっていたりすることはない。プロレベルだと見ただけでわかる。


「うわー……すごいっス! 眼福っス!」

「うん、すごい上手! でも、どうしてどの絵も男の人同士が裸で抱き合っているの?」


 とても凄い絵だとわかるけど、ちょっと偏っているように感じる。

 女の子とか書かないのかな?


「それはっスね……」

「友情……男の人は裸で抱き合うのが友情の証」


 いつもにはない早口でにーちゃんが言う。こんな真剣な喋り方もするんだ……。


「じゃあさ、私たちも友情の為に裸で抱き合おうよ!」

「マジっスか……」

「……」


 あれ?

 なんか、空気が不穏なんですけど……。


「桜河さん……何というか、ちょっと違うっていうか……」

「女性は抱き合っても友情は生まれない。百合の花が咲くだけ」


 えー……何を言っているかわかんない。

 百合って何? 花が何に関係するの?


「じゃあ、女の子の友情って何?」

「それは、同じ男性の悪口を言い合うことで、初めて友情が生まれます」


 にーちゃんが淀みななくそう言う。


「やけに生々しいっスね! 実体験とかあったりするんスか?」

「いや……ただ……耳年増みみどしまなだけ……」


 耳年増ってどういうことだろう。

 雪絵さんの話だと、ずっと引きこもってたって言うし。

 私が首を傾げていると、にーちゃんが口を開いた。


「インターネット……私は情報処理が得意で……どんな情報でも引き出せる……ネットに転がっていることなら……何でも知ってる」


 ただの耳年増から一気に話が飛躍した。

 にーちゃんは説明が苦手みたい。私も得意ってわけでもないけど。


「それができるってことは、もっと有名になれるんじゃないっスか? みんなが望む絵を描き続ければ、もっと人気が出るっスよ! そしたら、閲覧数とかバンバン伸びるっス!」


 興奮する蛇上さんとは違い、にーちゃんはいつもと同じ平静のままだ。

 蛇上さんが言うことができれば、お金を稼ぐことも楽勝なんじゃないかな。


「それは……しない。私が集めた情報から絵を描けば……閲覧数は増えて……有名絵師の仲間入りもできる。でもそれは……みんなが望む絵であり……私の絵じゃない。それはきっと……私じゃなくても描ける。だから……私は……私が描きたい絵を描く……私が伝えたい物が……あるから……。蛇上みたいなファンがいるから……私は描き続けられる……」


 にーちゃんの言うことは何となく納得できる。

 人気やお金を得ることがすべてじゃないって事。

 だけど、伝えたいモノが男の人同士が裸で抱き合うことっていうのは、私にはちょっとわからない。


「マルチ屋さん、最高っス! そうっスよね。私もマルチ屋さんが描いたモノだから、好きになったっス! これからも応援します!」


 私にはよくわからないけど、何かいいことを言っているような気がする。

 蛇上さんもにーちゃんも楽しそうだからいいかな。




 「傀儡の間」と書かれた扉に耳をくっつけて、中の様子を探る人影が2つ。


「なんかいい感じにまとまって、入っていっていい雰囲気じゃないな」

「なによ……蛇上が来ることを知って、説教をぶっちぎって来たのに……」


 その後、2人が再び学校に呼ばれたのは言うまでもない。

あとがき

江藤さんのスマホに繋がらなかったのは、電池切れに気付かず放置していただからみたい。

月曜日に謝ってくれた。

着信拒否じゃなくてよかった。

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