風と炎と無感情
普通の生活・・・・長くは続かない。
「マリ?マリなのか・・・」
「・・・・久し振りね・・・・」
話したい事はあったが、警官が戻れば締めあげた二人の供述でめんどくさい事になりかねない・・・・治はこの場を去る事にした。
マリに、
「ゴメン、俺・・・面倒なの嫌だからもう帰る。俺の事は知らないって言っといて・・」
耳打ちして加速した。
「え?どうして?」
マリが横を向いた時には・・・・もうそこには誰もいなかった。
それから二日間は何事もなく過ごす治だった。
普通に会社に通い、玲子と過ごし・・・・一瞬、今までの事が幻ではないかと思えるほど静かな二日間であった。
しかし、やはり・・・・・出た。例の「アレ」である。しかも今度は人型で最初から数十体でたらしい・・・かなりの量である。警察内部にハッキングして階堂が情報を得た。今度は発現地は何故か病院のまわり・・・しかも治が運び込まれた大学病院である。高倉とのパイプは治が持っているので、治から高倉に連絡し病院の傍に集合した。
「役に立たん奴らが集まってどうする?俺以外にアレに攻撃できる能力はないんだろ。」
集まった直後に高倉が治達を見回して吠える
「やっぱりこの人嫌い!」
香奈はそう言って輪から出て行く。
「まあ待って!あんたも少しはまともにコミュニケーションとれないかなぁ・・・」
治は高倉にそう言ってなだめる
「ふん・・・とにかく、俺は片っ端から駆除していく。足を引っ張るな」
そう言って立ち去ろうとする高倉を香奈は呼びとめる。
「待ちなさい!あたし達が役に立つか立たないか見せてあげるわ!こっちに来て!」
香奈はそう言って全員を建物の中に誘導していく。どうするつもりなのか?
中に入ると前回と同じで人間も緑の人型も止まっている・・・・
まあ、どちらがどちらを襲っているかは、止まっていても一目瞭然なのだが。
化け物達が比較的あつまっている場所まできて香奈は高倉に言う
「高倉さん・・・炎の壁みたいなもの、作れるんでしょ?それって周りも燃えちゃうの?」
「それは自分の意思でコントロール出来る。それがどうした?」
「じゃあ、そっちの階段の前に炎の壁作って待ってて。」
腑に落ちない顔をしながらも高倉は両手を上げて力んだ。
「んん・・・」
ボウワーッ!!ボボーウ!!
階段の踊り場の前が一気に大きな炎に包まれる。
それをみた香奈のまわりに風が吹き始める。どうやら能力を使うつもりのようだが・・・
たしか、前回は香奈が切断すればするほど化け物は数を増やし、しかも加速状態でも活動し始めた筈・・・・
「だめだ!!香奈ちゃん!やめろ!」
治の声もむなしく香奈は両手からカマイタチを発動していた。
”ザクッ!ザクザクッ!”
近くにいた化け物3体はあっという間に切断されていく・・・そしてさらに香奈は両手で4本のカマイタチを発動!!
全部が活動を開始する前にさらに細切れに切断していく。
「頃あいね!」
そういうと香奈は両手を前にだし目を閉じる・・・・・・
化け物が切断されてから活動を開始するまでに何秒かのタイムラグが発生する。
香奈はそのタイムラグを利用して細かく切り裂いた化け物をさらに風の力で・・・小さな竜巻を起こし、高倉の炎に向けて吹き飛ばす。
”ボウッボウッボウッ!”
一瞬にして跡形もなく消えていく。
同じ要領でどんどん化け物退治していく香奈
「・・・・すごい・・・風と炎の相性っていいんだな・・・」
たしかに高倉の炎でしか燃えない化け物だが、香奈の風の力によって爆発的に効率が上がっている。能力者同士がこうして共闘する形が、アース達が本当に望んだ事なのではないだろうか・・
自らはなにも出来ない治はひたすら二人の能力に魅入っていた・・・・・
『アース!!聞こえるか?』
一通り化け物の駆除が終わり、アースに呼びかける。
『なんだ?』
『今回も記憶操作、出来るのか?』
『今やっている!この人数なら俺だけで十分だろう・・・用はそれだけか?』
『・・・ああ、判った。加速を解くのはそれが終わってからにしよう。』
『ただし・・・今回は死者が病院の職員にまで出ている。何かしらの事故に見せかける為にも大きな細工が必要だ・・・爆弾テロが起きてロビーで爆発が起きた事にする。全員二階に移動してくれ。』
『そんな・・・・だめだ!ロビーにはたくさんの人間がいる!爆発なんかおきたら死者が増えてしまう。』
『安心しろ、だれも殺さない・・・ただ爆発騒ぎだから軽傷者は多数いたほうがいいだろう。』
『なんか納得できない気がするが・・・仕方ないんだろうな・・・』
そう言った矢先に床下から振動と、バーンッという大きな破裂音が聞こえてきた。
床下の振動が鳴り終わる頃、三人が集まってきた。
「なんの音だ?!」
「どうしたの?新手?」
「・・・・柴田さん?」
「ああ、何でもない、神の仕業だ。記憶操作して化け物の記憶を消して、爆弾テロに見せかけてロビーを爆破して死んだ人間の辻褄合わせをするらしい・・・」
「何?!爆発が起きれば他にも被害者が出るんじゃないのか?!」
高倉は治の胸倉を掴み上げそう迫る。
「ああ、死者は出さずに、軽傷者を何人か出すって言ってた。」
治は極めて冷静に事態の説明をした。高倉は驚いたような顔をして治を解放したが・・・
「驚いたな・・・」
「・・・なにがだ、神の力の事がか?」
「いや・・・お前、自分でも気がついていないようだが・・・変わったな・・・」
「何のことだ?!まだなにか難癖つけるつもりか?」
憤慨した治が高倉に詰め寄る。が、階堂が止める。
「柴田さん、やめましょう・・・とりあえず加速を解いて、ロビーのけが人の手当てをしましょう。」
「ふん・・・仲間に尋ねてみるといい、俺がいった事を・・・」
高倉はそのまま去り、残った三人は爆発に巻き込まれて火傷を負った人間を通路に運んで行った。医師も看護師も、まるで戦場のような騒ぎになっている。しばらく救助活動をしていると病院の人間も治達に気づき始める。
「ありがとう!君たちのお陰で大きな混乱が起きずにすんだ。・・・あなたは!?」
みれば汗だくになって治達に話しかけてきた医師は、なんと治の主治医だった。
「ああ、先生!その節はお世話になりました。先生は?お怪我はないんですか?」
「大丈夫です。たまたま上の階にいましたから。柴田さんは・・・やっぱり火傷もすぐに治った・・・なんてことはないですよね?」
恐る恐る治に尋ねるが、服がまったく無傷な事を確認してほっとしたようである。
その後、香奈や階堂とも挨拶を交わして医師は患者の元に走り去っていった。
「ねえ・・・香奈ちゃん、さっき高倉が言ってた事って・・・」
治に質問された香奈は、なんだか答えにくい、とでもいうような顔で黙っている。
「私は・・・なんとなくわかる気がしますよ・・・」
代わりに階堂が応える。
「あれってどういう意味なんですか?」
「高倉が言いたかったのは・・・・柴田さんってもともと熱くなるタイプじゃないですか、それが、簡単に『死者の辻褄合わせ』なんて言ったもんだから、私たちも驚きましたから・・・」
「・・・・えっと・・・・・?」
「それが判らない程、柴田さんが人の死について慣れてしまった・・・・という事でしょうか」
それでも階堂がいってる意味がわからない治である。
「あの・・・・」
香奈が治を見ていった。
「人が死んだ事に対してのリアクションが最初に比べて薄くなってる気がするんです。」
ショックだった、言われて見ればその通りだ。先程の化け物に食われた人間の死について、治は何の感想も悲哀も感じていなかった。考えてみればえらい変わり様である・・・・
「・・・あまり気にしないほうがいいと思いますよ・・・これからもこんな事が続くかもしれませんしね・・・」
階堂に言われると慰められている・・・というより落ち込みをさらに弄られているようでますます気分が滅入ってしまう・・・・
「慣れ・・・・かぁ・・・・」
本当に、こんな事が続けば、どんどん人間らしさが失われていくんじゃないだろうか?
治はそうおもい・・・・さらに落ち込んだ。
自分自身が変っていた事に気づいた時、だれが正義で誰が悪なのか・・・・判らなくなる治である。