刺客
玲子にあらぬ疑いを持たれてしまった治!!
なんと説明すればいいのやら・・・・
『どうしよう・・・・』
治は困りはてていた。同じ能力者である香奈とフォルクスで食事をして情報交換した。その直後にあろうことか、玲子に見られていた。どこから見ていたかが判らない以上、下手ないい訳は問題外・・・・・かといって、自分が地球の救世主である!などという突拍子もない事を、玲子が黙って聞いてくれるとは思えない・・・・・・・八方塞がりである。
せっかく出来た恋人と、こんな誤解が元でぎくしゃくしてしまうのは堪らない。
「ハァ・・・・どうしよう。」
『助けてやろうか・・・・』
神の声・・・・・・しかし宗教にたいして理解もなく神の存在を認めた事もなかった治が、毎度毎度『神様』と呼ぶのは面白くない。
『なあ・・・・助けてくれるって?どうやって・・・・ていうか、あんた名前ないの?』
『名?名を知ってそうする?』
『毎回、あんた!とか神様とか呼びにくいんだよ。名前があるなら教えてくれ!』
『お前は・・・・本当につまらない事に意識がいく人間だな・・・』
『ほっとけよ!!名前!!ないのかよ?』
『ある!と言えばある。しかしお前の言語では発音できないのではないか?』
『何だっていいよ!なんて言うんだよ?』
『☆▽→※※』
『ハァ?・・・・全然理解できねー。』
『だから無理だといっただろう。ところで・・・先ほどの例の女性との事どうにかしないとまずい事になるのではないのか?』
『あ、そうだ・・・どうやって助けてくれるんだ?』
『今回だけだぞ・・・・・・時間を限定して記憶を消してやろうか?』
そんな事が出来るのだろうか?いや、この際気にしない事にした。出来るというなら出来るのだろう。
『どこからどこまで消せるんだよ・・・』
『ここ2時間ほどでいいのか?』
『変な事になったら困るから・・・彼女が家に帰ってからにしてくれないか?』
『もう着いたようだが?』
『そんな事まで判るのか?!あんた・・・すげえな・・・やっぱり、じゃあ消してくれ!』
『うむ・・・・』
3分ほどしてから、神から声をかけられる。
『もう大丈夫だ・・・・記憶の辻褄を合せるのに手間取ったが、恐らく問題はない。』
『あ、ありがとう』
『めずらしいな・・・お前は礼節など気にもとめない人間だと思っていたが・・・』
『へん・・・助かったからな・・・』
『・・・名の事だがな・・・アース・・・と呼べばいい。』
『ベタな名前だな・・・・地球ってそのままじゃねえか。』
『そのままの意味なのだから仕方ないだろう。』
『まあ、いいや。とにかく助かったよアース!じゃあ俺は彼女の部屋に帰るから!』
『・・・・能力発動のトレーニングだけは忘れるなよ!』
『判ってる。』
本当に記憶を操作出来ているんだろうか・・・・不安に駆られながら、玲子のマンションに向かう治である。
「こんばんは・・・」
「お帰り♪・・・飲みにいったのに、早かったね♪」
「あ、うん!早く玲子に逢いたくて・・・・」
「本当♪・・・・」
「本当だよ!!」
俗にいう『馬鹿ップル』の会話である。それから風呂に入り、いつものように加速で玲子の裸を拝みながら寿命をすり減らす・・・・・欲望の権化と化した治なのである。
腕枕に玲子の華奢な頭を乗せて、まだ眠りこける前の玲子に話しかける。
「ねえ、玲子?」
「・・・うん?」
「俺が・・・・普通の男じゃなかったら・・・嫌いになる?」
「・・・・・なんで?」
「・・・なんででも・・・」
「嫌いになんかならないよ?・・・だって治ちゃんはあたしにとって元々普通じゃないもの。」
「どういう意味?」
「この年まで独身で、彼氏も何年もいなくって・・・なんか意地になってたのかなぁ・・・いつか白馬にのった王子様が来るって・・・・ずっと思ってた。それが治ちゃんなんだって・・・始めて逢った時に解ったの♪」
「ああ、ヤクザまがいの事務所で暴れた時?」
「ううん!!その前・・・給湯室で見かけたとき・・・」
「あの時なの?!なんで?」
「判らない・・・でも・・・この人なんだって・・・心が感じたの。」
「そうかぁ・・・・」
「治ちゃんは?」
「俺は・・・・極々普通の・・・・」
「普通なの?!!」
いきなり上半身を起こして抗議の目を向ける玲子
「・・・・最後まで聞いて!・・・普通の・・・一目ぼれ!!♪」
「うふ♪・・・それなら許してあげる。」
その時、こめかみから眉間にかけて鋭い痛みが走る・・・キーン・・キーン・・キーン・キーン
「もうお休み・・・玲子・・・愛してるよ。」
「うん・・・あたしも・・・お・・や・す・・・」
ぐっすり眠ったようである。耳鳴りのような感覚は続いている。慌てて服を着てアースを呼ぶ!
『来たんだろ?!』
『ああ、そのようだ・・・』
『何人来たんだ?』
『・・・・・・一人しか感じる事は出来んな・・・』
『一人か・・・すぐ近くなのか?』
『もうこの建物の傍にいる。100m程の距離で止まっているようだ。』
『判った。』
玄関からそーっと出て、治は加速して出た。方向は何となく感知できたので一直線にそちらに向かう。
「止まって下さい!!」
見れば、そこにはどう見ても小学生・・・5〜6年だろうか・・・男の子が立っていた。
『ウソだろ?!』
「君・・・・能力者なんだよな・・・」
「はい。あなたがイレギュラーですね。」
「ああ、柴田治だ。君は?」
「・・・・・・」
「君は『Allends』のメンバーなのかい?」
「はい、一応はそうです。」
屈託ない表情で、淡々と喋るその子は少し・・・・うすら恐ろしい印象がある。
「じゃあ、質問させてくれ・・・君は、組織として今日来たのかい?」
「いいえ。ただ、イレギュラー・・・特別な存在のあなたが、組織とは違う目的で救世主になるって聞いたので・・・どんな考え方の人なんだろうって、会いに来ました。」
「・・・・君は・・・この世界が壊れてしまっても平気なのかい?」
「もう・・・・壊れてます・・・・立て直しようがないほどに・・・」
「君のおとうさんや、お母さんもいなくなってしまうんだよ?いいの?」
「・・・・正義に犠牲は付きものですから・・・・仕方ないと思ってます。」
「俺はそうは思わない。何かをなす時に、他の何かを犠牲にする。よくある事だと思う。でも・・・大切な人を犠牲にしないと出来ない理想なんて・・・正義じゃないと思う。」
「じゃあ・・・柴田さんは・・・柴田さんの正義の定義はなんですか?」
「なにもかもさ、なにもかもひっくるめて全部助けなきゃ、意味がない。俺たちは救世主だろ?」
「それは偽善です・・・」
「偽善でもなんでもいいんだ。俺達を選んだのは人間じゃない存在だけど、俺達は人間だ。彼らは彼らのルールで解決しなかったから、俺達を執行者に選んだんだ・・・だから、俺は人間らしくあがくほうを選ぶ。それがおれの正義の定義だ。」
「・・・・判りました。今日はもう帰ります。あなたに会えて良かった。」
「ああ、俺もだ。」
「でも、次に会ったら・・・・殺さなくちゃならないです。」
そう言うと・・・少年は近くに止まっていたトラックに視線をやった。
・・・・・・すーっと、音もせず、トラックは1メートル程浮き上がる。少年が瞬きして指をパチンっと鳴らすと・・・・ドンっとトラックは落下した。
「僕の名前は・・・・優斗・・・・重力マスターの優斗です。じゃあ・・・さようなら。」
そう言うと優斗は自ら浮き上がって背を向けて反対方向に進んでいった。
まるで空中を滑るように・・・・
治はマンションに入ってから加速を解いた。はやく力を使いこなせるようにならなければ、次に本気で組織がやってきた時に抵抗すらできないかもしれない。
守るべきものの寝顔をみながらそう考える治だった。
こんな子供までも巻き込んで、それでも全てを破壊する!という『Allens』・・・・
正義とはなにか?優斗に聞かれて初めて考えた治なのだった。




