1 異世界転生
「いつまでゲームをしているのよ! 宿題はすんだの?」
おかんが、ノックもせずに俺の部屋の戸を蹴り開けた。
左のこめかみには、トレードマークの絆創膏。
そして右のこめかみには、これまたトレードマークの怒りの血管。
そんでもって手には頑丈そうなフライパンだ。
もしRPGの世界で『おかん』とパーティを組んでも、前線でそこそこ戦えそうな気がする。まぁ、俺が操作したらの話だがな。
「あと30分でやめるよ」と溜息り交じりで返した。
おかんは凄い剣幕。
「はぁ? 何を言っているんだ? 今すぐやめろ! そして机に座れ。そんで持って鉛筆を手に取って勉強をしろ!」
「勉強、勉強、って勉強してどうなるんだ?」
「勉強して、いい成績を取ったら就職に有利じゃない? 就職して出世したくないの? エリートになりたいでしょ?」
「エリートって究極社畜マスターのことだろ? そんでもって出世コースってエンドレスマゾコースのことじゃないか。絶対に嫌だ。俺はゲームを極めてEスポーツの世界で活躍すると決めているんだ! だからこれは俺にとって、修行と同じなんだ!」
「はぁ? 何が修行なのよ? ただ遊んでいるだけじゃないの?」
「違うよ。今、話題になっているだろ? ユーチューバーとか、インターネットで音楽を配信して成功したら、億万長者になれるんだよ! そうしたら親孝行もできるじゃないか!」
「あれは一部の運があった人よ。あんたのような凡人には無理! 分かったらさっさと机に座る!」
おかんはゲーム機の電源を指で押した。
途端、ノーダメでラスボス直前まで行っていた俺のデータは、プチっという寂しい音とともにすべて崩れ去った。
何度もリトライして、やっとの思いでここまでの高タイムをたたき出したのに。
それを自撮りしていたのだ。ネット配信するつもりだった。それを見たeスポーツ関連の企業の人が俺をスカウトすると信じて。
「どうしてくれるんだよ! これは神プレイといって、その辺の雑魚プレーヤーには絶対にマネできないスーパープレイなんだぞ。どうしてくれるんだよ! おかんのバカ!」
「バカはあんたでしょ」
おかんに思いっきりひっぱたかれた。
俺はあまりの悔しさに、部屋を飛び出した。
「あ、待ちなさい! 康太!」
家の戸を出た途端。
俺は大型トラックに弾かれて、死んでしまいました。
*
「ごめんね。康太……」
こ、これは?
開かれた俺の目の前には、喪服姿の親戚やクラスメートがいる。
「康太くん。なんで死んじゃったのよ?」
あ、クラスで一番美人の麗香ちゃん。
「やっほー!」
「どうして死んだの!? 答えてよ!」
って、あれれ? 俺、死んだの?
なんかね、トラックの光を見たまでは覚えているんだ。
その後、プチっといったみたいね。
麗香ちゃん、ごめん。
彼女はとても友達思いで優しい女の子だった。クラスに休んでいる子がいると心配して涙まで流していた。なぜかその子に忘れ物を届ける役は、頑なに拒んでいたけど。
だけど、俺の中で彼女は点数が高い。
いつか告白しようと思っていたのに、ごめんよ。
麗香ちゃんは「なんで死んだのよ!」と言いながら、こっそり目薬を目にさした。そして「なんで行っちゃったの」と号泣。
「……あのさ」
俺の肩がトントンと叩かれた。
振り返ると、俺の方を両サイドにクルクルロールの髪型をした女子が見ている。
「あんた、だれ?」
「死神」
「そうなの? 見えないけど。死神って、もっとしんみりした格好をしていない? 少なくとも俺がやったことがあるゲームではそんな感じが多かったよ」
「あんた、ヴェネザードクエストって知っている?」
「もち。あれなら目をつむってもクリアできるぜ」
「良かった。あのさ、ヴェネザードクエストの世界を救ってくれない?」
「マジか? これ、異世界転生ってやつ? そんでもって、俺、リアルタイムでスカウトされている?」
「まぁ、そんな感じ。勇者と賢者と戦士まではいいのが見つかったんだけさ、残りひとりがどうしても見つからなくてね」
「最後のひとりって、僧侶??」
「違うよ。僧侶なしでクリアしたいんだ」
王道のパーティ構成ではないようだな。
じゃぁ武道家か商人、はたまた盗賊、それともギャンブラー??
どれが来ても、俺なら余裕でクリアできる。
「任しとけ!」
「やった! じゃぁ、これに契約書にサインして」
死神から紙切れを受け取った。
それには英語ともフランス語とも分からない、虫の這ったような文字で書かれてあった。
「ええと?」
「日本語で大丈夫よ」
これで今世ともおさらばか。
いろいろあったな。
でも、みんなのおかげで楽しかったよ。
そんな気持ちからか、チラリと葬式の様子をうかがった。
クラスメートがボソボソ話している。
「ダリーな。そろそろ帰ってもいいかな?」「もうちょっとだけ我慢しろよ。今、世間を騒がしている過失運転の番組の取材がやってくるぞ。テレビ映りたいだろ?」「超出てぇ!」「しまった。目薬買っておくんだった。お前、目薬持っているか?」「弁当に入れてあった玉ねぎならあるぜ。俺、玉ねぎ食えねぇから」「それ、貸してくれ」
……。
こんな世界に未練はない。
「分かったぜ。死神さん。俺がすべて解決してやるぜ」
サラサラとサインした。
そのまま俺は、深い眠りへついた。