無いなら成れ
「この勝負、チルドレン教会所属、リル・スプリテトの勝利だぁぁぁ!」
湧き上がる歓声。笑うリル。
「…エドは、ユニークスキル使えるのか?」
「おう。使えるぜ。つーか、武器をもって1年くらいしたらほとんどのやつが使えるぜ?」
「え。1年でできるのか?」
「まあ、素質ある奴はもっと早えけど。お前も案外すぐに使えたりしてな。」
棒を指差しながら、エドガーは笑った。
「っテルム君!」
突然、誰かに肩を掴まれる。振り向くと、リルがいた。
さっきまで下にいたよな?いつの間にきたんだ⁈
「…リル。お疲れ。すごかったよ。」
「うん、ありがとう…あの、大丈夫だった?」
肩を掴んだまま、問われる。ちょっと顔が怖いんですが。
「大丈夫って、何が?」
「教会長!怒られなかった?何もされなかった?」
「いや、何も。武器貰っただけだから。」
「へ?武器?教会長から?」
「ん。ほら、これ。」
ぽかんとしているに、棒を渡す。
「え、これが?木の棒に見えるんだけど……」
俺も木の棒に見えます。
「……あれ、でもこの棒どこかで見たような?」
「え、リルも?」
「私も…って?」
「いや、エドも見たことあるっていうから。」
そこで初めてリルはエドガーに視線を向けた。
「わ、エドガーいたんだね。久しぶり。」
「おー、久しぶり。てか、いたんだねってひどくね?ずっといたかんな?」
「あはは、ごめん。」
「リルとエドは知り合い?」
「うん。グローリー教会にはよく来るし。たまに対戦もするよね。」
「まーなー。俺は1回も勝ったことねーんだけどな。こいつ、ほんと強すぎ。何やっても勝てなくてさ。ま、いつか絶対勝つけどな!」
にやりと笑うエドガー。
「楽しみにしてるね。」
挑発するように笑うリル。
「…2人とも仲良いんだな。」
「よく同じ任務になるし、年同じだしなー。」
なーと、顔を合わせる2人を少し羨ましく思った。仲が良くて、対戦できるほどに強くて、俺には少し眩しく思えた。
「よし、とりあえずはテルム君の武器使ってみようよ。話してるよりは使った方が、使い方も覚えられるしね。」
「お、いいなそれ!テルムの武器、どんななのか楽しみだわ!」
「ついてくる気満々かよ。」
「おう!ここまできたら気になるじゃんか。」
すっかり馴染んだエドガーを引き連れ、訓練所へと向かう。
訓練所。フィールドはたくさんの木が生い茂った広い森。心地よい風が吹いて、髪を揺する。
「森か。これ、海とか川にも出来たりすんの?」
「できるよ。天候、場所、気温、基本的には自由自在。やりたい設定ができない時は、申請すれば作ってくれたりするし、すごく便利。」
「どうなってんのか不思議だよなー。なんなら、テルムの行きたいとこにするかー?気分上がるだろ。」
「行きたいとこ…」
「おー。なんかねーの?」
「……海。」
「海?海がいいのか?いいけど、慣れねえと砂で走りにくいぞ?」
「いや、行ったことなかったから。見てみたいなって。」
「海、行ったことないの?」
「ああ。俺がいたのは山の方だし。あまり村から出なかったからな。」
山にある村で母さんと2人でいたから、海には行ったことがなかった。近くに川とか湖はあったから、夏にわざわざ遠い海に出かけるほど困ったわけでもない。ただ、友達から見せてもらった海の写真はすごく綺麗で、青くて、魚が自由に泳いでいて、見たいと思った。母さんも海には行ったことがないらしい。いつか2人で行ってみたいねって話したのは記憶にある。もう、叶わないけど。
少しだけ俯く。
「じゃあ、今度行こうぜ!本物の海!リルも行くだろ?」
エドに肩を組まれる。突然の衝撃に顔を上げる。リルが微笑んだ。
「行こうかな。すごく楽しそう。」
「約束だかんなー!…っと、海の話は置いといて。とりあえず森のままでいいよな?武器、試そうぜ?」
ニヤリと笑うエドガーに頷き、棒を構える。真っ直ぐ伸びた棒は1mくらいの長さで何もついていない。本当にただの棒である。
「何回見てもただの棒だよな?本当に戦えんのかよ。」
「分かんねぇ。けど、教会長がくれたし…」
なにより、父さんの武器だから。父さんの仕事を知らなかったから、使い方も何もかも知らないけど、使いたいと思った。物心がつくころにはいなくなっていた父さんを、この棒を通して知りたい。だから。
「この棒、父さんが使ってたんだ。」
「え?」
「教会長が言ってた。多分、本当。父さんはこの棒で戦ったんだ。だから、俺もこの棒で戦いたい。」
俺の言葉を聞いたリルが少し俯いた。少し間があって、上げられた顔は引き締まっていた。唇を引き結び、瞳には意志が宿っている。
「……そっか。じゃあたくさん練習しようよ!」
「そうだな。練習して使いこなしてやろうぜ!テルムの父さんも驚くぐらいにさ!」
エドガーが俺の隣に立って、笑った。
「よし、そうと決まれば、まずは慣れるところからだな!はい、武器を構えてー?」
どーん!とエドガーが言うと同時に目の前に何かが現れた。
「……りんご?」
目の前にあるのはどう見てもりんごである。腰くらいの大きさの丸いりんごだ。
りんごは少し揺れると、にょきと黒い腕を出した。次に黒い足を出すと、そのまま立ち上がる。
「え?」
身体らしきりんごをゆらゆら揺すりながら、りんごのヘタが盛り上がる。出てきたのは顔。
黒く、大きく、立派な勇ましい顔だ。
「ゴリラ⁈」
ゴリラである。頭の上に並ぶ数字は2。りんゴリラLV.2と書かれている。
りんゴリラは目をパチクリとさせると、こちらを見て吠えた。
ウォォォッ!
風が吹き、木が揺れ、葉が落ちる。
「俺の知ってるゴリラと違う!」
見たことないけど!本で見たゴリラと違いすぎる。まず、ゴリラの身体はりんごじゃない!
「はははっ!そりゃ、本物のゴリラとは違うって。こっちはりんゴリラ。フルーツアニマルシリーズって呼ばれる奴らの1種類。ほら、よそ見するなって、来てるぞ!」
心底愉快な笑い声を響かせるエドガー。
前を見ると、突進してくるりんゴリラがいる。
指示を仰ごうと振り返ると、後ろには誰もいない。いつのまにかエドガーとリルは左右別の木の上に移動していた。
「は、はあぁっ⁈なんでお前ら木の上にいるんだよ!うわぁぁ、来るっ!」
りんゴリラは赤いその身体をぶつけるためだけに加速する。ぐんぐんとスピードは上がり、距離が近くなってくる。
ああもう、どうにでもなれ!
右手に持っていた棒を前に出して、両手で握る。腰を少し落として、りんゴリラが来るのを待つ。近づく度に、棒を握る手に力がこもる。
あと2m…1m!今だ!
棒を振り上げ落とす。
棒はりんゴリラの頭に当たる。
しかし、ただの棒である。ただの棒が絶大な効果を持つはずもなく。弾かれた。りんゴリラはテルムの身体に激突する。
衝撃で身体が飛び、後ろの木にぶつかる。ドサッと音を立てて身体が地面に落ちる。
背中がじんじんと痛む。動けない。
りんゴリラが再びこっちへ突進してくる。身体が飛ばされたとは言え、背後に木があったため距離は短い。りんゴリラの走る振動が伝わる。
近づいて近づいて、そんなに大きくなかったはずなのに、りんゴリラの身体が自分より大きなものに見える。
また、ぶつかる。
思わず目を瞑る。しかし、衝撃が届くことはなかった。目を開けると、視界が上がっていた。地面についてたはずをの足が風によって持ち上げられている。身体は宙を舞い、木の上に乗った。
「テルムくん、落ち着いて。」
「リル。」
俺がぶつかった木はリルが乗っていた木だった。
りんゴリラは突進してきた勢いのまま、木にぶつかる。木が大きく揺れた。
「テルムくん、りんゴリラはね力こそ強いけど本当は弱いの。見て、頭の上。」
リルの指挿す先にはりんゴリラの頭。その上に枝が刺さっていた。
「あの枝を折るか切って。そうしたら、りんゴリラは止まるから。頭も体も攻撃しなくていいの。枝を折ることだけに集中してみて。あともう1つ、りんゴリラは一度走ったら中々止まれないの。方向転換もできないくらい。」
リルに背中をポンと押される。
「…分かった。やってみる。」
揺れる木から飛び降り、着地と同時に駆けだす。りんゴリラが気づき、追いかけてくる。今武器を持ったばかりの人間と、りんゴリラ。どちらが早いかなんて決まっている。
だから!
追いつかれるギリギリで曲がる。りんゴリラは曲がることができず、そのまままっすぐ走り木に激突する。
走っているりんゴリラは方向転換が苦手!
「よっしゃ!」
「ナイス!」
木の上のエドガーから声がかかる。
りんゴリラが起き上がり、また走り出す。逃げて、曲がって、逃げて、曲がって、繰り返し走り続ける。疲れたのかりんゴリラのスピードが少しずつ落ちてくる。
次で決める。
もう、背中の痛みなんて感じない。
木を曲がり、少しの距離を保つ。曲がりきれず走るりんゴリラは俺を越して、また木へと突進する。それを追いかけて、走る。地面を蹴って、棒を握り、りんゴリラの枝を目指して。追いつき、りんゴリラの隣を疾走する。斜面が加速を助けてくれる。
リルが頭に浮かんだ。綺麗な一振りの剣を持って舞うリルが。
枝を切るのは俺の棒。俺の武器。俺の剣。
頭に枝を切る剣をイメージし、棒をあげ、下ろした。
棒が下され、枝に触れる。その瞬間、棒が光り輝き形を変えた。1mの棒が少し縮み、太かった棒は細く長く、変形する。先から次第に色が、否、物質が変わる。銀色に輝く硬い金属に変わっていく。変形した"それ”はもう棒ではない。装飾された持ち手。伸びた刃が光に反射する。
棒は剣になった。1振りの綺麗な剣に形を変えたのだ。
触れた剣の切っ先が傷をつけ、枝を切る。
スパッと切れた枝はポトリと落ちる。枝を落とされたりんゴリラは体力が無くなったかのように、動きが止まる。そのまま消えた。
消えたりんゴリラを見ながらテルムは走り続ける。止まれないのだ。りんゴリラの枝を切ったのは斜面。しかもそこそこ急な斜面である。
「ちょっ、止まらねぇ!」
足がもつれて、転びそうになる。
腰を誰かに掴まれた。そのまま身体が宙を飛び、木に乗る。
「大丈夫か?」
助けてくれたのはエドガーだった。
「…エド。助かった、ありがとな…」
死ぬかと思いました。
「ほら、こっちだ。戻るぞ。」
エドガーは木から木へと飛び乗り、テルムへ手を指し出した。その手を取り、木から木へと移動していく。
木の上を移動し平らな地面に下りて、ようやくまともに息ができた木がする。
「テルムくん、背中大丈夫?木にぶつけてたけど。」
「痛い。すげー、痛い。」
先程まで忘れていた痛みが戻ってくる。
「あー。あいつ強いなー。俺もよくぶっ飛ばされたわー。」
「なんで、テルムくんの練習相手に選んだの?もうちょっと弱い子いたでしょ。」
「んー?いや、簡単に倒せたらそれまでだろ。危なくなったらその棒…いや、剣?が力見せてくれんじゃねーかって思ったんだよ。」
剣と言われて、思い出す。この剣は、棒だ。棒が変化した剣なのだ。刃の表面を指でなぞる。
冷たい金属、なめらかな表面、されど切っ先は鋭く尖っていて、どんなものでも貫けそうだ。
「…棒、だったよな?」
「うん。棒だったよ。今は、剣だけど…なんで変わったんだろ?」
「さあ…でも、枝を折る時に剣をイメージして、棒を振り下ろした。そしたら剣になって…イメージしたから、剣になった?あっ」
剣が光り、形を変えていく。光が消えた時、手には棒が収まっていた。
「お、戻った。…なあ、それさ。剣以外にもなれんじゃねー?」
「は?剣以外?」
予想してなかった意見に、エドガーと棒を交互に見る。
「だってさー、剣をイメージしたら剣になったんだろ?じゃあ他の武器イメージしたら、他の武器にもなるんじゃね。」
「「武器を…イメージ…」」
リルと声が重なる。
「いろんな武器に…あ!…あぁぁ」
続いて発せられた言葉はリル1人の声である。
どうしたとリルの方を見ると、そこには何とも言えない顔があった。慌てているような、嬉しいような、驚いてるような、困っているような。様々な感情が詰まっている顔があった。
「あの、あの!聞きたいんだけど、テルムくん!お父さんの名前分かる⁈」
肩を思い切り掴まれ、揺さぶられる。
「うお、ちょ、落ち着けよ。…父さんの名前はハヤミだ。ハヤミ・ミラー。」
名前は知っている。逆に言えば、父さんの名前以外はほとんど知らなかったが。
「やっぱり…なんで、気づかなかったんだろう…」
リルが頭を抱え、エドガーが興奮気味に語りかけてくる。
「待て、お前が、あのハヤミの子供…?マジかよ……すっげぇぇぇ!」
「は?」
「テルム!お前、すげえな!ハヤミって、教会ん中じゃ、すごい有名人だぞ!」
目を輝かせ近寄ってくるエドガーから少し離れつつ、2人に聞く。
「父さんって、もしかしてすごい人…?」
「「すっごい人!!」」
声を揃える2人に気圧され、少し後退りする。
「あのな!ハヤミって教会の伝説だぞ!数多の武器を従えて持ちうる力は万人も及ばず。って、教会にいたら誰もが1回は聞くんだよ!」
「そんな話が語り継がれる程、強くて人望が厚い人。…まさか、その棒がハヤミさんの武器だなんて…思わなかったな。」
リルの指差す棒は、先程と全く変わらずただの棒で、伝説と言われた人の武器にしては、味気なく感じる。
少しの間、棒を見つめて、気づいた。
「あ。数多の武器って、これ?」
「…そうかも。もし、その棒が剣以外にも姿を変えれるなら……数多の武器は、きっと、姿を変えた棒なんだ。ハヤミさんの使っていた武器は本当は1つだけ…その棒がハヤミさんの、武器。」
「じゃあ、テルムがこれ使えば、めっちゃ強いじゃーか!」
「…多分、すごく強くなれる。でも、簡単じゃないと思う。その武器をイメージして作り出して、さらに使えなきゃいけないから。さっきは、剣だからまだ扱えてたけど、動きもブレてたし力の入れ方もダメだった。練習と知識も必要。」
「イメージするだけじゃなくて、使えないといけない…」
イメージして武器を作り出して、知識と練習をもって、ようやくこの武器の真価は分かる。教会長は言っていた。
「名前がないから、何にもなれず形もない。故に、何にでもなれる。」
言葉の意味が分かった。
名前のない武器。ただの棒。この棒を武器にしたのは父さんだ。
父さんの伝説の裏には、どれほどの練習があっただろう。どんな戦いがあったのだろう。
父さんの武器だから使いたいって考えてたけど、予想以上に難しそうだな。甘く考えてたわけじゃないけど、理想は遠いことを知ってしまった。俺なんかに、使えるのかな。棒が一気に重くなる。
「私は、基本的に使うのは双剣。短剣を2振り使うの。だから、短剣とか剣なら教えれると思う。」
棒を持つ手が増えて、棒が軽くなった。その手を辿ると、任せてよと笑うリルがいた。
「俺は二丁拳銃!打つの楽しいからなー。でも、銃なら大体使えるぜ?使いこなせるようになったら、俺に付き合えよー?たくさん遊ぼうぜ。」
背中を軽く叩かれ、顔を上げる。横を見るとエドガーがいた。
森に風が吹いた。3人の髪を揺らし、流れてゆく。
「…頼んでもいいか?」
「「もちろん!」」
3人は顔を見合わせて笑った。
この2人となら、父さんに追いつける気がする。いや、追い越せるかもしれない。
「踏み込みが浅い。それじゃあ、刺せるものも刺せないよ。ほら、あと3セットだよ。頑張って!」
前言撤回する。この2人の訓練、想像以上にきついです。
まず最初に走り込み。広い森の中を走り続ける。しかも、ただ走っているわけではない。猛スピードで追いかけてくるりんゴリラから逃げるために、隠れながら走る。それから踏み込み50回5セット。踏み込みが浅いからと、スクワットが100回追加される。その他にも、剣の重さになれるため、重りを持たされ手を動かす。
確かに、父さんの武器を使いこなすためにって頼んだけど!頼んだけどさ!最初からこれはきついだろ!訓練の種類が多いのは分かる。使う武器で変わるからな⁈でも回数おかしいだろ!なんだよ、5セットって。始めて1日にも満たない一般人には無理だから。疲れで足が動かない。
肩で息を整えつつ、足をさする。
「あー、足が棒…動かねー。」
「お前の武器、棒だもんな。」
「そう、俺の武器みたいに足が動かない…ってうるさい。いくらなんでもキツすぎ。」
少なくとも初心者にやらせる内容じゃない。
「でもなー、基礎がなってないと武器の扱いも結構大変だぜ?その棒を使うならほぼ全部の武器を使うんだろ?剣にしろ弓にしろ槍にしろ斧にしろ、鍛えといて損はないと思うぞ。」
「そうだけど…」
「まあ、そのうち慣れるよ。」
リルが近づいてきて、水の入ったコップを渡される。中を覗くと、少し濁った水が入っている。コップの中から甘い匂いが漂う。
匂いにつられ、コップに口をつけた。訓練で疲れていたのもあり、ひと息に飲み干す。口に入った水が喉を潤していく。普通の水より甘く、それでいてさっぱりと飲みやすい。りんごジュースに似ているような、ちょっと遠いような。
「これ普通の水?」
「ううん。りんゴリラのジュースだよ。体の果実の部分から取れるの。」
「りんゴリラの…ジュース⁈」
リルが頷き、エドガーにもコップを渡した。
エドガーはコップを受け取り、中身を飲み干す。
「普通のりんごジュースより、栄養あるんだぜ。」
「りんゴリラはいろんな食べ物を食べてるからね。その分、栄養がたくさん入ってるの。甘いしさっぱりしてて飲みやすいでしょ?疲れた時におすすめだよ。」
りんゴリラのジュース…正直、普通のりんごジュースより好きかもしれない。
「あ、そうだ。しばらくは、俺とリルが剣と銃を教えるけど、弓とか斧とか、他の武器は他の人に頼んだ方がいいぞ。」
「弓ならタイくんが得意だよ。くんは斧。アンちゃんとミナトちゃんは、ちょっと特殊な武器だけど、使いこなせたらすごい便利になると思う。」
チルドレン教会のやつらか。…まだ少ししか話してないんだよな。話したくないわけじゃないけど、気がひけるというか…家族だと笑ってくれて、俺を入れてくれて。ありがたいと思うと同時に、距離を取った。家族はまだいらないと思った。作られた家族にはなりたくなかった。
そんな思いもあり、チルドレン教会では基本的にリル以外とはあまり話さない。話しても世間話、事務的な内容。話しても話さなくても特に困らないレベルのものだ。
話しかけられれば答えるし、挨拶くらいは自分からする。子供が嫌いとかではないし、あいつらが苦手というわけでもない。ただ、自分の中で、整理ができてないだけ。事実、目の前にいるエドガーとリルには、昔からの友達のように話すことができる。
「…リルは他の武器とか使ってみないの?」
分野はそのままに少しだけ話題を変える。
「…え?あ、えっと…私は、双剣で、この剣で戦うって決めてるから。」
リルは微笑んだ。少し悲しそうな顔で、動かない心を持って、笑っていた。目は合っているのに、俺を見てはいなかった。
「それにね、多分私とかエドガーには無理だと思うな。私もエドガーも武器はもう決まってて、何回も何回も戦って、その武器に慣れてるから。他の武器を使うと双剣だからこその癖とかが出ちゃって使いにくいと思う。だから、まだ真っ白なテルムくんだからこそ、できると思うよ。」
できなくはないんだけどね、と付け足し、リルが俺から目を逸らした。
…なんかいけないことでも聞いたのかな。
でも、そうか。慣れた後に違う武器を使のは、大変だもんな。負けないように、頑張ろう。
俺は1人でうなずいた。
「そういや、リルって強いのな。全教会中で1位とかだろ?」
「え?いや…え?それ、誰が言ってたの?」
「エドだけど。」
「エドガー?何を言ってるのかな?」
「いや、だってさー。あの試合のテンションに乗せられたっていうか?てか、実際間違ってねーだろ。」
「いやいや、間違いだよ。」
「えー…どっちだよ?」
「んー。なんて言えばいいかな?1位…とか2位とか言われたりするし、実際にランキングはそうなんだけど…全教会内で1位ってなると違う、かな。」
「ランキングでトップなら教会でも1位になるんじゃ…」
「…うーん、そうなんだけど…それは全員が参加してたらの話。」
「グローリー教会は世界の中心にあるし、でかい島だから人も集まるけど、遠くからくるやつもいるし。そもそも全員がランキング戦に参加してるわけじゃないからなー。」
「それに、私が参加してるランキング戦は18歳以下だよ。大人は入ってないからね。」
「じゃあ…エドの言ったこと嘘かよ!」
「…あはははは。」
視線を逸らすエドガーを見て、リルが釘を刺してきた。
「もう。誤解を生むようなこと言っちゃダメだよ。」
「でもなー。俺的には…」
エドガーの言葉を音が遮った。ドアがノックされたのだ。
ドアが開き、小柄な女の子が顔を覗かせる。
「リルさん、いますか?少し用事が…」
「あ、今行きます。ごめん、ちょっと外すね。」
「ん。分かった。」
リルは謝ると、部屋を出て行った。
リルが出て行った扉を見ながらエドガーは言葉を続けた。
「…リルはああ言うけどさ。」
「ん?」
「俺的には、リルが1番強いって思ってる。大人にだって、勝てると思うんだよ。そりゃ、ランキング戦なんて物好きと体力の有り余ったガキしかやらねーけどさ。それでも、強い奴らばかりだ。その中で戦い続けてる。…基礎的な技だけで、な。教会中でも本当に強いと思うんだけどなー。」
「そんなに?」
「おー。そもそも、経験の差が違いすぎるんだよ!チルドレン教会なんて子供の内から戦えるだろ⁈実践し放題じゃん!ずりー!」
「…まあ、経験は積み放題だな。」
タイに聞いた感じ、ほぼ全員がいつでも戦えるように、最低限の戦術は持っているらしい。
教会の仕事をするかどうかは別として、ある程度のことは小さい時に学んどいた方が自分の身を守れるから。そう言っていた。
事実、チルドレン教会の小さいやつらはたまに戦術を利用した遊び方をしている。
それに、前にドラゴンがきた時、タイは戦えていた。普段から鍛えてなければ、もう少し慌てていたと思う。最終的にはリルが倒したけど。…そういえば。
「…なあ、リルの目が赤になるの。見たことある?」
ドラゴンが来て、リルが戦っていた時に見た赤い瞳を思い出す。狂気的に燃え盛る瞳を。
「は?赤?なるわけないだろ?見たのかよ?」
「前に教会にドラゴンが来て、リルが戦ってたんだけど…そん時に、赤になってた。」
「…赤。見間違いじゃく?」
「赤だった。終わったらオレンジに戻ってたけどな。」
「それ、あまり言わない方がいいかもな。」
「あ?なんで。」
「知らねえの?…ああ、一般人は知らねーのか。赤色の目はな、俺らの敵…侵略者って呼ばれてるんだけど。そいつらの目だ。お前の言う襲ってきたドラゴンとかの目が赤く光ってたら、侵略者。」
「赤い目が印?」
「だなー。ほら、たまに見ねー?あきらかに敵側だろ!って感じのでかいのと、歩いてるやつ。」
「あんまり。」
「あー…まあ、いるんだよ。3000年前から、変な生物が増えたっていうだろ。それこそ、ドラゴンとかな。でも、全員が敵ってわけじゃない。気づいたんだよ、襲ってくるのは赤い目をしたやつだけって。まあ、そういう目をして襲ってくるやつから、守ったりするのが俺たち。」
…赤い目。教会に来たドラゴンも…村を襲ったドラゴンも赤い目をしてた。憎い方に燃え盛る赤い目。………じゃあ、リルは?
「リルは、侵略者ってことか?」
「…俺は違うと思うぜ。赤くなったって戦ってる時だけだろ?なら大丈夫なんじゃね?そもそもあいつ人間だろー。まあ、俺は戦ってる時に目が赤くなってるリルを見たことねーかんな。なんとも言えないけど。その目のこと聞いたら疑う奴はいるだろうな。だから、黙っとこうぜ。俺は、リルを信じたい。」
「…俺も、信じたいよ。」
少し声がかすれた。
そんな俺を横目に、エドガーは笑ってみせた。
「…でも、まあ。侵略者ならあの強さも納得だよなー。」
「…やめろよ、笑えねー。」
俺は苦笑いしかすることができなかった。
信じたい。…いや、リルを信じたいと言うよりは、信じていないとリルという存在が怖くなるから、信じることにすがっている、の方が正しいのかもしれない。
でも、あのリルの目は明らかに異質だ。と思ってしまった。
それから数日経って、俺の生活は大分変わった。
朝6時に起床し、基礎トレーニング。朝ごはんを食べ、グローリー教会へ行き、訓練。夕方にはチルドレン教会に戻る。1日のほとんどをグローリー教会で、エドと過ごしている。チルドレン教会の手伝いもしながらで、あちこちと忙しい。
教会に来る前には、したことのない生活だ。毎日毎日、目まぐるしく回る世界に身を転ばせついていくのも必死で、強くなりたくて。
おかげで、ナイフと銃の扱いは覚えた。エドと模擬戦をしたりもする。俺の噂を聞いたのか、たまに模擬戦を見にくる奴もいる。
忙しさに身を任せると気持ちが少し楽になった。他のことを考える暇はなくなったから。
そんな生活に身を任せてるものだから、グローリー教会の人と話しても、チルドレン教会の人と話すことはなかった。挨拶と事務的な会話。そこに情などと温かいものはない。最初は俺に群がるように話しかけてきた奴も、何回も話しかけにはこなくなった。まともに話すのはリルだけ。
今日も、食事当番になった俺とミナトの間に会話はない。淡々と朝食を作っていく。
「…グローリー教会、楽しい?」
ブロッコリーをポタージュに添えながら、ミナトが訪ねてきた。
「…楽しいけど。」
「そうなんだ。訓練してるんでしょ。私達に手伝えることがあったら、言ってね。」
横を見ると、笑っているミナトの顔があった。
その笑顔がどこか悲しそうで、なんとなく悲しさの意味が分かってしまって、何も言えなかった。
多分、その悲しさは俺が作っているから。
この人は、家族になりきっていない俺を心配してるんだと思う。俺が家族になることを拒否していると理解した上で、家族になろうと手を伸ばしているのだ。
その笑顔に隠された感情を見なかったことにして、朝食を作り続ける。
「今日の朝ごはんは、ベーコンエッグですね。美味しそうです。」
おはようございますと言いながら、タイが近づいてきた。
「おはよう、タイ。」
「…おはよう。」
挨拶を返し、また視線を下げる。
タイの視線を感じたが、特に反応を返そうとは思わない。
少しギクシャクした雰囲気を複数の足音がかき消した。
「タイ兄ちゃん、ミナト姉ちゃん、おはよう!」
ドタバタと足音を鳴らし、子供達が次々と部屋に入ってくる。
ミナトもタイもにこやかに挨拶を返し、席に座るよう促す。
「…えっと、テルムお兄ちゃんも、おはよう。」
1人の少女が控えめに声をかけてくる。
「…お、おはよう。」
まさか声をかけられるとは…。自分から避けてることもあり、子供達から話しかけられることは大分減った。だから、声なんてかからないと思ってたんだけどな。
少女はこちらを見て何かを言おうと口を開けたが、すぐに閉じてしまった。
「あ、リルー!」
「わ。おはよう。みんな早いね。」
リルが部屋に入ってきて、よりいっそう賑やかになる。
「はい、できあがりー。朝ごはん出来たよ。並べて。」
ミナトが声をかけると、子供たちは朝ごはんをテーブルに並べていく。
「おはよう、テルムくん。」
「おはよう、リル」
「今日もグローリー教会に行くの?」
「ん。銃をもっと完璧にしたいから。」
「そっか。武器は自由に変えれるようになったの?」
「変えれるは変えれるけど、イメージし続けないと元の棒に戻っちゃうんだよな。」
「まあ、そこは人のを見たりしながらだね。」
サラダを片手に、リルとテーブルへ向かう。
全員が席についたところで手を合わせる。
「いただきます。」
「「いただきます!」」
リルの言葉を合図に、食べはじめる。
一日の始まりだ。
朝ごはんを食べて洗濯物を干したのち、グローリー教会に行き、エドと訓練を始める。
「今日は何する?」
「んー。手合わせでもするかー?」
手合わせをするべく、演練場へ向かうところで声をかけられた。
「エドガーさん、テルムさん、こんにちは。今日は手合わせですか?」
声をかけてきたのは、エドガーの後輩トモヤだ。
「おー。トモヤは何してたんだ?」
「暇だったので教会内を散歩です。…テルムさん、良かったら俺と手合わせしません?」
「え…」
返答に困り、エドガーを見る。
「いいんじゃね?俺、見てるから好きなだけやってこいよ。」
「じゃあ、よろしく。」
「はい、よろしくお願いします!いや〜一回やって見たかったんですよ。テルムさんの棒、ころころ変わって面白いので。」
ニコニコと笑いながら、演練場にある部屋に入っていく。
「俺、観覧席にいるから。」
エドガーは頑張れよと言って、観覧席に行った。
エド以外との手合わせは、はじめてなんだよな。そもそもあっちはなんの武器使うんだろ…まあ、武器も動き方も分からない方が、練習になるか。
棒を構え、フィールド内を進んでいく。真ん中に砂が広がり、その砂を囲むように木々がそびえ立っている。目の前にトモヤが見えた。手には何も握られていない。その代わりに、拳が強く握られていた。
素手で戦うのか…?俺は棒だけど…え、マジかよ。
「テルムさん、準備はいいですか?相手に張られたシールドを先に3回割った方の勝ちですよ!」
俺の頭上に3つのクリスタルが浮かぶ。攻撃されるたびにこのクリスタルがシールドを展開し、攻撃かは身を守ってくれる。このクリスタルのおかげで本気で手合わせしても傷がつくことはない。
カウントダウンが始まる。
10.9.8.7.…息を吸ってゆっくりと吐いた。…3.2.1.ピー!開始の笛が鳴り響く。
まずは近づいて…いない。
目の前にいたはずのトモヤの姿が消えていた。
やばい。足を動かし、その場から離れる。3歩足を動かしたところで、元いた場所に衝撃が落ちてくる。トモヤが真上から落ちてきたのだ。
「危ねっ。」
衝撃で身体が飛ばされかける。足をしっかりと地につけ、なんとか踏みとどまった。
動かなかったら割られてたぞ。
「あれ?きちんと狙ったんだけどな。」
言い終わるやいなや、まっすぐにかけてくる。
棒を構える。銃はダメだ。近すぎて当てれる気がしない。なら、ナイフで!
ナイフをイメージすると、棒は姿を変えた。
30センチくらいのナイフである。
「いけっ。」
まっすぐにかけてくるトモヤにナイフを振り落とした。
「残念。後ろです。」
ナイフは宙を切り、後ろから拳が飛んでくる。
抵抗するにはあまりにも遅く、無抵抗の背中に拳が思い切り当てられた。
バリリィィン
クリスタルがシールドを張るも、あっけなく割られてしまう。
「くっそ!」
そのまま、思い切り後ろを振り返り、下されたままのナイフを上に切り上げた。
ピシッ
すんでのところで躱されたものの、シールドにはひびが入った。
「なるほどなるほど。ナイフですか。棒が変わるなんて、やっぱり面白いですね。」
「だろ。」
「はい。でも、まだ扱い切れてないんですね。」
トモヤが地を蹴り、跳んでくる。
「チッ。」
拳を受け止めるべく、ナイフを棒に戻しいなしていく。しかし、棒で片方の手を押さえてる間にもう片方の手でシールドを割られてしまった。
慌てて距離を取り、木の方へ退避しつつ棒から変化した銃を数発撃つ。ほとんど躱されたが、2発当たり相手のシールドを破壊する。
クリスタルはあと1つ…対して相手は2つ…このままだと危ないな。どうにか体制を…そうだ、下は砂だ。
「あと1個。決めちゃいましょうか。」
跳んでくるトモヤをまっすぐに見て、しゃがみ、砂を掴んだ。
拳を構え近づくトモヤに、砂を投げつける。
「っ!」
目を庇った一瞬をつき、足を引っ掛け転ばせる。
「いけ!」
ナイフを突き下ろし、シールドをひとつ破る。
このまま割ってやる。
ナイフで切り込もうとしたその時、ナイフが揺れ棒に戻ってしまう。
「なっ…なんで戻って」
「はっ!」
「がっ…」
伸ばされた足に蹴られ、身体が飛び、木に打ちつけられる。シールドにひびが入っていく。割れる手前でひびは止まった。
やばい、動かなきゃ。
「はは。石でも当てたら割れちゃいそうです。」
トモヤが近づいてくる。
くそ、あともう少しだったのに!なんで棒に戻るんだよ…!
動け、動け、動け。まだ負けない。大丈夫、勝てる。
膝を立て、立ち上がる。棒を構えた。
そうだ、「何でもないから何でもなれる」だ。
無いなら、成ればいい!
棒は光り、姿を変えようとする。
「無駄です。俺が勝ちます!」
繰り出された拳を、俺の手に握られたものが跳ね返した。
「っ!…どんな武器を使…棒?」
そう、俺の手に握られているのは棒。ただの棒である。何にもなれる棒は何にもならず棒になった。
「俺の、武器はっ!棒だぁぁぁ!」
頭を思い切り叩きつける。
バリリィィィィィン
大きな音を鳴らし、シールドが割れた。
「勝者、チルドレン教会、テルム・ミラー!」
わぁぁぁと歓声がなる。
いつの間にか観覧席にはたくさんの人がいた。
歓声の中にはエドガーと、リルがいた。
「いつのまに…」
やったねと声が聞こえた。リルはテルムにピースを向けている。
テルムは笑って、リルに向かってピースを返した。