久しぶりの授業
「はあ……」
楓は溜息を漏らす。今は数学の時間。授業を聞いていないといけないのはわかる。だが、楓は授業に集中する事が出来ないでいた。
もちろん、理由は仁美だ。仁美は優秀だ。だから、この学校に来ている事は予想はしていた。しかし、見かけることもなかったため、その可能性を無意識に捨てていた。
楓は握ったシャープペンシルに力を込める。ミシッ、という嫌な音がした。どうやら力を入れすぎたようだ。楓はシャーペンを置き、手を開いたり閉じたりする。この力は調節が難しい。
「……はあ」
楓はもう一度溜息をつく。
この学校に来れば、自分の力が何なのか知る事ができると思っていた。きっと他にも同じような人がいるはずだと思っていた。
しかし、それは間違っていた。
むしろ、自分がいかに普通ではないかだけが浮き彫りになってしまった。
(ボクは一体何者なんだ……?)
物心ついてから1日たりとも絶えたことのない疑問。それは日に日に深まるばかりだった。
それに、危惧すべき事が増えた。仁美は数少ない楓の秘密を知る者。光希にはバレているが、他のみんなには秘密にしておきたい。……怖いから。
もしも、仁美が楓の秘密を学校中にばら撒けば、楓はここに居られなくなる。周りの全ての目が豹変するだろう。そして、待つのはあの時と同じような、完全な決別。棄てられる。
……仁美を殺そう
そんなゾッとする選択肢が頭に浮かんだ。楓は頭を振ってそれを振り払う。今の生活を守るためには、そうしてしまう事が一番いいと思ってしまった。しかし、そんな事をすれば何かが楓の中で壊れてしまう。今の自分ではきっといられない。
楓は知らぬ間に力を入れていた拳から力をゆっくりと抜く。詰めていた息を吐き出したその時、チャイムが鳴った。
「ありがとうございました」
楓は口角を意識して上げ、周りに合わせて礼をする。
これで6時間目が終わった。そう思い、楓は気が抜けるのを感じた。うーん、と両手を伸ばす。
「天宮、今日は俺たちが当番だぞ」
「うひゃあっ⁉︎」
突然後ろから声をかけられ、楓は飛び上がる。席替えをして、光希は楓より後ろの席になったのだった。光希は飛び上がる楓を面白いものを見るような目つきで見る。まあ、実際楓は変な格好をしているのだが。
楓は手足を通常状態に戻し、笑顔で光希を見た。
「そうだな、ボク達が当番かー。なんかすっかり慣れちゃったよ」
「確かに。初めはこんなのやるなんて思ってもみなかったからな」
光希も相槌を打つ。
「うんうん、特にボクなんてさー、こんな仕事一番向いてないのに」
光希は楓が言外に「無能だから」と言っているのを悟った。笑顔でなんとも思っていないように言うのが、光希には少し苦く感じられた。
「そんな事ないだろ?……だが」
光希は声を潜める。楓はそれを聞き取ろうとして顔を少しだけ光希に近づけた。
「なんだ?」
「お前がSランク認定されたのは既に学校中に知れ渡っている。それがどう転ぶか、俺には予想できない」
「……そっか。確かにそうだよね。まあ、でも舐められなくなったって意味では良かったのかも」
にこ、と楓は微笑む。その笑顔に陰りがあったのを、光希は見逃さなかった。
ガラリ、と教室の前の扉が開く。楓は入ってきた和宏の顔を見て、慌てて席に着く。帰りのホームルームだ。和宏はいつも通りのイケメンスマイルを浮かべていたが、微かに疲労を滲ませていた。何かあったのだろうか。やっぱり、あの校外教室関連なのかもしれない。などと、楓は思考を巡らせる。もちろん、実は自分がその元凶である事を楓は知らない。
「えー、皆さん1日お疲れ様でした。校外教室が終わってからの初めての通常授業、疲れたと思います。しかし、まだ月曜日。気を抜かないよう、注意して下さい。……連絡は、特にありません」
和宏はそれだけ言うと、挨拶をしてすぐに帰ってしまった。何も言う事がなかったのだろう(と、勝手に楓は思う)。挨拶を終えて、生徒達はすぐに動き出す。荷物を既にまとめていた生徒は慌てて教室を出て行くし、喋り始める生徒たちもいる。楓は少しの間、ボンヤリとその光景を眺め、それからのろのろと荷物をまとめ始めた。
「私たちは生徒会室に行くわねー」
「ばいばーい」
木葉と夏美に声をかけられる。楓は手を止めて、また明日、と二人に告げた。そして再びごそごそと鞄に物を突っ込み始める。
「天宮、遅い」
楓が鞄のチャックを閉めた頃、光希の声がした。楓は頭をかく。
「ごめんごめん、もう行けるよ」
楓は急いで教室の後ろの個人ロッカーから刀を取り出す。生徒会役員でも、通常授業中はロッカーに武器類を保管する事を義務付けられているのだ。楓はサッと腰に刀を吊る。刀の重みが腰に加わった。なんだか落ち着く。楓は愛刀の柄をそっと撫でた。
「それじゃ、行くか!」
「そうだな」
楓はニヤリと光希に笑い、二人は教室を後にした。
楓と光希は生徒たちでごった返す廊下を歩く。人が多い所はとても疲れる。楓は光希に気がつかれないよう、そっと溜息を吐き出した。
「なんか校外教室が終わってから初めての授業で疲れた〜」
楓は頭の後ろで手を組む。光希はちらりと楓の顔を見た。
「俺も疲れたよ。お前にすごくハラハラさせられた」
「む、ボクのせいかよ⁉︎」
「そうだなー、八割方お前のせいだ」
ふっ、と光希は笑い声をもらした。楓は頰を膨らませて、光希をジトッとした目つきで睨む。
「そんなに、ボク無茶なことしてないし」
楓は小声でぶつぶつと言ってみる。
「は?しただろ。でっかい魔獣とたった一人で戦うなんて危険すぎる」
しかし楓の抗議は光希に鼻で笑われてしまった。
「むうぅ、だってボクがやらなきゃ誰がやるんだよー。霊力、使えなかったんだろ?」
「……ああ。おかげでお前には助けられた。ありがとな」
光希のいつもより優しい顔に、楓は不覚にもどきりとさせられた。楓は光希の楓をあまり見ないように、視線をずらす。
「……なあ、相川。なんかボク達、避けられてる?」
楓と光希の歩く先にはいつのまにか道ができていた。多くの生徒達が歩いているのは変わりはない。だが、光希と楓が歩く側から人が自然といなくなる。まるで怖がられているようだ。これは一体どういう事なのだろうか。楓は首を傾げた。
「……これがその影響なのかもしれないな」
光希は苦笑いで楓に返す。
「……確かに。ボクら、一応Sランクなんだよな?」
「……なんで俺に聞く?」
光希は楓に訝しげに視線をやった。楓は、あはは、と前髪に手をやる。
「いやー、まだ夢みたいで」
「大丈夫だ。お前はちゃんとSランクだぞ」
そんな会話をしている内に、楓と光希は風紀委員会本部にたどり着いた。




