強さの意味
「……報告を」
「はい」
相川みのるは、天宮を、今の全ての家を統べる老人の前に跪く。頭を垂れるみのるに老人の鋭い眼光が注がれた。
「相川光希は無事、覚醒致しました。作戦に充分使える能力を表しています。まだ少々荒削りですが……」
「ふむ、」
老人、天宮健吾は顎の白い髭を手で撫でる。彼には圧倒的強者の威厳があった。今の日本で最も強いとされる男はその力を持って、国の内外から一目置かれていた。そして、彼が握るのはこの場所の統治だけでない。彼は相川みのるの命をも握っていた。しかし、全ての人を駒や道具としか思っていないこの老人が、光希を道具にするのは許せなかった。
みのるは老人の気配を探る。今何を思っているのか、それを知りたい。
しばらくジリジリとした時間が流れる。天宮健吾は思索から離れ、再び口を開いた。
「琴吹はどうなった?」
「……琴吹伊織は九本家によって命を奪われました。しかし、その直前の行動からして、ほとんど時間は残っていなかったと思われます」
そう言いながらもみのるは、心の中で苦々しい気持ちを噛み締めていた。
結局はあの少女を死なせてしまった。光希の術を解いた時にかなりの力を使い、その命を限界まですり減らした。もし、あの少女をあそこから出さなければ、死期を早めることはなかったはずだ。
みのるはずっと側で光希と伊織の様子を観察していた。手伝う事は許されず、ただ二人の動きを逐一天宮に報告しながら。
少女が研究所で使い潰されるよりも、マシな生き方ができたと信じたい。そうみのるは切実に願う。
健吾は眉間の皺を深くした。頭を下げるみのるに、さらに報告を求める。
「……では、天宮楓の方について報告を聞こうか」
唯一、天宮楓という少女だけはこの老人が気にかける者である。もちろん、道具としか思っていないのも事実だ。だが、他の人間よりは興味を寄せているように見えた。それはきっと、天宮楓がこの老人の娘、天宮桜の娘だからだろう。あの、異端の天宮の。
みのるは思っている事を顔に出さないように無表情で報告をする。
「はい、天宮楓の訓練は続けております。人間離れした身体能力は健在、むしろ四年前よりも高くなったように思われます。このままで行けば、九神に匹敵する実力をつけるのは確実でしょう。ただ、未だ『無能』であり、天宮としての力も発現しておりません」
健吾の眉間の皺がさらに深くなる。その静かな瞳からは何の感情も読み取れない。
「……天宮楓が、天宮桜の娘であるのは本当か?」
「間違いございません」
みのるは即答する。
「顔立ちといい、天宮桜様によく似ていらっしゃいます。他人ではあそこまで似ることは無いでしょう」
天宮桜をずっと前から知る者として、それだけは断言できた。天宮楓は天宮桜によく似ている。性格もまた、よく似ていた。みのるは桜の事を思い出さないように、感情を封じ込める。
「お前が言うならば、そうなのであろう……。さて、話を戻すが、琴吹伊織に関して、相川光希はどう動いた?」
「光希、ですか……。光希は終始琴吹伊織を守るために動いていました。琴吹伊織を救うために。琴吹伊織が自ら光希の元を離れた時も、迷わず彼女の元へ向かったようでした。護衛任務としては、少し逸脱したようにも見受けられますが、任務を忠実に遂行したと言えます」
「そうか」
天宮健吾は目を閉じて、髭を撫でる。しばし思索すると、目を開いた。強い光を目に浮かべて、みのるを見据える。
「ならば、天宮楓の護衛としても申し分ないだろう。将来的には、相川光希に護衛、そして婚約者となってもらう」
「なっ⁉︎」
自分の命を握っている相手を前にしているという事を忘れ、みのるは思わず声を上げた。慌てて驚愕をねじ伏せて無表情に戻る。
「それはなぜでしょうか?」
健吾の決定に意を唱えたようにも聞こえるこの台詞を口にするのは、かなりの精神力を使った。しかし、健吾はそれを気にした様子はない。みのるはその事に安堵し、また不安を感じた。まだその先があると予感したからだ。
「その理由としては……、天宮桜による。桜の能力は知っているだろう?」
「はい、……未来視、でしたよね」
天宮家を『天宮』たらしめているのは、その特殊な能力によるものである。天宮が持つ能力、それは願いが形として発現したもの。望むとも望まなくとも願いは能力となる。そして、天宮桜が発現させたのは、未来を見る力だった。
「そうだ。この事は桜によって決められていた。なぜなのかはわからないが……。これは確定事項だ」
「……そうですか。桜様のご意向ならば……」
みのるは静かに了解の意を伝える。桜の事ならば、信じるしかない。
「ところで、高校についてだが、天宮楓と相川光希には青波学園に通ってもらう。護衛任務はそこからだ。そして、同時期に天宮楓を正式に天宮として認めるつもりだ。それまでは、この事も天宮楓についても他言無用。天宮桜については機密にしろ」
「はっ」
みのるは立ち上がり、部屋を出る。暗がりの中を気配を消して歩いた。あまりここには長居したくない。
御当主様は楓を道具にするつもりなのだろう。光希と同じように。
しかし、もう既に運命は動いてしまった。もう誰にも止める事はできない。
***
「相川!」
光希は振り返る。にこにこと手を振ってやって来るのは、天宮楓だった。そしてその周りには、涼、夏美、木葉、夕姫、そして夕馬がいる。
伊織を救えなかった冬から三年。正確には二年半の月日が流れた。あの事件から色々な物が変わった。光希自身も。
人を拒絶していた光希は、力の制御ができるようになり、人を遠ざける理由を失った。涼と夏美とも居られるようになり、『九神』のメンバーとしても活動してきた。
しかし……。
光希は楓の無邪気な笑顔に苦い気持ちを覚える。
護衛任務は二度とやりたくなかった。もう二度と、誰かを失いたくない。
初めて護衛任務と言われた時は背筋が凍った。また琴吹伊織の様な事が起きるのでは、と底知れぬ恐怖を感じた。
だから光希は、天宮楓を突き放そうとした。そうすれば、自分じゃない誰かを護衛につけるだろうと思った。
だが、結局光希は楓を突き放す事すらできなかった。
天宮楓は、琴吹伊織にとてもよく似ている。
あの無邪気な笑顔の下に覆い隠した心の闇。時折見せる、悲しそうな笑顔。そして、あの強さ。
誰も寄せ付けないその強さ。そこから生まれる苦しみ。それを誰にも悟らせない強い心。
光希は弱い。弱いからこそ、心を殺す事を選んでしまった。
しかし天宮楓と琴吹伊織は違う。闇を抱えてなお、前を向く。それはあまりにも苦しく、悲しすぎる生き方だった。
「天宮……」
光希は呟くように言う。
「ん?なんだ?相川、」
楓はキョトンと首を傾げた。
「あー、いや、何でもない」
「なら良かった。じゃ、行こう」
「そうだな」
楓は笑顔でみんなの元へと駆け出す。光希もその元気に跳ねるポニーテールを追いかけて、走り出した。
『孤高の天才と聖夜の祈り』編が終わりました。どうだったでしょうか?
かなりシリアスな方向に走ったような気がします。重いのが苦手な方にはキツかったかもしれないです。
伊織が死んでショックだった方はごめんなさい。私もかなり悲しかったです。(自分で殺しておいてなんだよ⁉︎、とは突っ込まないで……)
本当の強さ、伊織が祈ったものについて、考えてもらう事ができればいいかな、と思います。
ところで、相川みのると天宮桜の意味深な関係。さて、どういう関係なのでしょうか……。
次は元の時間軸に戻りまして、『蘇る悪夢』編です




