逃避行
「伊織……」
伊織の白い髪が風に揺れる。蒼い光を浴びて、仄かに蒼く髪が染まっていた。伊織は顔にかかった房を指で払う。
「……それが光希君の精霊の本当の姿、なんだね」
伊織はにこりと笑顔を浮かべ、青龍を見た。
「私は琴吹伊織です。貴方が光希君の精霊ですね?」
青龍は軽く顎を下げ、伊織と目線を合わせる。
『うむ、如何にも。我の名は四神、青龍だ』
「……せい、りゅう……!」
伊織は驚愕に目を見張った。ちらりと光希の方を見て、再び視線を青龍に戻す。
『其方が我らを救ってくれた娘だな?』
伊織は『我ら』という言葉に一瞬戸惑いの表情を浮かべ、何かに思い当たったように青龍を見つめた。
「……そうです。貴方もまた、あの術に縛られていたのですね」
『ああ、我は思考能力を奪われていたのだ』
「思考能力を……。では、私は光希君と青龍様をお救いする事ができたのですね」
『そうだ。礼を言う』
伊織は嬉しそうに微笑んだ。花が咲いたような柔らかい笑顔。心の底から喜んでいるのがありありとわかった。鈍い痛みが光希の胸を刺す。伊織を救えないまま、終わるのは嫌だった。
(何としてでも救い出す……!)
光希は密かに堅い決意を胸に秘める。伊織が笑顔まま過ごせるようにしたかった。青龍はその方法を知らないだけかもしれない。きっとどこかに道が残されているはずだ。
『相川光希よ、』
青龍の声に光希は意識を現実に引き戻された。どこか緊張感を孕んだその声に、光希も緊張の糸が張り詰めていくのを感じる。
「……何ですか?」
『どうやら、我らを狙う者どもがやって来たようだぞ』
「……っ!」
光希は意識を周囲に向ける。確かに微かな異質な気配が感じられた。意識を向けなければ気づけない程の微弱な気配。明らかに自分達を狙ったものだった。青龍は光希の目を見据えると、フッと姿を消した。
光希の中に霊力が流れ込んでくる。その霊力の奔流が青龍である事が光希には自然な感覚として、理解できた。
「また追手……?もう?何でもうバレたの?」
戸惑う伊織の手を光希は掴む。驚いて目を大きくする伊織を抱き上げると、光希はコンクリートを蹴った。
フワリと身体が宙に浮かぶ。伊織がしがみつく手に力を入れた。
軽く元の部屋の前に着地すると、急いでドアを開けて中に入る。
「伊織、コート着ろ」
「あ、うん。わかった!」
伊織はパタパタと居間に走る。光希は居間のソファーの上に放り出されていた刀を手に取った。刀を抜いて、光にかざす。刀身は刃こぼれし、傷ついていた。光希は無意識に唇を噛む。すぐには直せない。このまま戦うしかないか……。
光希は顔を上げた。刀を鞘に納め、腰に付ける。その上から、長めのコートを羽織った。これなら街中を歩いてもそこまで目立たないだろう。鞘にかけられた迷彩術式は発動させない。あくまで一般人として、紛れ込まなければならないのだ。
……そう、戦わない。逃げるのだ。
今は逃げる。伊織を救う算段が見つかるまで逃げ続けるのだ。これで住む場所も失った。後はもう逃亡するしかない。もし、大勢の敵を送られれば、伊織を守りながら戦うのは無理だろう。
「光希君、いいよ」
伊織の紅い瞳が光希を見つめる。光希は頷いた。
「行くぞ」
「うん」
普通の人のように、光希と伊織はマンションのエレベーターを使って降りる。急ぐ様子は見せない。気づいていないフリをして、振り切る。
「伊織、身体は大丈夫なのか?」
耳元に囁くようにして光希は伊織に尋ねた。伊織は少し顔を赤くして答える。
「うん、もう全然平気。それこそ光希君の方は?」
「俺は大丈夫だ。だが、新しい感覚に身体を追いついていない」
「そんなに違いが……」
少し驚いたように伊織は言う。
「ところで光希君、私たちは逃げるの?」
「そうだ。お前を救い出す手段が見つかるまで」
伊織はパチリと瞬きをした。その顔に影が落ちる。光希は伊織の表情に足を止めてしまいそうになった。
「どこに行くの?」
その声に、光希はハッとする。伊織の顔から影は消え失せていた。
「とりあえず、街の中心部だ」
「うん」
伊織は手を頭の上に伸ばし、フードを目深に被りなおす。そうして髪の毛をちゃんと隠し終えて、伊織は光希の手にそろそろと手を伸ばした。
「……どうした?」
その動きを不審に思い、光希は伊織を見た。
「あ、ううん、何でもないの……」
そう言って手を引っ込めようとした伊織の手を、光希は掴む。伊織が手を繋ぎたかった事に気づくのが遅れた事を光希は少し後悔していた。
伊織の小さな手が光希の手をしっかりと握る。離さないように。
そうして歩いていると、街の中心辺りの大通りに出た。驚くほど多くの人々が出歩いている。夜とは思えないほどの活気に溢れていた。
「うわぁ……」
伊織は大きな瞳をさらに大きくして輝かせた。紅い瞳にイルミネーションの光が踊る。
「綺麗、だな」
光希は呟いた。その言葉に伊織は大きく頷いた。色とりどりに輝く光に飾られ、街は非日常の世界へと変貌を遂げていた。浮世離れした光景はとても幻想的だった。
「うん、すっごく綺麗だよ」
人混みに揉まれつつ、二人はゆっくりと道を進む。
「明後日がクリスマスか……」
「そうだね……」
今日は十二月二十二日。もうすぐでクリスマスだった。人の流れに身を任せていると、不意に視界が開けた。
大きな大きなクリスマスツリー。煌めく星をその頂点に頂いた木は、圧倒的な存在感と美しさを醸し出している。光希は感嘆の息を漏らした。白い息が風に乗って霧散する。
「でも……、本当だね」
伊織は目にクリスマスツリーをいっぱいに映して呟いた。
「なんだ?」
伊織はしみじみと噛みしめるように言う。
「本物のクリスマスツリーは綺麗だって……、光希君が言ったこと。クリスマスじゃあ、ないけどね」
伊織は目を細めて微笑んだ。光希の顔もそれに合わせて綻ぶ。こんな時間がずっと続いたらいいのに、そう思わずにはいられない。
「……ところで、どこで寝るの?」
「……」
「ちょっと、目逸らさないでよ!」
伊織はわざとらしく目を逸らした光希をムスッとして見上げた。
「何も考えてなかった……」
「……そうだと思ったよ」
クリスマスっていいですよね〜
いい感じの雰囲気がある気がします
光希が後先考えてないのも、未熟な所ですかね




