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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第3章〜孤高の天才と聖夜の祈り〜

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木葉の伝言

 木葉の視線が涼と夏美に向けられた。何を言われるかを予想して、二人は顔を強張らせる。


「あなた達はもう帰っていいわよ〜。これ以上関わるのなら殺すけど?」


 木葉は笑顔でゾッとするような事を言った。それも全く冗談に聞こえない。


「な〜んて、冗談よ。未来の『九神』と名家の当主様を殺すわけないじゃない」


 木葉は手をパタパタ振る。夏美と涼は警戒の色を濃くする。


「……さっさと帰りなさい」


 動こうとしない二人に、木葉は冷たく言い放った。有無を言わせない声色に、涼と夏美は悔しそうに顔を歪める。そして、光希と伊織に笑いかけ、地面を蹴って夜の闇に姿を消した。


「ふぅ……。やっと三人だけになったわねー」


 木葉は息を吐く。光希は警戒に身体を固くした。


「まあまあ、そんな固くならないで。んー、ここで話すのも何だから、場所を移しましょうか?」


 木葉の提案、もちろん光希に拒否権はないが、に光希は頷いた。伊織に目をやると、ちょうど目が合う。伊織は小さく頷いて見せた。


 木葉は微笑むと、トンッと地面を蹴って飛び上がった。重力を無視して黒髪の少女の姿が宙を舞う。


「ついて来なさい」


 光希は霊力を身体に満たす。


「わわわっ⁉︎」


 手をバタつかせて驚く伊織を両手ですくい上げるように抱きかかえ、光希は夜の闇に身体を躍らせた。


 飛び上がり、木葉の姿を探す。身軽にビルの上やら屋根やらを飛び移っていく木葉の姿が少し遠くに見えた。


「行くぞ」

「う、うん」


 かなりのスピードで移動していく木葉を追って、光希は屋根を蹴って隣のビルに飛び移った。


「ひゃあっ!」


 伊織は光希の身体にしがみつく。十二月半ばの冷たく刺す風が、光希と伊織に襲いかかった。目をぎゅっと閉じたくなる風圧に耐えつつ、光希は木葉を追いかける。腕に抱いた伊織がとても暖かかった。


 そろそろ冷たい風にも慣れてきた頃、木葉の姿が消えた。驚きに目を見張った光希だが、すぐに地面に降りたのだと気づく。


「降りるから、しっかり掴まってろよ」


 光希は伊織に視線を落とす。伊織はぷくっと頰を膨らませた。


「わかってるもん」


 伊織は目を瞑り、光希にしがみつく手に力を入れる。光希の腕にも力がこもり、不思議なほどの安心感を感じた。


 木葉に次いで、光希は地面に着地した。足が地面に着く小気味好い音が誰もいない道に響いた。


 光希は伊織をそっと下ろす。そして木葉を探した。探すまでもなく、木葉は目の前のマンションに入って行く。光希は慌てて伊織と共にその姿を追いかけた。


 木葉はまるで知っている場所であるかのように迷いのない足取りで、中を歩いていく。階段を登り、五階に着くと部屋の方へ向かう。ある部屋の前で、木葉は足を止めた。


「五一一、ね」


 木葉は持っているカードと部屋の番号を確認する。それから手をひらりと動かし、部屋のロックを解除した。


「どーぞ、どーぞ」


 木葉の後に続いて部屋に入る。小さな機械音が後ろで聞こえ、ドアが自動的にロックされたのがわかった。中からは普通に開けられるので、閉じ込められたわけではないが。


 木葉は靴を脱ぐと、スタスタと中に入っていく。


「あー、じゃあ、まあ、座って」


 木葉に促され、光希と伊織は木葉の向かい側に腰を下ろした。


「この家が相川みのるからの贈り物よ。まあ、いつ、また逃げ出さなきゃいけないかもわからないんだけどね」


 みのるをよく知っているかのような口振り。やはり天宮家に仕えているというのは間違いではないようだ。


「私の用はそれを伝えるだけよ。でも、なかなかあなた達も手がかかるわね。ちょっとだけ手助けしてよかったわ」

「……どういうことだ?」

「侵入経路の確保とか、外に人を出しといたとか、管理室を開けといたとか……かしら?」


 光希と伊織は目を見開いた。


 全てこの少女によって誘導されていたというのか⁉︎


 木葉はにこりと笑った。


「始めから全部知っていたのか?」

「ええ、そうね」

「じゃあ、どうしてわざわざ俺達を侵入させた?」


 木葉を光希は睨む。それでも木葉は余裕のある表情を崩さない。


「……『研究』を潰すため、かしら?」

「どういう……?」


 木葉の意図がわからない。


「天宮だけが動いてもね……」

「天宮だけでも充分潰せるはずだ」


 木葉の曖昧な表現に、光希は突っかかる。


「……そうね。でも今回はちょっと違う理由があったのよ。残念だけど、機密事項だけどね」


 光希は腑に落ちない気持ち悪い感覚を持ったまま、木葉にそれ以上追求するのを諦めた。これ以上は何を聞いても答えてくれないだろう。


「……『相川』について、教えてくれないか?」


 光希は話題を切り替えて、気になり続けている事を思い切って聞いてみる。木葉は意味深な笑顔を浮かべた。


「『相川』、ね。いいわよ、私の知っている範囲ならね」


 木葉の顔を見つめ、光希は答えを待つ。


「『相川』が戦闘兵器として造られたのは知ってるわね?」

「ああ」

「特に『相川』は近接戦闘に特化しているの。そのため調整は身体能力にも及んでいるわ。あなたも運動神経はかなりいいでしょ?」


 木葉の言葉に光希は頷く。自分で認めるのはあまりしたくないが、この際無駄に謙遜しても意味がないだろう。


「相川みのるもその性質が良く出ている。『九神』の中でもトップクラスの実力。それは『相川』だからこそのもの。ランクでいうと、SS、くらいかしらね」


 木葉は光希の目を覗き込む。


「でも、あなたはそれ以上の性能を持っているわ。現在の時点では欠陥品扱いのようだけど、それもそろそろ解決ね」


 木葉の言い方に少しだけカチンときた。


 木葉はちらりと伊織に目をやる。本当に一瞬の目の動きで、注意深く見ていなければ気づかなかっただろう。


「うーん、私が知っているのはそれくらいよ」

「何をもって、俺が親父より性能がいいって事になる?」


 光希は鋭く質問を滑り込ませる。木葉は笑う。


「『青龍』」


 光希は驚愕に目を見張った。


「これでいいかしら?」


 光希が答えるのを初めから考えていない言葉。そして固まった光希を無視して、木葉は伊織に顔を向けた。木葉の瞳が伊織を捉える。伊織は身体を固くした。


「琴吹伊織、そろそろ本来の役割を果たしなさい」


 木葉の冷たい声に、伊織はビクリと肩を震わせた。冷たい声に怖がったのか、それともその中身についてなのか。おそらくどちらもだろう。


「わかっているの?あなたにはもう時間はほとんど残されていない」


 伊織は地面に視線を落とした。小さく震えているのが、その手の動きからわかった。フッと、木葉は口元を緩める。木葉は光希に笑顔を向けると、立ち上がって部屋から出て行ってしまった。


「おいっ⁉︎どういう事だっ⁉︎」


 光希は木葉を追いかけ、外に出る。しかし、黒髪の少女の姿はどこにも見当たらなかった。

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